第14話 初日 次なる目的地は?
第11話の地図を修正しました。
「やっとランチが食べられた!」
耀葉の前のテーブルに並べられた数々の料理はきれいに食べ尽くされており、お皿はどれも空っぽである。どうやら本当に空腹だったらしい。
「ヨータ、わたしが食べているところをちゃんと撮ってた?」
耀葉が食後の満足げな顔を耀太に向けてくる。草食獣を喰らい尽くした後の猫科の猛獣に見えなくもない。
「言われたとおりスマホで撮ってたよ。いやそもそも、なんで食事しているところをわざわざ撮影しなきゃならないんだよ?」
耀太は自分は食事せずに耀葉が食べている様子をずっと撮影していた。その様子を店内にいるシンバの街の住人が不思議そうに見つめていたが、スマホの説明をするわけにもいかないので、好奇の目を一身に受けながらも、結局耀葉が食べ終わるまで黙ってスマホで撮影をし続けた。
「もう忘れたの? さっきも言ったでしょ? この世界での記録を残しておくために決まってるじゃん!」
「それは聞いたけど、単なる食事シーンなんて撮影する意味がないだろう?」
「本当に残念な弟ね。姉として恥ずかしい限りよ。異世界の住人も呆れてものが言えないみたいよ」
耀葉がわざとらしく大袈裟に頭を振る。
だから、アリアの前で残念とか言うんじゃない! このままじゃ『残念キャラ』が定着しちゃうだろうが! ていうか、異世界の住人が一言も発しないのはおれのキャラとは関係ないだろうが!
周囲の人を驚かさないようにと気遣い、心の中で精一杯反論するけな気な耀太である。
「いい、わたしはこのシンバの街の特産品や名産品、それに名物料理をしっかり記録しておきたいの! だって日本人は誰も食べたことも見たこともない物ばかりなんだから! これがどれだけ貴重な映像なのか、さすがにあんたでも分かるでしょ?」
「いや、それくらいはさすがに分かるけどさ――」
「これからもっと美味しい料理と出会えるかもしれないと考えたら、それだけでもう胸のワクワクが止まらない感じ!」
「おい、ちょっと待ってくれ! その言い方だと、これから先、立ち寄る街ごとに食事シーンを撮影するつもりなんじゃ――」
言いながらも、すごく嫌な予感がしてきた。そしてこの手の予感が外れた試しは一度たりともない。
「そんなの当たり前でしょ! 日本だって、その地方ごとにいろんな料理や名産物があるんだから、きっとこの国も同じはず! 誰も知らない名物料理の動画をSNSに上げたら、わたしは一躍時の人になっちゃうかもね!」
「まさかとは思うけど、その動画はおれが全部撮影するのか?」
「他に誰がいるの? まあ、わたしとしては別にこの世界の住人に撮影を頼んでもいいんだけどね? このスマホを使って撮影してくださいってね! 操作は難しいけどすぐに覚えられますからって!」
「あのな、そんなこと頼めるわけないだろう!」
まさか異世界に来てまで、SNSを巡ってこんなバカげた言い合いをする羽目になろうとは思いもしなかった。しかもその相手が実の姉であることが、なおさらバカげているとしかいえない状況だ。
もっとも、ここでいくら抗論したところで姉が絶対に引かないのは、これまでの経験から心得ている。さらに言えば、これ以上反論を続けると、どえらい反撃を食らうことになるのも分かっているので、この場は沈黙は金を実践することにする。この件はあとでまた議論すればいい。
とりあえず耀太は静かにお昼ご飯に戻ることにした。耀葉の食事シーンの撮影に集中していたので、まだ半分以上手をつけていない。
同じテーブルに着いているアリアたちは、すでに食後のティータイムに入って、すっかりくつろぎモードでいる。姉の雑事に付き合わされた耀太だけが遅い食事になってしまった。
路線馬車の車庫であるキャリッジガレージに間違えて行ってしまった耀太たち一行は、約5キロ近い道のりを歩いてこのシンバの街までやってきた。現代の日本なら一時間弱もあれば到着出来る距離だが、そこは異世界である。道路は舗装されておらず地面が剥き出しのため、歩くのにかなり苦労して、結局5キロ近い道のりを踏破するのに二時間以上もかかってしまった。
