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第13話 初日 終点です。でも此処は何処ですか?

耀太の上げた大きな声に驚いたのか、馬車の座席で気持ち良さそうに眠っていた他のメンバーが飛び起きた。


「何だ、ヨータ? 何が起きたっていうんだ? またトラブルか!」


「えっ、どうしたの? あっ、わたし、知らない間に寝っちゃっていたみたいね」


「もしかしてついにモンスターが現れたのか! よし、今こそぼくの出番だ! ステータスオープン! ステータスオープン!」


「もう着いたの? それじゃ、写真を撮る準備をしないと。わたしのスマホはどこにしまったかな……」


「グー、グー、グー」


「スー、スー、スー」


6人がそれぞれ個性的な反応を示す。


「ていうか、大人ふたりはいつまで眠っているんですか!」


こんなときにスヤスヤと眠っていられるのは、よほど肝が据わっているのか、それとも自分の置かれている状況をまったく理解していないかのどちらかだろう。大人ふたりはどちらに当てはまるか考えるのは怖いので、耀太はあえて考えないことにした。


「今、大きな声を出したのは耀太くんでしょ? どうしたの? 何かあったの?」


「アリア、窓の外を見れば、おれがなんで驚いたのか理由が分かるよ」


そういえば昨日も同じようなことをバスの車内で言ったのを思い出した。



まったくこっちの世界に来てからというもの驚いてばかりだな。



耀太はやれやれと心の中でグチをこぼす。


「えっ? 窓の外? まさか、また騎士団に囲まれているんじゃ……」


恐る恐るといった感じで窓の外に目を向けるアリア。


「あれ? 向こうに見えるのは……海だよね? えっ、こっちには馬の群れが見えるけど……ねえ、ここ、どこなの?」


アリアが耀太と同じ反応を示す。


耀太たちの前に広がる景色は青い海と、白い砂浜と、緑の大地、そしてその大地で伸び伸びと動き回っている何十頭もの馬たちの姿だった。


「本当だ! 馬ばかりじゃんか! おい、ヨータ、もしかしてオレたち、今度は馬の国にでも転移したのか?」


慧真は窓の縁から上半身を投げ出すようにしている。


「わあー、スゴイ映えスポットじゃん! さっそく記録に残しておかないと!」


馬の写真を取り出す人物のことはこの際無視してもいいだろう。


「こいつら、ただの馬に見えるけど、本当の正体は馬型のモンスターに違いない!  馬型のモンスターといったら……そうか、こいつらは『ナイトメア』だ! だからぼくはさっきまで『悪夢(ナイトメア)』を見ていたんだ! よし、こうなったらぼくの攻撃『スキル』である『ファイヤーストーム』で燃やし尽くしてやる! 『ステータスオープン!』」


目を覚ましたはずなのに、まだ悪夢の中を彷徨っている人間が約一名いたが、ここは触れないでおくことにしよう。


「ここは馬の国ではないよ。この路線馬車の終点である『《《キャリッジ》》ガレージ』だよ」


御者のオジサンが耀太たちに優しく教えてくれる。


「『《《カレッジ》》ガレージ』っていう名前のわりには、どこにも『大学』が見当たらないけど……?」


アリアが周囲を見回して、不思議そうに小首をかしげる。


「そうか! これだけ馬がいるっていうことは、ここは馬の大学だったんじゃないのか?」


少なくとも耀太は17年生きてきて慧真が言う『馬の大学』というものにめぐり合ったことはない。


「ていうか馬の大学って、なんだよ?」


「ヨータ、馬の大学っていうのは、競馬に出る馬の調教所っていうことかもしれないぜ!」


「ああ、そういう可能性もあるか」


「あの、お客さん。だから、ここは終点の『《《キャリッジ》》ガレージ』だよ」


耀太と慧真の白熱する議論を一切無視して、またオジサンが優しく諭すように教えてくれる。


「あの、もう一度、この停留所の名前を言ってもらえますか?」


アリアがなぜかそんなことを言い出した。


「お嬢さん、ここは『《《キャリッジ》》ガレージ』だよ」


「やっぱり! そういうことだったんだ!」


アリアが何やら合点がいったという風に何度も大きくうなずく。


「アリア、どういうことなんだ?」


慧真はまだ頭をひねっている。


「たぶん史華さんが聞き間違えたんだと思うの」


「聞き間違え?」


「そう。史華さんは終点は『カレッジガレージ』って言ってたけど、本当は『キャリッジガレージ』だったの。『キャリッジ』は『馬車』のこと。だから『キャリッジガレージ』というのは『馬車の車庫』という意味になるの」


