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第17話 初日 ついにモンスター出現か?

一行はお互いに無駄口を交わすことなく、薄暗くなった街道をひたすらに前へと進んでいく。先頭を耀太と慧真の二人が務める。後方からは組木のぼやき声が延々と聞こえてくる。相手にしている時間がもったいないので、組木の相手はアリアに任せることにする。今は宿泊施設を見つけることが先決だ。


しばらく進んでいくと、道が徐々に海の方へと近づいていった。それにともない、薄闇の向こうに海がぼんやりと見えてきた。


「海が近くに見えてきたから、宿泊施設もそろそろ見えてくると思うよ! とにかく、この道を真っ直ぐ進めば目的地に着くんだから、それまでは頑張ろう!」


耀太は振り向いてみんなに言い聞かせる。


「わたし教師になった覚えはあるけど陸上選手になった覚えはないから……。ていうか、もう無理かも……」


組木はすでにヘトヘト状態で、隣を歩くアリアにサポートしてもらっているといった有様だった。



先生、お願いだから教え子にグチをこぼさないでください。



さすがに声に出して言うことは躊躇われたので、耀太は胸の内だけでこぼした。


「ねえヨータくん、暗くなる前に着くのかな?」


史華はまだスタミナが残っているようで、その足取りはしっかりしている。


「史華さん、心配しなくても大丈夫ですよ。暗くなったら、いよいよぼくの魔法の杖の出番ですから!」


子供向けのオモチャを懸命に振る菜呂の相手をすると無駄に疲れるだけなので、みんな聞こえない振りをする。


「暗くなるのも心配だけど、そもそもこの道って夜でも安全なの? ていうか、この世界って日が沈んだ後に出歩いても平気なの? そこのところはどうなの、我が弟くん?」


根本的なことを耀葉が言い出した。


「誰からも夜は危険だって言われなかったから、大丈夫だとは思うんだけど……」


そう言いつつも、正直なところ自信はない。改めて薄闇に沈む周囲の光景に目を向けてみる。街灯が一切ないので星明りだけが頼りだったが、なんとか辺りの様子は把握出来た。とりあえず危険はないように見えるが、こればかりはなんともいえない。なにせ初めて訪れた異世界だから、情報不足は否めなかった。


「少なくとも観光客相手の宿があるっていうぐらいなんだから、このあたりは安全なんじゃないのかな」


耀太は希望的観測も込めて姉に返答する。


「そうだね。もしも暗くなると危険だとしたら、みんな教えてくれたはずだからね」


ありがたいことにアリアが耀太の意見を支持してくれる。


「ふっ、甘いな! 異世界には危険とモンスターと主人公にデレる美少女はデフォルトで付き物なんだよ!」


最後の部分は関係ないと思ったが、面倒くさいのであえて指摘はしない。


「だからこそモンスターを倒すためのスキルが必要なんだ! きっとこの魔法の杖も大活躍するはずだから! カロヒ・アマチャ・ドセ! カロヒ・アマチャ・ドセ!」


菜呂がまた例の呪文をデカイ声で唱え始めた。



これだけ大きい声ならば熊除け代わりにはなるかもしれないから、勝手に叫ばせておくか。



耀太としては出現する可能性の低いモンスターの心配をするよりも、宿泊施設が見付かるかどうかの方が心配だった。腕時計を見ると、時刻はすでに6時45分を過ぎようとしている。いいかげん、そろそろ宿泊施設が見えてきてもいい頃だ。


「もうすぐ完全に日が沈みそうだな。日の入りが6時45分ということは、日本でいうと5月か6月頃っていうことになるのかな?」


理科の授業で自分たちが住んでいる地域の日の出、日の入りの時刻を学習したことを思い出した。そこまで考えたところで、不意に嫌な予感が脳裏に浮かぶ。



いや、待てよ。もしもこの世界の日の入りの時刻と季節が日本と変わらないとしたら、今は5月か6月っていうことになって、つまりまだ夏前っていうことだから――。



耀太の思考が解答に行き着く前に、慧真の大きな声が邪魔をした。


「おーい、やっと建物が見えてきたぞ! 教えられた宿屋って、あれのことじゃないのか?」


「ケーマ、建物はどのあたりに見えるんだ?」


「右側だよ! 海沿いに建っているから!」


「あっ、見えた!」


薄暗い視界の先に、うっすらと大きな建物の輪郭が浮かび上がるようして見える。


「良かった。これならば完全に暗闇に落ちる前に着きそうだな」


安堵の声を漏らす。同時に頭に浮かんでいた疑念のことをすっかり忘れてしまった。


「せっかくぼくの炎の魔法を見せるチャンスだったのに。まあいいさ、これからの楽しみに取っておこう」


魔法の杖に全然炎が付かないので諦めたのか、それとも単に負けず嫌いなだけなのか、菜呂が杖をしまう。


「よし、あとひと踏ん張りだ!」


宿泊施設を無事に見付けられたので、耀太の足取りは俄然軽くなった。


「おっ、ここから海岸の方へ降りていけるみたいだ!」


街道から海のほうへと延びる細い道を見つけた慧真が足早に進んでいく。


「わたしも早く部屋でゆっくり休みたい!」


教え子を置いて、我先にと走り出す教師。


「これで今夜は野宿をする心配がなくなったってことだよね。でも、どこにも『ル〇トイン』の看板がないけど、どこのチェーン店のホテルなのかな?」


首を振り振り、組木の後を追いかける史華。


さすがに耀太もここまで歩いてきて疲れていたので、史華にツッコムだけの気力がもうなかった。アリアと一緒にゆっくりと道を降りていくことにする。


細い道の先は砂浜に直接つながっていた。今や完全に日が落ちてしまったので、美しいであろう砂浜を見ることは出来なかったが、その砂浜を望む場所に三階建ての立派な建物が建っているのが見えた。少し離れた場所には倉庫に使われているのか、今にも倒れそうな掘っ立て小屋がある。


