お前はこの戦いで命を落とすかも知れない
昔バルツはそのことで散々叱責をしたが今ではもうやらなくなった。無駄すぎて疲れるからであるが、今日のはいつものとは違った感じを受けた。
いつもならこの瞬間は無感情で光の無い目をしているのに、今日のは無感情にはなれずにどこか苦し気であり、なにかを言いたげであった。
そうか、やっとかとバルツは心中で唸った。やはり龍の護衛にして良かったと。あいつの心中ではいまはきっと……
会議の最後に突撃分隊長を後ろの番号から一人ずつ前に呼び出しバルツは最終指示を出しそして準備に向かわせる。
ジーナは二番隊であるために最後までその光景を見続けるのだが彼はこの時が好きであった。
一人一人の隊員の名を隊長に言わせ自らの使命を宣誓した後にバルツが指示を伝え解散。戦闘前の最後の儀式であり、彼にとってはそれが将たるものの責務なのだろうと。
それでいい、とジーナはその顔を見ながら思う。慈悲深いために誰よりも傷つくものが人に死を直接命令する。私達はそれでいくらかの納得をする。
誰かがその役目を受け責を取らなければならない。あなたはそれを十二分に取ろうとしている。今のその兵隊の死を超越し勝つことしか頭にないという表情という仮面の下には、涙を血の色をした涙を流していると。
いくら隠そうともそれぐらいのことは兵隊なら誰でもわかる。その心に兵隊は察し自分の命についていくらかの価値があることを意義付けがされたことを、知る。あなたが教えてくれたことだ。
儀式は後ろ順々に進んでき最後の二隊だけが残ることとなった。一番隊が龍の御軍の最精鋭でありシアフィル解放戦線の部族関係者の隊であり、二番隊は懲罰的な部隊であると同時に完全志願の隊という奇妙な隊であるため、この隣りあわせが気にくわないのか気にくわないことなのか、一番隊は不自然に間合いを取ろうとしているのであった。
あんな部隊は最末尾の番号を与えればいいものを、と陰口が叩かれ訴える声も上がっているというがバルツ将軍が受け流しているという噂があった。
元々この隊は当然の如く最末尾の番号を振られていたが、戦いに次ぐ戦いでの活躍によって番号が上がり続けついにここまでやってこれたという思いがあるも、そういう制度にしそれを許可したのが他ならぬバルツであった。
普通の並の将軍ならこんな部隊はどれだけ活躍しても使い捨てであり、待遇を絶対にあげることはしないことは誰もが分かっていた。好待遇にするほうがおかしいのだ。
しかしバルツは合理的かつ最適格に部隊の入れ替えをした。全ては勝利のために。志願し活躍すれば望むものが与えられる、命を危険にさらす代償としてこの人は私に、龍へと近づけてくれる、と。
やがて三番隊の隊長が去り二番隊隊長ジーナの番が回ってきてバルツの前に立つ。厳めしいその表情に向かって名を告げ隊員の名を諳んじる。
その名を忘れることはあってはならないという無言の圧力のもと感じる、最もその緊張する時を終えジーナは二番隊の使命を宣誓する。
「我々二番隊は砦中央櫓に攻め上がり、制圧いたします。この度の御配置を感謝いたします」
そこは砦防御の要所であり、難所中の難所であるのは誰にでもわかっていた。バルツは表情を一切変えずに、命じる。
「中央櫓の制圧を見込んで裏門の破壊部隊を突っ込ませる。失敗が許されないからこそお前たち二番隊を配置した。必ず制圧することを頼んだぞ」
返事をし去ろうとするとバルツが引き留める。
「ジーナ。今はまだ信仰心が足りないために言えないのだろうが、突撃する前には何かしらを言うようにな」
その時だけバルツの厳めしい表情が消えていた。
「お前はこの戦いで命を落とすかも知れない。言わなかったことで悔いを残すな、いいな」
すると同時に二つの名がジーナの頭のなかで思い浮かんだ。どちらの名を言うべきなのか、何故言わなければならないのか、ジーナには分からないまま、戦いが始まる。