「馬車の車庫……。そうか! だからこの場所にはこんなに馬たちがいるんだ!」


慧真もそこでようやく納得したらしい。


「おじさん、ここは馬車を引く馬たちを休ませる場所なんですよね?」


アリアが改めて御者のおじさんに確認の質問をする。


「ああ、そうだよ。馬たちの休息地さ。毎日馬たちを働かせていたら、すぐに疲労が溜まって、体を駄目にしてしまうからね。だから基本的に馬たちは三日働かせたら、この場所で一日休ませているんだ。――わざわざここまで来たということは、お客さんたちは馬たちを見学しにきたわけじゃないのかい?」


ここが馬車の車庫ならば、馬を見にくる目的以外でやって来る乗客などはいないだろうから、オジサンが不思議がるのも無理はないように思えた。


「いえ、それは違うんです。おれた――いや、ぼくたちは東にある港街の『ヅーマヌ』を目指していたんです。それで『イーストパレス』で一番遠くまで行く路線馬車に乗ったら――」


「ここに連れてこられたというわけか」


耀太の拙い説明を聞いて、オジサンも理解してくれたみたいだ。


「うわー、馬がいっぱいる! ていうことは、この近くに白馬の王子様がいるかも!」


「久深、ふたりで王子様を探そうか!」


「ちょっと二人とも、起きたなら起きたって言ってくださいよ!」


突然入り込んできた声の方に耀太は振り返った。


「えー、だってあたし、路線を間違えたみたいだから……。ほら、ちょっと話に入りづらいというか……怒られるんじゃないかと思って……」


この人にも一応後ろめたさを感じる気持ちがあることに驚きだった。


「いや、別にフーミンさんだけのせいにはしませんから。おれたちはみんなで決めてこの馬車に乗ったんだから」


「そうだよね! あたしのせいじゃないよね! あたしはこれっぽっちも悪くないよね!」



いや、開き直るのが早すぎでしょうが!



この分では、今日も一日ツッコミが続きそうな雰囲気である。


「ていうか、久深は英語の教師なんだから、あたしの発音の間違えはちゃんと教えてよ!」


「だから、わたしは言ったでしょ。イケメンの馬車に乗ろうって。そっちに乗っていれば、こんな間違いはなかったんだから」



クミッキー先生、イケメンと路線の間違いは一切関係ないですから!



この大人ふたりの話を聞いていると、際限なくツッコミをしなくてはいけなくなるので、オジサンとの話に戻ることにした。まずは大事なことを確認しないとならない。


「えーと、ぼくらは間違えて終点まで乗って来ちゃったんですが、次にここを出る路線馬車は何時になりますか?」


「ああ、戻りたいっていうことかな?」


「はい、そうです」


「それならば、ここからは一切馬車は出ていないよ」


「ええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


さすがに絶叫するしかない。


「あの、それはどういうことなんですか?」


驚きを隠せない耀太に代わって、アリアが話を引き継いでくれる。


「さっきも言った通り、ここは馬を休息させる場所だからね。ここを出発する路線馬車がそもそもないんだ。ここから出る馬車は一回イーストパレスまで戻って、そこが出発地点になるんだ」


現代日本ならバスの車庫からでも乗車出来るが、この世界の路線馬車はそういうわけにはいかないらしい。たしかに周囲を見回しても、この車庫以外に建物はまったく見当たらない。つまり、この辺りに住んでいる人はいないということなのだろう。


