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世界の境界

 ソグ砦とは二つの世界の境界に聳え立つものである。


 それはシアフィル草原へと繋がる門を表門と呼び、ソグ山へと繋がる門を裏門と呼び、長年難攻不落を誇り続けてきては、特にはなかった。


 中央とソグとは昔々の内戦以後は一心同体ともいえる関係であり両国間での戦いは有り得ず、この砦は専らシアフィル草原からの盗賊や馬賊の侵入を防ぐためのものであり、歴史あるものではあるが時には馬賊の強襲によって焼け落ちたりもしていた。


 この砦がそれでも良いとした理由のもう一つは冬の豪雪である。たとえ砦を落してソグに向かおうにも、冬の場合はその時点で立ち往生せざるをえないのが、この白い地獄である雪原地帯。


 確実に安全な一本道はあるがそれは雪で隠されそこから外れると滅多なことでは元には戻れないと誰もが口にする、この白銀世界。


 よって冬のソグ砦は逆に無知なるものがこの地獄に入ることを防いでくれる地獄の関所であるとも言えた。


 そしてもうひとつ逆に、シアフィル草原に面し表門は防御が堅硬であるが、裏門はソグから来たものをお迎えするためのものである性格上、防御が緩めに設定されていた。


 要は冬は守備兵も砦に閉じこもっている他なく春が来るのを待ち続ける……いつもであるのならそうであったが、守備兵たちは遥か彼方より聞こえるはずもない音を聞いていた。雪をかき分ける音、雪を踏む靴音、男たちの呼吸音、そう戦争が近づいてくる音を。


 加えて眼前に広がるこの異常気象のせいで守備兵たちの間に不安が広がり、そのような幻聴に襲われていると指揮官並びに上層部のものたちは考えようとしたが、やがて彼らの間にも不安が高まり幻聴が聞こえ始め、ここでこの時期ではほとんどありえない偵察部隊をソグ方面に送ることとした。


 彼らは出発し予定よりも早く帰ってきた。これだけでも砦側の上層部は驚いたが、そんな驚きは次の報告ですぐに忘れた。


 その報告を聞くやいなや、まず中央への連絡兵を即座に走らせシアフィル方面の門を内側からでも簡単に開けぬよう厳重に閉じさせ、それから今一度期待を込めて尋ねた。


「過ちは咎めたりはしないから、今一度よく思い出してみろ。雪山特有の幻覚や幻聴ではなかったか?」


 偵察隊長は激しく頭を振った。


「間違いなくソグの賊軍です。それに自分は見たのです、バルツの馬賊旗を、二番隊の旗を」


 そこかしこから呻き声が起こった。ここにいるものたちの大半はソグ山の龍戦によってここまで後退したものである。


 つまりはあの龍戦の最終段階において押し戻されたものたち。


「どうぞ大至急ご命令を。あの金色が来ます」


 苦悶の表情を浮かべながら指揮官たちは覚悟を決め会議を始める。浮き足立つ砦に向かうものたちの頭上には雪が相変わらず強まらずハラハラと頼りなさげに舞っていた。





 予定地に到達したバルツはその場で祈り伏せ言葉に出して感謝を捧げた。龍身に、である。


 バルツはこの雪がなにによってどの力でもたらされたのか、この時にようやく確信を抱くことができた。


 平伏し仰ぎ大いに勇気づけられたバルツは設営された本営に軍師たちと戻り攻略の最終確認を行った。


「後方にいるソグの上層部の連中はこれを楽な戦さだと思っているようだが、そんな気分などこの前線には、ない」


 思い出しながら内心毒づき計画書類に目を通す。


「だいたい確実に勝てると見込まれた戦いを落すことは許されないことだ。勝てるところで勝てないとなると戦局の挽回が相当に困難となる。つまりはこの戦いはもとより負けられないことだ」


 書類を読み終わり隊長を呼ぶように指示を出し、その待つ間にこの戦いの可能性を示唆されてからこのかた、数え切らないほど考え続けてきたこの先をもう一度シュミレーションしだした。


「ここを速やかに落せないということが負けとなるが、その場合はこちらの戦力の低下が確実でありそれを回復させるのは、ソグの人員では早くはできないだろう。その間に逆襲され出したら、来春に攻勢を受けることとなったら……」


 想像は暗く重くなりがちであり、では中止を考えてみてもそれは


「では来春ならどうかと言われれば、それは分からないとしか言えない。犠牲者は多くなるが勝つには勝つだろう。そのために春用の訓練をし続けていたのだから。この練度がまだ低い冬用の訓練を施した兵隊で果たして攻略はできるのか? 戦略上考えたらここで成功させるのが最上だとは分かる。だが春まで戦争が無いと見込んでいたものたちがいるんだ、兵隊たちのなかにはな。それなのにこの白い世界に連れ出し、戦わせ、そして死なせるのだ。俺の命令によって」


 本営の中に見知った顔のものたちが入って来て全員揃ったところでバルツは最後に思った。


「賽は投げられた。もうくよくよするのはおしまいだ。俺に今必要なのは不安に満ちた泣き言ではない。決心がついた顔であり、そして自信をもって断言による命令、これこそが兵隊に死を命じるものの、義務だ」


 一度閉じた瞼が即座に開き前に立つ一人一人の男達の顔を見る。自分の言葉によって死を与えるものたちの顔を、バルツは忘れないようにした。


「予定通りこのまま攻略戦を発動させる。突撃分隊である諸君らの活躍によって作戦成功の成否がかかっている。この戦いの運命は各々の隊の勇気と根性に預けた。龍のために存分に戦ってくれ」


 一同は返事として龍への忠誠を大声で以って唱えたが、一人だけ相変わらず返事をしないものがいた。二番隊のジーナである。



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