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そう思えないものはそう思えない

 なんです、それ? と嘲笑が来るかと思いきや、無表情なハイネは微かな声で答えた。


「あなたは私のせいで苦しんでいるのですね。どういう感じにですか?」


「それだよ」


 反射的に声が出るがもう止めることができなかった。考えもなしに言葉が溢れ流れていく。


「分からないことばかり聞いてきて苦しい。それはあなたと接してなにかがあと少しで分かりそうになるけど、それが途中で止まってまたやり直しを繰り返している気がするのが苦しい。前はこんなことが無かったのに、あの日ハイネさんとはじめて会った日から、こうだ」


 吐き出すように言うと胸に押し付けられていた掌が右頬に添えられ、撫でてきた。


「ごめんなさいね。あなたを苦しめてしまって」


 掌の温度と言葉が頬から染み込み心まで届いたのかジーナは深い感動の中で自身の左手を同じくハイネの右頬に当てる。


「こちらこそ、申し訳ない。いつもあなたを殴ってというか、傷つけてしまって」


 その頬は小さく冷たものであったのに、すぐに温かくなりだし頬が膨らんだ。


「いつも無神経な乱暴者の癖にこういう時はきちんと気配りができるのですね。あなたの手はいつもいいところにありますよ。ふふっすごく眠くなるぐらいの温かさと安心さを与えてくれます。私に触れるこの手はいつもいつも優しいのに、あなたの心は痛みと不安をもたらすのが不思議です」


「なにも話さずに触れ合えばいいのにということか?」


「そうでしたら優しいあなたをとても好ましく思えますが、そうにはならないですよね。あなたは人を傷つけないと優しさを現せないし、私はあなたを苦しめないと共にいることができない」


「そんな二人が何で同じところに一緒にいるんでしょうね。離れた方が良いんじゃないのか?」


 触れたままの右頬が震えだしたのが左掌が感じた。力を溜めているのか口を閉じたまま唸り声を時間をかけて響かせて、やがて口を開く。


「良いわけありません。私達はヘイム様に仕えているのですからね。こうして二人で会うのも仕事の延長上のことで、それ以外の他意はないってことをあなただって分かっているはずです。それを離れるだなんて、職務放棄だと思いません? いいえ思いなさい」


 そうなのかな? と疑問に思いつつ、そうでもないとこうして会っていることの理由にならないのは分かりつつジーナは思う。


 最近のハイネはそのヘイムのことを話題に出すと妙に態度が強張って楽しくなさそうであることを。


「職務なら放棄しないよ。あのヘイム様相手の仕事は、まぁ大切なものだからな」


「それはそうです自然は大切にというぐらいに……けれどいいですねヘイム様は。大切にされて。変なことを言いますが自分のことを思うと哀しくなりますよ」


 ほんとうに変なことを言っているなと驚きながらジーナはハイネの顔を見下ろした。満たされ微笑むも本人が言うように哀し気でどこか寂しげであるとジーナには見えたので、訂正を試みた。


「私はヘイム様を大切にしているのか?」


「なにを言っているのです? ヘイム様には私よりもずっと優しく接しているでしょう。いつも仲睦まじく手を取って散策したり、この前なんか夫婦を装って市場を楽しそうに回って、挙句の果てには指輪を薬指にはめて、祝福されたりと致せり尽くせりってやるじゃないですか。私は全部見てますからね。あっこれは別に批難とか嫉妬ではなくて、ただの客観的事実ですからね」


「あれならハイネさんにもやったような」


「あんなにスマートにやっていません! あなたは、私に対して、違うんですよ、そんなのは当然ですけどね」


 口を開けば開くほど段々ハイネが怒りのボルテージを上げてきているのか腕に熱さが伝わって来たためにジーナは危機感を抱き、下げに出た。


「あまり変わらないような気も」


「嘘ついたり誤魔化したりしないでください」


「こう屋外とか人目がつく場所とかだと意識しているのかハイネさんが見たまんまのイメージだけれど、室内で他者の眼が無い場所だと、お互いにたいへんなことになりがちでね。私も酷いことを言うがヘイム様も、中々に。内容は言えないが、ハイネさんが思っているのとはだいぶ違うと思うな」


 そう打ち明けるも腕に伝わる熱さは戻らず左掌が触れている頬は熱がこもりだし、瞼が開きそこに赤い炎を見た。


「駄目ですよ!」


 跳ねあがるように上半身を起こしハイネは顔をジーナに近づける。


「そんなことをしちゃ。敬わないと、こんな当たり前のことを言わせないでください」


 怒っているのにどこか喜んでいる見たこともない奇妙な顔がそこにあった。


「自分を何だと思っているのですか? なんだと」


 一つ間を置き、ジーナとハイネは見つめ合った。赤い光に射すくめられながら。


「なんだと、思っているのですか?素敵な王子様とでも」


「こんな王子様がいたらたまったものじゃないな」


「だったら」


 ハイネの両手がジーナの両頬を包み燃えるような熱を感じた。


「すぐに態度を変えてください。あなたはヘイム様の王子さまでも婚約者でもお婿様でもありません。もちろん恋人でもありません。身をわきまえて、もっと普通に臣下の態度を取るべきです。ヘイム様は御心が広いのであなたがそういう態度であるのをからかって楽しんでいるのですが、良いことではありません。あなただってそう思いますよね?」


 そう思うべきなのにどうしてか思えずに黙っていると、まだ怒りが滲ませる奇妙な笑顔のハイネがジーナの額に自らの額をつけて言った。高い熱が額を通して伝わってくる。


「思いなさいって」


「そう強制されても思えないものは、思えない」

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