そうして目的地であるシンバの街にたどり着いたときには、時刻はすでに午後の1時を回っていた。
街に到着するやいなや、お腹が空いていた耀葉はさっそくご飯が食べられるお店探しに走り、『新卒が5キロ以上歩くのは教師雇用の契約違反だから』と嘆く組木は街の入り口でぐたっと倒れこんでしまい、菜呂は『ぼくのスキルさえ発動していればテレポーテーションで一瞬で移動できたはずなのに』と有りえない可能性を残念がるという反応を見せた。
耀太としてはとにかく無事に街に着けたので、それだけでもう一安心だった。
その後、耀葉と組木のことは慧真に任せて、耀太とアリア、そして史華の三人はこの先の道順を聞くために路線馬車の案内所に向かうことにした。菜呂は周辺を怪しい目で観察していたのでそっとしておく。
そして耀葉が見付けたこの食堂でようやくお昼ご飯となった。
「わたしの撮影のことよりも、あんたは次に乗る路線のことをちゃんと聞いてきたんでしょうね?」
耀葉が勝手に話の内容を切り変える。
「ああ、それならちゃんと案内所で聞いてきたから。ていうか、路線馬車のことを聞いて、それからおまえの食事シーンを撮らされて、やっと今食事にありつけたんだから、そんなに話を急かすなよ!」
さすがに自分だけ先にお昼ご飯を食べたのを悪いと思ったのか、耀葉は珍しく耀太の言葉に反論せずに、耀太が食べ終わるまで待っててくれた。
十分でお昼ご飯を胃の中にかっ込んで終えると、さっそくこれからの話をすることにした。食事も大切だが、これから先の話の方がもっと重要事項だ。
「フーミンさん、地図をテーブルの上に広げてくれますか?」
「OK! この先どうやって進むべきか、みんなで考えようか!」
店の若い女性給仕さんが皿を下げてくれたテーブルの上に、史華が例の地図を大きく広げる。
「それでこの先のことなんだけど――本当は今いるシンバの街から真っ直ぐ西に向かってヅーマヌの港街を目指したいところだけど、案内所の人が言うには、ここから海岸線に沿って進む路線馬車はないらしいんだ」
「やっぱりキャリッジガレージの御者のオジサンが言ったとおりだったか」
慧真は事前に予想していたのか、落胆することなく淡々と言葉をこぼした。
「まあ、そういうことになるかな。ただしその代わり、一度内陸方面に向かう路線馬車に乗って、次に今度は海岸線に向かう路線馬車に乗り継ぐことで、西に向かうことは出来るそうだ。もちろん自分の足を信じて、ここから一直線に西に向かって歩いて行ってもいいんだけど、さすがにそれは無理だろう?」
耀太がそこで言葉を切ると、当然のように皆の視線が組木に向けられる。この中で一番体力的に不安なメンバーが組木であるのは言うまでもなかった。
組木は5キロの道のりが堪えたのか、それともお昼ご飯を食べて満足して睡魔に襲われたのか、今もうつらうつらとしている。果たして耀太の話を聞いているのかどうかも怪しいところだ。
「――話を路線馬車のことに戻そうか」
耀太は一同の視線を自分の方に向けさせてから話を再開する。
「組木先生の体力もたしかに心配な要因なんだけど、もうひとつ心配なことがあって、おれたちはこっちの世界に来てからまだ二日だから、この世界にまったく慣れていないだろう? そんな不慣れなおれたちが路線馬車も通っていないような区間を歩いていくのは危険だと思うんだ。無論、歩き以外の方法がない場所は歩いていくしかないんだけど、多少の遠回りになるとはいえ、この街から路線馬車が出ているんだから、それに乗っていくのが最適な方法で、かつ現実的だと思うんだ。――みんなの意見はどうかな?」
「オレもそれが妥当な判断だと思う。その内陸に向かう路線と海岸線に向かう路線を上手い具合にジグザグに乗り継いで、ヅーマヌまでは行けないのか?」
慧真が地図上の内陸部分と海岸線部分の間を人差し指で指す。
「そこはまだ分からない。現代の日本みたいに通信が発達しているわけじゃないから、案内所の人たちも自分たちが受け持つ路線以外のことはよく知らないみたいなんだ」
