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第19話 初日 男女二人で真夜中のおしゃべりタイム

ふと目が覚めた。腕時計で時刻を確認すると十二時前だった。横になってからまだ二時間も経っていない。体は疲れているはずなのに、頭の中はなぜか妙に興奮していて、それで目が覚めてしまったみたいだ。同部屋の二人は大きないびきをかいて気持ち良さそうに眠っている。



二人とも神経が図太いんだな。おれは目が冴えちゃって眠れそうにないよ。そういえば少し尿意もあるし、菜呂じゃないけど、トイレにでも行ってこようかな。



耀太は二人を起こさないように静かに部屋から出ることにした。


廊下を歩いていき無事にトイレを済ませ、部屋に戻りかけたとき、かすかに夜気の流れを感じた。視線の先にちょっとだけ開いたドアが見える。そこから廊下に夜気が流れ込んでいるらしい。


足音を立てずに廊下を進んでいき、ドアの隙間からちらっと室内を覗く。ミカオが窓辺の近くのイスに座っているのが見えた。窓の外に向けられた視線はどこかせつなそうで、さびしそうだった。


決して手の届かない何かを思い出すとき、人は決まってそんな目をする。それを耀太は経験から知っていた。


「こんばんは」


正直声を掛けようかどうか迷ったのだが、気が付いたときにはなぜかもう声を掛けていた。


「どうしたんだい? 部屋に問題でもあったかな?」


ミカオの顔が一瞬で宿屋の主のものに戻る。


「いえ、そうじゃないです。なんか寝付けなくて、トイレに行ってきて、それで部屋に戻ろうとしたら、この部屋のドアが開いているのが見えたので――」


「そうかい」


「あの、ミカオさんこそ、あんなにたくさんの料理を作ったのに疲れていないんですか?」


「実はわたしも興奮してしまってね。それでこうして『あの人』と話をしていたんだよ」


「あの人?」


室内にいるのはミカオひとりだけである。むろん、窓の外にも誰もいない。


「ああ、わたしの主人のことだよ。もっとも一年前にわたしを地上に残して、ひとりで空の上に行っちゃったけどね」


「そうだったんですか……」


耀太は先ほど見たミカオの様子に納得した。ミカオは亡きご主人のことを思い出していたから、あんな視線を窓の外に向けていたのだろう。


「すみません、せっかく思い出に浸っているところを邪魔してしまったみたいで……。ぼくはすぐに部屋に戻りますから」


「いや、いいんだよ。そんなことはないから。それよりもここにいておくれよ。眠れない者同士で話でもしようか」


「はい、ぼくでよければ喜んで――」


耀太は迷うことなく室内に入ると、手近にあったイスに座りこんだ。まだ出会って間もないのに、ミカオと話をしてみたいという気分だった。


「わたしの主人はね、ちょうど去年の今ごろに亡くなったんだよ――」


そう言ってミカオはご主人との思い出話をぽつぽつと語り始めた。


ミカオさんとご主人は長い間、ここで宿屋を経営していた。しかし去年、ご主人が流行り病で亡くなり、ミカオさんは宿屋を辞める決断を下した。ひとりでは体力的に経営が難しいこともあり、また、ご主人との思い出が溢れる宿屋でお客さんを笑顔で迎えることがもう出来ないと思ったからだ。


「だから、この宿屋は休館されていたんですね」


食事の前にミカオに聞いたとき、ミカオが口ごもったのにはこういう理由があったのだろう。


「ああ、そうだよ。どうしてもあの人のことを思い出しちゃってね……。宿屋をやっていく気力もなくなってしまったんだよ」


「それじゃ、ぼくらはなんだか余計にご迷惑を掛けてしまったんじゃないですか?」


「いや、それが逆なんだよ。困っているあんたらの姿を見たら、なんだか急に気力が戻ってきてね。一年前はもう絶対に宿屋を再開するのは無理だと思っていたのに、なんでだろうね? 不思議でしょうがないよ。これもあんたたちのお陰だよ」


