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龍のためではなく妾のために

 その間二人は視線を外さずに見続ける。戦いの最中に相対ずる時のように、ずっと。


 たしかに痛みが胸を走り苦しさが溢れ出し血が流れていく感覚に襲われながらジーナはヘイムを離れさせ胸を抑えた。


 しかし血はどこにも流れてはいない、これはいったいなんなのか? ジーナは分からないがヘイムには分かるし見えているのか、痛切な面持ちでこちらを見つめている。


 ジーナは苦しみの中にいるのにヘイムは動かずに、頑ななまでに不動のままでいた。それはどちらかといえば弱さからではなく強い意思によってそうしているようにジーナには見えた。


「ジーナ」


 震えた声でヘイムが名を、呼ぶ。


「なぜそこまで耐える。ここに」


 ヘイムは右手を差し出しジーナは見る。その手は痛々しい色をしているように見えた。


「妾はここにおるぞ」


 ジーナは手を取り苦痛の渦の中から顔を出し、息を吐く。それから胸中で激しく波うつ強い求めに従い手がヘイムの右顔に触れる。強張りの反応も抵抗もなく指先は頬に触れ、引き互いの顔を鼻先まで近づけさせた。


「瞼を閉じて」


 命ずるとヘイムは瞼を閉じジーナも閉じ、また重ねた。何も見えない中ジーナは胸の痛みがどこか和らいでいくのを感じていた。だが苦しさだけが消えずに胸に残っていく。積み重なり胸を満たしていく。傷は癒されているのだろうか? 血は止まったのだろうか?


 痛みは引いても、苦しみだけが残るのなら、これはどうすればいいのか? 長い時間二人は重なりジーナが自然と離れるとヘイムもそれから離した。ジーナは自身の呼吸の乱れを整えるために荒い息をしていると、横でヘイムの抑制しながら息を整えている声が聞こえた。


 二つの呼吸音は合わさり重なり交わり、一つへとなっていく中でもまた胸の痛みや苦しみが緩和されているような気がしていた。やがて互いの呼吸音は落ち着き小さく静けさに収束されていくと、ヘイムがやっと口を開いた。


「窒息死させる気か?」


「息をしても良かったのでは」


「そんなことできるか。っで分かったであろう。自分の痛みというというものが」


 それこそ痛いぐらいに分かったジーナは声に出さずに首を縦に振って答えた。


「同じ行為であるのに、矛盾していますね」


 ヘイムの眼が見開いた。


「痛みと癒し。何故その効果が違うのでしょうね。はじめのはひたすらに痛みを覚えたのに、次のはそれとは逆で」


「意識によるものだ。何事もな」


 意識? ジーナははじめのを思い出そうとした、そこにはヘイムの悪意が入っていたからなのか? ではその次は自分の心が求めるに従って……しかしそうだとしても何故それで効果が反対になるのかジーナには分からなかった。


 あの朱色に染まった身体も風景もまた、それはそうととジーナはヘイムの手をまた取る。


「やはりその手は私の力によって痛んでいます。今は見えなくてもさっき私には見えました。その血と痛みがここにあって」


「そうか」


 つまらないようにヘイムは返事をするが、そこには否定の響きは無かった。


「どうか治療をさせてもらいたい。それは私が負わせた傷ですから、その」


 ジーナは言葉を切りヘイムを見る。汗をかいた額に髪がつき髪は乱れていたが瞳は輝きによって大きく見え、ジーナは美しさを感じた。無限へと広がるような青。これは自分だけしか見ていないものだと思いながら。


「責任を取らせていただきたい。さっきあなたがやってくれたように」


 ヘイムは鼻で笑いながら返した。


「重い言葉を使うのぉ。責任か。そなたが妾の傷の手当をするのか、そうかそうかそうか。妾は困ってはおらぬがそうしたいのなら、そうさせてやる。求めることは応じる。それぐらいの優しさは示してやる」


 ヘイムの手をいつもよりも慎重に取るとジーナは聞いた。


「痛い、ですか」


 するとヘイムは空に向かって言う。


「痛いと言えば、痛いな」


 二人は龍の間に戻り、未だに眠っているシオンを起こさぬように歩調を揃え脇を通り抜け、二人は薬箱の棚までたどり着いた。


 コソコソとしているのもシオンを起こしたら面倒だなと両者の見解が無言の一致のためであり、速やかに薬箱を取り出し中身から塗り薬をとった。


「効くかどうかは、そなたの心がけ次第だな」


 ヘイムの意味不明な精神論を聞きながらとりあえずジーナは丁寧に塗り布を巻いた。


「治るように祈りながらやったか?」


「祈るというよりかは考えながらやりました」


「ではいま祈れ」


 強いられての祈りであるが、ジーナは手を取り額に当る祈りの姿となった。それは西の祈りの姿であり、ヘイムは不思議そうな顔をした後に仕方がないとその行為を受け入れさせるがままにさせた。


「ところで祈りと言えばな、そなたのようなものは戦いに臨む際に、龍へ祈りを捧げてはおらぬよな」


「突撃前に隊で龍への祈りを捧げますが、声だけ出しています」


「有害だな。心の底から出さねば何の意味もない、声だけの祈りなら、やめよ」


 それでは、とジーナは手の甲から額を離し聞いた。


「それなら私は無言のまま敵陣に突撃せよと言われるのですか?」


「不信仰者による祈りなど冒涜以外のなにものでもない。無言のままではやはり、嫌か?」


 嫌だ、と口に出さずともこの人は知っているはずだとジーナはヘイムの顔を見る。


 だがヘイムは視線を逸らし横を見る。やましく何かを求めている、と見たジーナはあえてそのやましさに乗る。


「ヘイム様のために戦うと言ったら満足ですか?」


 そう言うとヘイムの視線が前に戻り次の言葉を促しに来た。


「ではここで宣誓しますよ。そうすればあなたは龍への冒涜のひとつを救ったことにもなりますね」


 満足したようにみえない程度に自嘲とも嘲笑とも判断できない笑みでヘイムは頷いた。


「それならば妾は龍を守ることができるということか。では龍のためでなく妾のために戦うことを、許可してやる。そうである以上、必ず帰って来て報告をしろ。そしてこれを」


 ヘイムは袂から一枚の書状をとりだした。


「あの悩めるバルツに渡せ。極秘にだ。いいな表立ってはできんことだ。日常的に会う機会が多いそなたなら怪しまれずに済むだろう」


 ジーナは書状を受け取り懐に入れる。中身を見る必要もなく内容は分かっていた。戦争が始まるということであり、ここが最前線であり


「もう一度祈りの姿を取れ」



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