第七話 「大王都観光 その二」
やっぱ自走砲型が暴れる試合が一番笑えるんだよなぁ。
皆もパンジャングランプリを見てこの気持ちを共有して欲しい。
一緒に英国面に堕ちようぜ?
VRMMORPG『エタニティ・メモランダム』と言うゲームは、『メモランダムシリーズ』と呼ばれるゲームシリーズの第五作に当たる作品だ。
全シリーズの世界観は共通の物となっており、ゲーム運営公式からの発言があった訳では無いが、プレイヤー有志陣の調査により本作は前作『トワイライト・メモランダム』から凡そ千五百年ほどの年月が経過した時代である事が判明している。
この手のシリーズものによくある事だが、過去である前作であった出来事が現代である次回作の世界にあまり伝わっていないと言うものがある。
これは前作から相応に時代が流れた事を表現する為であったり、前作を知らなくてもゲームを楽しめるようにであったり、前作に引き摺られてシナリオ政策の自由度を下げない為だったりと様々な理由が考えられるが、それについては一旦置いておこう。
問題なのは、このエタニティ・メモランダムにおいて過去の歴史・伝承の散逸や失伝には、時の流れ以上にもっと直接的な原因が存在している事だ。
それこそが、ゲームの舞台である『アンティカルーナ』世界における最大宗教『聖天教』である。
「―――時の権力者によって過去の記録が都合の良い様に改竄されるって言うのは世の常だが、この世界でそれを実行し、現在進行形でその事実を隠蔽し続けているのが聖天教って訳だ。奴らによって旧世界…前作であるトワイライト・メモランダム時代からの記録はその殆どが破壊され、書き換えられた。許せる物かよ!」
「だからリューセンさんはそんなに聖天教を嫌っているんですか?」
「私だけでなく前作経験者の殆どは奴らを嫌っているさ! ネタバレになるから詳細は省くけど、前作であるトワイライト・メモランダムは終末を迎えた世界『アンティキテラ』で、それでもなお未来に希望を繋ぐ為に戦った英雄たちの物語であり、その希望を託された先がこの世界アンティカルーナなんだ。この世界の礎となった彼ら彼女らの記録を悉く踏み荒らし、剰えその功績を我が物顔で乗っ取っている奴ら教会と、奴らの進行する『天使』や『天神』達を私は決して許さない!!」
握り締めたリューセンの拳からはミシミシと言う音が絶え間なく聞こえて来る。
放つ言葉には烈火ですら生温いほどの激情が宿り、彼の感じている怒りの激しさを物語っていた。
だが、そんな中でもファランクスはどうしても訊ねずにはいられなかった。
「……け、けど、それってあくまでそういう設定のゲームとして作られてるってだけですよね? そこまで目の敵にしなくても」
「うん? ……ああ、ファランクス君は知らないのか。このゲームはその辺特殊でね、今のゲーム世界の物語についてはゲーム開発陣の手はほとんど入っていないんだよ」
「え? それってどういう……」
「『オート・シミュレーション・ワールドメイク』って、知ってるかい?」
『オート・シミュレーション・ワールドメイク』。
それは、近年広まって来ているゲームの製作手法の一つだ。
最初に基礎となる仮想世界を製作し、その世界の時間経過を演算する事でよりリアルな発展をしたゲームワールドを作り出す。
現実世界と遜色の無いほどの精度を持つ仮想現実の構築を可能とするスーパーコンピューターが、技術革新により民間企業でも購入する事が可能となった事で生まれた最新の手法である。
一から十までストーリーを作る従来のRPGとは全く異なる為賛否両論の多い技法ではあるが、一つのゲーム世界で沢山のプレイヤーが同時に遊ぶMMOとは相性が良く、近年では同様の手法で製作されたMMO作品が増えて来ている。
エタニティ・メモランダムもまた、その一つなのだ。
「つまりこのゲームは、前作トワイライト・メモランダムの世界観を元にして発展した異世界の様な物なんだよ。そこに生きる人々も、過去に生きた人々も、そう設定されたからでは無く自分で考え行動し、自らの手で歴史を作って来た結果が今のこのアンティカルーナなんだ」
