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なにもしとらん

 何らかの祈りが必要なのである。ジーナはその自らの手によって傷ついた手を静かに触れそれから額へと持っていく。


 手の甲の冷たさがさっきよりも額に広がり、それから鼓動を感じた。痛みや傷によって血の流れが不安定でありはやめの脈を打っていることを。


 徐々にだが血流の荒々しさが鎮まっていく鼓動の変化に心地良さがあった。自分がつけた傷が癒されていく、その過程が自らの身体に伝わる贖罪のごとく。


 ジーナは長い時間そうしていたがヘイムもまた何もせずにそのままであった。互いに顔が見えず声を掛けずただ額と手の甲による結びつき、肌の触れ合い、鼓動の確認。このままずっと……


「なにをしているのですか?」


 シオンの声が聞こえるとヘイムはジーナを平手で引っ叩いて払い除ける。


「なにもしとらん!」


 絶叫と床に転がるジーナの音が室内に響く。おおよその何もかもをしている。


 床に伏せた状態になったジーナは上から覗き込んでくるシオンの顔を見た。寝ぼけ眼のせいか、いつもとまるで違ってずいぶんと幼く見える。


「大丈夫ですかジーナ? いけませんよヘイム、男の子を叩いたら。いつも駄目って言っているでしょ?」


 立ち上がりながらジーナはヘイムと目を合わせて、互いに同じことを思った。シオンはいま寝ぼけているのか?


「ヘイムどうしたのですかその手は? また怪我をしたのですか? お母様に叱られますよ。それと伯母様に見せたらいけません、泣いてしまいますから」 


 口調もまたどこかとぼけているのでヘイムは笑いを堪えながら口調を子供っぽくして対応した。


「違うよシオンお姉ちゃん。これはジーナに意地悪されて怪我をしちゃったの」


 事実だがニヤつくヘイムの顔を見ると凄く不愉快であるのを我慢しジーナは無の反応をした。


「まぁそれはいけませんね。でもそれはあなたがいつもジーナをイジメるからですよ。あなたはお気に入りの男の子をわざとイジメる癖があるのがいけませんよ」


 ヘイムからニヤつきが消えて色白い頬が紅潮する。


「まずはあなたが謝りなさい」


 赤みが差した頬は一気に蒼白となりシオンとジーナの間を忙しく視線が動いた。


「わっ妾に謝れと言うのか。いい加減に目を覚ませ」


 そう命じたもののシオンは有無を言わせぬ圧力で以ってヘイムに迫った。もちろん眼は半分閉じたまま。


「そうですよ。これはいい機会です。あなたはいつも彼の優しさに甘えて無理無体なことをいっているのです。他の人にはできないからってあれこれやったせいで彼がちょっと怒ったのがそれなんですから、まずあなたが謝るのが筋です。ここで謝らなかったらあとで後悔しますよ。さぁどうぞ」


 それからシオンはジーナの方を向いた。


「それとジーナも一緒に謝るのです。勇気のある男の子は女の子にもきちんと謝れるものですからね」


 凄いことになったなとしかめっ面のジーナと渋っ面のヘイムが見合わせる。


「やれというのなら、やってやるが。絶対に同時にだぞ。少しでも先でもあとでもなったら嫌であるからな」


「じゃあお互いの手が触れた瞬間に謝ったらどうでしょう。それもまた仲直りですね」


 奇妙な感覚の中でジーナとヘイムはいつものように手を伸ばしたが、やはりいつものような意識になれず、指先に緊張の抵抗を感じながら、触れ、互いに強く握りながら頭を下げた。


「ごめんなさい」

「すまなかった」


 頭上でシオンのものである拍手が響きそれが祝福の音に聞こえるなかジーナは合図のように指を動かすと伝わったのか、二人はこれもまた違えることなく同時に頭をあげることができた。ヘイムはすぐに視線を外し呟いた。


「屈辱!」


「こらこらそういうのはいいですからね」


「おいシオンそろそろきちんと寝た方がよいな。ほれジーナ手伝え」


 長椅子まで引っ張っていく最中でシオンはまた呟く。


「本当にあなたたちは昔から……あれ?ジーナ? 昔からいました、よね?」


「いませんよ」

「いるわけがないだろうが」


 珍しく意見が合った。


「こんなものがいて堪るものか。ほんとうに寝ぼけておるな。あとでネタにしていたぶってやる」


「そうなのですか? けど以前に、このようなことをしませんでしたっけ?」


 はいはいと二人は相手にせずに長椅子に横たえらせて敷布を上からかけるとシオンは完全な眠りに落ちる中で、誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。


「ほら……私達が男で、ジーナが女だった頃に……」

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