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私重いですか? はい重いです

 その名を口にしたとたんにハイネの表情が凍り付き呼吸が止まっているように見えジーナは慌てて肩を揺さぶった。


「ハイネさん!?」


 虚ろな目を向けられジーナは焦った。


「言葉に詰まってどうしたんだ? ヘイム様のあとは誰?」


「あっはい! アハハッ」


 突然息を吹き返したハイネが誤魔化しのような笑顔となった。何なんだろうこの女は? 情緒不安定で自分がここにいなかったら危険だったので? とジーナはいつものしょうこりもない感想を抱いた。


「そうです! ヘイム様にシオン様にルーゲン師からバルツ様にキルシュと私とその他隊員たちの」


「ちょっと待った。それはただの知り合いの羅列では?」


「だって事実ですもの。あなたの知り合いってこれだけじゃないですか。つまりはそういうことですよ、そういうことでいいじゃないですか」


 言い切って安心したのかハイネはまた後ろに傾き倒れた。


「ハイネさん、それ以上は危ないから」


「だから大丈夫ですって」


「なにが大丈夫か分からないのだけど。危ないから少しは起き上がって」


「私重いですか?」


 空に向かっていうような変な言い方であったがジーナの耳は頭はそこの違いの機微など分かるはずが無かった。


「重いです」


 周囲の気圧が一気に堕ちハイネの眼の色が白炎模様となるがジーナは前を見ているために気づかずうろたえずだからすぐに次の言葉を繋げられた。


「けど今は軽いです。肩までハイネさんを支えていますが全然辛くないです。どうしていまだけこんなに軽いのか、分からないのですが」


 すぐさま気圧が上がりハイネの眼の色が白炎から茜色に変わった時にジーナは顔を覗き込み、その機嫌よさげな表情だけを見た。


「それはあなたの心次第とか考えません?」


「私の心とあなたの重さにどう関係します?」


「しますよ。そんなのあたり前じゃないですか」


「全然わからない。ハイネさんの重さはハイネさんの重さでしょうに。私に何の関係が」


「また出ましたねジーナさん的な構文。もーうんざりですよ」


 言うとハイネは腕のなかでまた自ら揺れて遊びだした。


「あなたが軽く感じている、それが真実であるのなら、もうそれでもういいじゃないですか。拒否してもきっとそこに変わりはありませんよ。ですから今はこうして私を支えていればいいのです」


 揺らし傾けたりと動き続けているというのに確かにジーナには重さどころか苦しさも疲れも感じられなかった。ハイネの肩の感触だけがその手にはっきりと掴みとり続けていた。


「あの、いつまでこうしているつもりですか」


「あなたが腕を離すまでですよ」


「そうしたら倒れますが」


「そうですね」


 二人は今日何度目かの視線を交わすが、ジーナはそのハイネの瞳に異常を見た。


「そうですね」


 繰り返し語る儚さを帯びたその言葉と今にも消えそうな光を放つ瞳を見たジーナは、肩にかけた手に力を入れ自らの方へ引き寄せた。


 するとハイネの微笑みが戻りジーナは心は安堵に満ち、告げる。


「とにかく、これをやめて離れる時はハイネさんの方から動いてくださいね」


「私から? どうしてです。これはそこそこに愉快なのでやめませんよ。止めたいのならあなたが手を引けばいいじゃないですか。今でもいいですよ、ほら、どうぞ」


 さらにその身を傾け腕によりかけるがジーナの腕は下がるどころか上がり、二人の距離はまた近くなり互いの息がかかるほどに。


「引いていいと再三言うのにむしろ寄せて来るとか」


 ハイネの手はジーナの右頬から頭を撫でに回る。


「あなたはいったい何をしたいのですか? 私はただ手を引いてとお願いしているのに。いま辛いですよね?」


「辛くはない」


「でもこの先きっと辛くなってもっと苦しくなりますからね。そうなったらいつでも手離してどうぞ」


「けどそのうちに私は手を引かざるを得なくなりますから、その時はハイネさんに引きますと言いますから身を起こして貰って……あの、なんでまた体重をかけるんですか、そこまで依存し過ぎると」


「そのうちに痛い目に合いますね。でもそれはこんなに依存しきったための罰であって、後ろに倒れて頭を打ち惨めな姿を晒したとしても、私は一人で自分の力で立ち上がりますから。あなたの手は借りずに。もっともその時のあなたは背中を向けてどっか遠くに行っているでしょうけれど」


 言った途端にハイネは視線を逸らし伏し目となるのを見たジーナはその心に一つの情景がよぎる。


 倒れたハイネが差し伸べる手を払い除け一人で立ち上がろうとする姿が見え、突然ジーナはまたハイネを引き寄せ抱き上げるように、立ち上がった。するとハイネの足は地につき自立する。


「これは反則ですよ」


 非難の言葉であるのにその嬉しそうな声のわけをジーナはによく分からないまま目を遠くに向ける。ここからでもはっきりとその頂きを見せるソグ山を。あそこに自分は……ジーナは息を呑んだ。

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