「そうだったんですか……」
「まぁ、最近の子からしたらNPCが本物の人間と見分けがつかないくらい生き生きとしてるなんて当たり前かもしれないけど、十年くらい前はもっと違ったんだよ? NPCだって、昔は設定された定型文を話すだけだったし。レトロゲームだったらそれでも良いんだけど、当時は段々と矢鱈精巧な人形の世界に迷い込んだような感覚がして不気味でねぇ―――」
「あ、あの、話なら聞きますからそろそろ止まりません?」
懐かしみながら昔語りを始めた為怒りが多少薄れた様子のリューセンだったが、それでも歩みを止める事は無かった。
何とか宥めて止めようとしているファランクスだったが、そうこうしている間にも目的地へと到着してしまう。
到着した先は大勢の野次馬が集まる大きな広場であり、野次馬の群れの先には半壊し黒煙を上げて居て尚元の荘厳さを感じさせる大聖堂が存在していた。
「うぇ、超立派じゃないですか。リアルだったら世界遺産とかで紹介されてそう……」
「なぁ? 歴史の改竄で他者の功績を奪った上に、その事実を現在進行形で隠蔽し続けている卑怯者の詐欺師集団共のくせに生意気だよなぁ?? あの大聖堂来歴もかなり酷くてね? あれね、当時有名だった建築家を権力を笠に無理矢理働かせて、半世紀も掛けて作り上げた代物なんだよ。やりたくも無い仕事に五十年も拘束されて、完成した半年後に寿命で世を去った建築家の事を思うとやるせないよ。そのくせ教会は、敬虔な建築家が自分から教会に頭を下げて作らせてくれと申し出たって吹聴してるし。許せねぇよなぁ?」
「酷過ぎる……確かに聖天教はちょっと痛い目に遭った方が良いかもですね」
リューセンから聖天教の過去の所業を聞かされて考えが傾き始めるファランクス。
そんな彼にリューセンはポンと肩に手を置くと、スッと持っていた砲丸型爆弾を差し出した。
「判ってくれた様で嬉しいよ! そう言う訳で、ファランクス君もゲーム開始記念にテロって行こうぜ!!」
「はい! ……いや、いやいやいや! それとこれとは話が別!! 教会は確かにあくどい事をしてるみたいですけど、だからって爆破テロなんて乱暴な事しなくて良いじゃないですか!? もっとこう、教会の悪事の証拠を世間に周知するとか」
「無理無理、腐っても教会はこの国の国教として千年単位君臨してるからね。この国の王家ともずぶずぶの関係だし、新参の外様でしかないプレイヤーが『黒』だと言おうと、教会や王家が『白』だと言えばこの国の人々はそれを信用するんだよ」
「そんな……」
情報社会であるリアルとは違い、アンティカルーナでは一般市民が知る事の出来る情報は非常に少ない。
アンティカルーナの民にとって、自分たちの支配者である王侯貴族や地上における神々の代弁者である教会の言葉こそが真実であり常識なのだ。
それらに比肩する組織として冒険者ギルドの存在もあるのだが……。
「一応ね、冒険者ギルドやその関係者はまだまともなんだけど、良くも悪くもあの組織は『人類の脅威であるモンスターから人々を守る』って言うスタンスを崩さないからね。人間同士の争いには介入したがらないし、そこに付け込まれて王家や教会から『冒険者は食い詰めた荒くれ者がなる者だ』なんてネガキャンされちゃってるから民衆からの評判は今一悪いんだよ」
人の少なくて住民同士がみんな身内、みたいな感じの田舎とかだとまた違うんだけどね。
そう溜息と共に締めくくったリューセンを見て、ファランクスは何とも言えない気分になった。
ファランクスとしてはもっとこう、明るくて楽しいテンプレファンタジー世界を想像してゲームを始めたのだが、開始初日にしてブラックな裏事情を聞かされてしまいこれからどんな気持ちでゲームをプレイして行ったらいいのか判らなくなってしまったのだ。
そんなファランクスの今の気持ちを判っているリューセンは、隣から正面に回り込み改めてファランクスと向き合った。