「ああ、そういうことか」
「隣町のことくらいならば分かるけど、そこからさらに遠くの土地のこととなると、よく知らないらしい。路線馬車を取り仕切る業者も街ごとで変わるみたいだし」
「日本でも県を越えるとバス会社が変わる場合が多いけど、それと同じっていうことか」
「そういう捉え方で間違っていないと思う。とにかく今分かっているのは、ここシンバから内陸の街『ハラーサドッゴ』まで行って、そこから今度は海岸線に戻ってくる路線があるということまでだ。馬車の時間についてはシンバ発ハラーサドッゴ行きが二時ちょうどにある」
「よし! それに乗るってことで決定だな!」
慧真がこれで決まりだと言う風に大きな声を出す。
「ねえ、ちょっといい?」
耀葉が口を挟んでくる。
「ハラーサドッゴ行きはいいとして、ここから出る路線馬車は他に一切ないの?」
「ヨーハちゃん、さすがに目の付け所が違うわね!」
史華がよく気が付いたと言わんばかりの顔で褒める。
「あのね、シンバから東に向かう路線馬車は三つあって、ひとつは今ヨータくんが話してくれた内陸の街のハラーサドッゴ行き。もうひとつはこの国のちょうど中央部分にある街の『ランドベガス』行き。そしてもうひとつが『オックスフィア』行きなの。まあ、あたしとしては『ランドベガス』行きに乗りたいところなんだけどね」
「ダメです! それだけは絶対にダメです!! フーミンさんが何を目当てにしているか分かりますから!」
耀太は言下に否定した。
「だって案内所の人が言うには、ランドベガスはこの国の首都のイーストパレスに匹敵するくらいに栄えた街で、イーストパレスが政治の中心なら、ランドベガスはさしずめ娯楽の中心っていうことみたいなんだよ! 一通りのリゾート施設が揃っていて、大きなプールがあって、舞台や劇場があって、さらにカジノもあって、お金さえあれば一ヶ月楽しんでもまだ楽しみきれないくらいの規模なんだって! こんなこと教えられたら、もう行くしかないでしょ?」
ゼノン国王との賭けの話などすっかり忘れてしまったというくらい、遊びに行く気満々な表情を浮かべる史華である。
「わたしもランドベガスには興味を惹かれるけど、オックスフィア行きはどうしてダメなの?」
姉が史華の様子を華麗にスルーして、当然の疑問を口にする。
「オックスフィアは旅の初心者には向かない土地らしいんだ。急峻な道がずっと続いて路線馬車の事故も頻発するような危険極まりないルートなんだって。特に異国からこの国にやってきたばかりの旅人ならば、なおのこと危ないからって、案内所の人にもきつく言われたよ。まあ、オックスフィア自体は美しい雄大な自然が広がる街で、別名『神の住処』とも呼ばれているらしいけど」
「そうか! その地にこそ、ぼくの求めるものがあるに違いない!」
オックスフィアに食いついた人間がひとりいた。
「ぼくの心が共鳴している! ぼくの魂が呼び寄せられている! 我が『スキル』が発動する場所、遂に見付けたり! いざ、行かん! 彼の地へと! ステータスオープン! ステータスオープン!」
いきなり菜呂が立ち上がって大声で喚きだしたので、耀太と慧真は全力で菜呂の体を押さえ込んだ。ただでさえ目立つ存在なのに、こんな意味不明なことで周囲から白い目で見られたくない。この先、旅を続けていくには、この世界の人たちの協力が必要不可欠であると耀多は考えていた。だからこそ変なことで悪目立ちはしたくない。
「そういう事情ならばハラーサドッゴ行きが一番無難で問題もないように思えるかな。まあ、我が弟くんにしてはナイス判断じゃないの」
珍しくお褒めの言葉を貰えた。
「それじゃ、次の行き先はハラーサドッゴで決まりでいいかな?」
全員に最終確認をする。完全に眠っている組木と慧真に床に押し付けられている菜路以外の全員が賛成票を投じたので決定となった。
「路線馬車が発車する二時まであと三十分弱あるから、それまでは各自、自由に休憩を取るということにしよう」
耀太は二時まで食後のティータイムをアリアと楽しむつもりだった。これくらいの楽しみがないとやっていられない。