「それでは、ここから一番近い路線馬車の停留所はどこになりますか?」


「うーん、そうだな……一番近いとなると『シンバ』になるかな」


「ねえねえ、オジサン。それはどのへんなの? この地図を使って教えてくれる?」


史華がしまっていた地図を大きく広げる。間違えたことを多少は気にしているのか、ここからのルート再設定の話に参加してくれるみたいだ。


「今いるキャリッジガレージがここだよ。ここは『シンバ岬』の突端にあたるんだ」


オジサンが指で指し示したのは、イーストパレスから少し先に位置している海岸線から少し突き出た部分だった。


「そしてシンバの街というのは、このシンバ岬の付け根の部分といったら分かりやすいかな」


「そこからヅーマヌ方向に向かう路線馬車に乗り換えは出来るの?」


「ヅーマヌに直接行く路線はないな。ただ、イーストパレスほどじゃないが、シンバも比較的この辺りでは大きな街になるから、いろんな路線馬車はあるよ」


「あの、これは聞きにくいことなんですが……ちなみにそこまで歩いていくと、どれくらい掛かるんですか?」


組木が恐々とオジサンに質問をぶつける。馬車がない場合、耀太たちは自分の足を馬車代わりに使わなくてはいけないルールなのだ。


「えっ、歩き?」


オジサンは本気なのかという驚きの顔をした。その顔から分かることがひとつだけある。シンバの街はきっとここから、それなりの距離があるのだろう。


「うーん、そうだな。正確には分からないが、距離にしたら5キロ以上あるかもしれないな。もしも歩いていくとしたら、一時間以上かかると考えたほうがいいかな」


「5キロ! えっ、無理です! 5キロなんて、新卒には絶対に無理だから! 新卒は2キロまでって、教育委員会で決まっているんだから!」


「いや、新卒は関係ないでしょ! ていうか、なにを基準に教育委員会は2キロって決めたんですか!」


思わず声に出してツッコんでしまった。


「随分と困っているように見えるが、なんだったら私がこの馬車でそこまで送ろうか?」


「えっ、いいんですか? 初めて見たときから絶対に性格抜群の運転手さんだと分かっていました! 今どき白馬に乗った王子様なんてダサすぎますよね! 時代はボロ馬車に乗ったオジサンです!」



最初にオジサンで大丈夫なのって言ってたのはどこの誰ですか! ていうか、ボロ馬車とか、完全に悪口ですからね!



耀太の心のツッコミも知らずに、組木は勝手に話を進めていく。


「それじゃ、さっそく今来た道をこの馬車で戻っていただいて――」


「先生、それは出来ませんから! 覚えていないんですか? おれたちが乗ることを許されているのはローカル路線馬車だけなんですよ? もしも『ズル』をしたら、王宮にいる居残り組は処刑されちゃうんですよ!」


まさか担任がそんな大事なことを忘れているわけはないと思うが、一応、確認の意味を込めて説明した。


「も、も、も、もちろん……そ、そ、そんなこと、百も二百も承知の上で冗談を言っただけだからね! 本当に本当だから! これはちょっとしたユーモアだから! だいたい、わたしのことを理不尽に選抜メンバーに選んだ生徒たちのことを一秒たりとも忘れるわけないでしょ!」


「いや、なにも涙目で言い訳しなくてもいいですから!」


耀太は頭が痛くなるのを感じたが、さらに頭を痛くさせる発言が続いた。


「シンバまで歩いていくのはいいとして、あたし、お腹空いたんだけど」


「ヨーハ、朝ご飯は王宮で食べただろう!」


なんでこんなに問題ばかりが起こるのか。あるいは問題児ばかり集まっているから、問題が起こるんじゃないのかと疑いたくなってくる。


「それじゃ聞くけど、我が弟くん、わたしたちの昼ごはんはいつになるの?」


「ヨーハ、分かっているのか、今はご飯どころじゃないから!」


「あのね、まだ初日なんだから、そんなに急いで旅をしなくてもいいでしょ! だいたいこれから長旅をすることになるんだから、人様の健康を第一に考えるのは当然でしょ!」


「話をしているところ申し訳ないけど、このあたりに食事処はないんだよ」


こちらの様子が気になったのか、オジサンが申し訳なさそうに教えてくれる。


「でもコンビニくらいはあるでしょ?」


「コンビニ? わたしはひとりで馬車を運転するからコンビではないが……?」


「それじゃ自販機は?」


耀葉がさらに訊く。


「ジハンキ? それは時間のことかな? 今は十時半だが……?」


「えーと、この世界の文明設定ならば、いくらなんでも屋台ぐらいは存在するよね?」


「ああ、屋台ならあるよ!」


さすがに屋台という単語は異世界でも通じるらしい。


「やったー! これで食事にありつける!」


「ただし、この辺りにはないけど」


「ええええええーーーーっ!」


こういうオチになるだろうと先に察していた耀太はブツブツ文句をつぶやいている姉を無視して、一番頼りになる人物とこれからの話をすることにした。


「アリア、どうしたらいいと思う?」


「とりあえず歩くしかないみたいね。今から歩いていけば、シンバに着く頃には12時を過ぎているだろうから、お昼ご飯を食べるにはちょうど良い時間じゃないかな」


「まあ、それが妥当なところだよな」


「ヨータ、もう歩いて行こうぜ。歩いていけば適度にお腹も空くだろうし、昼ご飯を食べるにはまさに一石二鳥じゃんか!」


慧真がいつもの前向きな発言をする。


「オジサン、シンバまでは危なくないですか?」


耀太は最後に残っていた懸念材料を尋ねた。


「ここからシンバまでは馬車道が一直線に伸びているから、海外線沿いの危険な崖にさえ近づかなければ、歩いていっても大丈夫だよ」


これですべての問題が一応解決した。


「ということで、シンバを目指して歩こうか!」


結局、耀太を先頭にして今馬車で乗ってきた道を、今度は逆に向かって歩いていくことに決めた一行だった――。

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