「碌でも無い裏話を聞かされて嫌な気分になっているだろうけど、遅かれ早かれこのゲームを続けるならいずれは知る事になった話なんだよ。プレイヤー間では有名な話だからね」
「確かにそうなんでしょうけど、こう……ゲーム始めてしょっぱなからは聞きたくなかったかなぁ」
「最初だからこそだよ。テロが起きたのは偶然だけど、元々この話は観光が一通り終わってからするつもりだったんだ」
「どうしてですか? こんな話聞かされたら、普通このゲーム自体への印象悪くなりますよね?」
そこがファランクスにとっては疑問であった。
これまでの会話でリューセンがこのエタニティ・メモランダムと言うゲームをどれだけ好きかは肌で感じるほどだ。
そのリューセンが、聞けば眉をしかめてゲームに対して悪印象を受ける様な話を隠さずしたのかがファランクスには不思議だった。
「リューセンさんが新規の俺に色々と良くしてくれたのはこのゲームが好きだから、このゲームを新規の俺にも好きになって欲しいから、ですよね? なのにどうして……」
「簡単な話だよ。良い所も悪い所も含めて、この世界を好きになって欲しいからさ」
「え?」
予想だにしなかった返答に、ファランクスは驚いてリューセンの顔をまじまじと見つめる。
白布に覆われて表情は見れなかったが、何となくその下でリューセンは微笑んでいるのだとファランクスは感じていた。
「良い所ばかり見せて、悪い所を隠すなんて言うのはただの欺瞞。教会の連中がやっている事と変わらない愚行だ。確かに真実を話す事でこのゲームに嫌気がさして止めてしまう者もいるだろうが、それはまぁ仕方ない事だ。それよりも私は、それを知った上でこのゲームを続けようと、このゲームをもっと知ろうとしてくれる人と仲良くなりたいから、出会った新人にはこの事を必ず話しているんだよ」
要するにただの私の我儘だね。
そう言って腰に手を当てて快活に笑うリューセン。
胸を張るその姿に疚しさは欠片も無く、どこまでも真っ直ぐなその姿勢が身に纏う白の法衣と相まって、ファランクスにはどこか清らかな物にも感じられた。
「……ハハ、何ですかそれ? 好きになって欲しいから嫌な話を聞かせるって、好きな子にちょっかいかける小学生男子か何かですか?」
「その例えは止めてくれるかな!? 流石の私でも気持ち悪さで鳥肌立つよ!」
鳥肌が立ったと言わんばかりに二の腕を擦るリューセンを見てファランクスはけらけらと笑った。
「アハハ! リューセンさんでもそんな反応するんですね?」
「誰だってこんな反応になると思うけどねぇ? ……と言うかファランクス君、遠慮が無くなって来たね。そっちが素かい?」
「あぁ、まぁそうですかね? クラスの友達とか相手だとああいう軽口は日常茶飯事ですね」
「なら、私にも遠慮なく軽口を叩くと良い。それと、敬語も無しで良いよ」
「え……えっと、良いんですか?」
「勿論だとも。 ……ああ、そう言えばこれを忘れていたな」
『プレイヤー『リューセン』さんからフレンド申請が来ました 承認/拒否 』
突如ファランクスの視界に表示されたメッセージの内容がそれだった。
その意味が判らないほど、ファランクスもゲーム慣れしていない訳では無かった。
「改めて、私のフレンドになってくれないか?」
そう言ってリューセンは左手で白布を取って素顔を露わにしつつ、右手を差し出して来る。
僅かな間の後、ファランクスは力強い笑顔と共にその手を掴んだ。
「はい……ああ! よろしく、『リューセン』!!」
「ハハハ! 元気があって非常によろしい! よろしく『ファラン君』!!」
ガッシリと力強い握手を交わす二人のプレイヤー。
片方にとっては新たなる、もう片方にとってはこのゲームで初めてのフレンドが生まれた瞬間であった。
話の展開を早めたいという感情と展開を速めると内容が薄くなるからじっくりやりたいという感情が鬩ぎ合う。
書き続ければいつかバランスが取れて決着がつくのだろうか?