「建物から一切光が漏れていないけど、みんなもう就寝中っていうことはないよな?」


先ほどの嫌な予感が再び脳裏を過ぎる。


「ねえ、耀太くん、まさかとは思うけど……」


アリアもその事実に気が付いたらしい。


「実はさっき思いついたことがあったんだ。もしも、この世界の今の季節がまだ夏前だったならば、海が望める観光客相手の宿って、ひょっとしたら――」


すると嫌な予感はさっそく現実と化してしまった。一足早く建物の入り口付近に向かっていた慧真と組木の声が暗闇から響いてきたのだ。


「なんでだよ! 『夏季以外は休館』っていうお知らせが出てるじゃん!」


「えーーーっ! なんでーーーっ! 新卒は野宿は禁止って言ったでしょ! これって新卒に対する嫌がらせでしょ! 絶対に訴えるから!」


理不尽なことを叫んでいる教師のことはとりあえず放っておく。


「やっぱりそうだった! 嫌な予感が的中したよ! どうしようアリア?」


「とりあえずわたしたちも建物の前まで行ってみよう。もしかしたら建物を管理している人が常駐しているかもしれないから」


アリアが冷静に次の判断を示す。


「あっ、そうか。その可能性もあるよな。よし、とにかく行ってみよう!」


耀太とアリアは小走りで慧真たちとのもとに向かった。


「『ル〇トイン』だったら一年中やっているのに!」


今だに『ル〇トイン』に拘っている者が約一名いた。


「やっぱり入り口にも灯りが点いてないよ!」


真っ暗な入り口を見た瞬間、耀太の淡い期待はもろくも崩れ去った。どう贔屓目に見ても、この宿泊施設に常駐の管理人がいるようには見えないし、ましてや営業しているようにも見えない。


「ねえ、もう外も真っ暗になって、寒くもなってきたから、中に入っちゃおう!」


「先生、教師が積極的に法律を破るようなことを言っちゃダメでしょ!」


「大丈夫だよ。たぶん、この世界では泊まるところに困っている旅人は勝手に宿泊施設を使っても良いっていう法律が絶対にあるはずだから!」


「そんな都合の良い法律あるわけないでしょ! 先生、現実逃避をしないでください!」


「いや、クミッキー先生の言うこともありかもしれないぞ」


「どういうことだよ、ケーマ?」


「日が落ちてからぐんと気温が下がってきたからな。このまま外にいたら体調を崩すかもしれないぜ。そんなことになったら、この旅を続けられなくなるだろう? だったら、この建物に緊急避難させてもらうのもありなんじゃないのか?」


「いや、それはそうかもしれないけど……」


たしかにさっきから冷たい夜気のせいで体が震えてきた。このまま外にいたら全員カゼをひきそうだ。これが現代日本ならばそれほど深く考える必要はない。ドラックストアにカゼ薬を買いに行けば済むし、大事を取って、病院に行くことだって出来る。


しかし、異世界ではそういうわけにはいかない。病気になった場合、即一大事になるのは容易に想像出来る。


「オレ、ちょっとドアを確かめてみるよ。もしかしたら開けられるかもしれないし」


慧真が入り口のドアノブを掴んで、力任せにガチャガチャと開けようとするが、もちろんそんなことでは開かない。暗闇に耳障りな音が響くだけである。


「おい、ケーマ、そんなことをしても無理だって」


「それじゃ、どうするんだよ? このまま暗闇の中で野宿するのか?」


「野宿はさすがに無理でしょ。野宿するくらいならば、暗闇の中を歩いたほうがいいと思うけど」


珍しく我が姉がいくらかマシなことを提案してきた。



旅の初日から泊まるところに困るなんて、まさかの事態だよ。



耀太もない頭を必死に回転させて名案をひねり出そうとするが、頭は空回りするばかりで、良い考えはいっかな浮かばない。


不意に、海上の方から海鳴りのような大きな音が聞こえてきた。その音はさながら不気味な怪物があげる咆哮のようにも聞こえる。


「きゃっ! 今の音、なんなの? ねえ、この世界って、ひょっとしてモンスターとかがいるんじゃないの?」


さっそく組木が体を震わせ始める。


「ふっふっふっ。今度という今度こそ、ぼくの出番がきたみたいだな! 今こそ我がスペックを開放して、大いなるスキルを解き放つとき! ステータス・オープン! ステータス・オープン――」


菜呂がいつものワードを連発し始めた、そのとき――。


「いったい全体――」


突然暗闇に、薄気味の悪い白く輝く老婆の生首が浮かび上がった。


「うわあああーーーーっ!」


「ウソだろうーーーっ!」


「――――!」


「きゃあああああーーーーっ! わたしは新卒なので食べないでください!」


「マジで幽霊が出たあああああーーーーっ!」


「モ、モ、モンスター……しゅ、しゅ、出現!」


耀太たち一行は海鳴りに負けないほどの大きな絶叫を夜の闇に向かって放つのだった。

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