「いえ、ぼくらはたまたまこの宿にたどり着いただけのことですから」


「そういえば、あんたたちはどうしてあんな時間にあそこを歩いていたんだね?」


「実はぼくらにもある事情がありまして――」


耀太はこれまでの経緯をミカオに話すことにした。異世界に転移してきた話をしても理解されないんじゃないかという思いもあったが、でもミカオならば最後まで真剣にこちらの話を聞いてくれるに違いないという、確信めいた思いもなぜかあった。


「――というわけなんです。信じてもらえないかもしれませんが……」


五分ほどかけて、自分たちの身に降りかかった摩訶不思議な体験について話した。


「異世界からやって来たというのかい……」


ミカオは半信半疑の表情をしているが、耀太に対して不信感を抱いているようには見えなかった。


「もしかしたら、生きる気力を無くしたわたしのことを心配したあの人が、異世界からわたしの元に来るように、あんたたちのことを呼んだのかもしれないね」


「ええ、そうかもしれないですね。だとしたら、こうしてぼくらがこの宿屋に泊まることになったのも偶然ではなく、きっと必然だったんですね。ミカオさんのご主人の導きに感謝しないと」


普段は運命も宗教も死後の世界も信じない耀太だったが、今だけはミカオの話を聞いて、納得した気分になれた。



もしかしたら、ここが異世界だから、そういう気分になっただけなのかもしれないけど。



そんな風に自分の心境を分析する。


「そう言ってくれるとわたしも嬉しいよ。――さて、長々と年寄りの無駄話に付き合せちゃったね。明日からもまた長い旅が続くんだから、そろそろ寝たほうがいいね。このまま一晩中わたしの話に付き合わせたら、空の上のあの人に宿屋の主として失格だと怒られちゃうからね」


最後は冗談まじりに言うミカオ。


「はい、それじゃ、ここで失礼させてもらいます。――おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


ドアをくぐるときに、ふと室内に目を戻すと、ミカオはまた窓の外に目を向けていた。しかし、その視線は驚くほど優しいものだった。もしかしたら、また亡きご主人と話をしているのかもしれない。



これからはさびしくてせつない話ばかりじゃなく、きっと楽しい話も出来るんじゃないのかなあ。



ミカオの姿を見て、なぜかそんな風に思った。


「もう二時過ぎか。おれも早く寝ないと明日に影響が出ちゃうな」


廊下を進んでいき部屋に戻ろうとしたとき、そこに人影が立っているのが見えた。


「あっ、アリア……」


「トイレから戻ってきたら、ミカオさんと話している声が聞こえてきたから、つい盗み聞きをしちゃった」


暗がりで見るアリアはいつものアリアとはまた違う雰囲気をかもし出していた。


「ミカオさんにあんな過去があったんだね」


「うん、そうだね。でも話していて悲痛な感じはしなかったよ。むしろ前向きな気持ちに変わってくれたような気がしたけどね」


「わたしも聞いていて、そう思ったよ。もしかしたら耀太くんには人の話を聞く能力があるのかもしれないね」


アリアがうれしいことを言ってくれる。


「そうかな? それじゃ試してみようかな?」


「試す? どうやって試すの?」


「こうやるんだよ! ステータスオープン、ステータスオープン……。あれ、ダメみたいだ。おれにはそういうスキルはないみたいだよ」


冗談っぽく言った。


「こんなこと言ったら菜呂くんに怒られちゃうけど、人のステータスは目で見るものじゃないと思うよ。きっと『ここ』が大事だと思うから」


そう言うとアリアはなんら躊躇う素振りを見せることなく、耀太の心臓あたりを右手でポンポンと軽く叩くのだった。


耀太の心臓がいきなりヒートアップしたのは言うまでもない。


「じゃあ、わたしはそろそろ部屋に戻るから。おやすみなさい」


「ああ……おやすみ……」


アリアの背中を見つめつつ、心ここにあらずの気持ちで挨拶を返す。



ていうか、部屋を出たときよりも、むしろさらに興奮しちゃっているけど、おれ、今夜ぐっすり眠れるかな?



アリアに叩かれた胸のあたりがじんじんと熱くなっていた。

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