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第二十四話 「グレイスの過去 その四」

今回こそ過去編最後です。

次回からはリューセンたちの居る現代へと視点が戻ります。

 ジェリーが旅立ってから凡そ二年が経ち、破滅の日は唐突に訪れた。

 大王都の外周部、グレイスとサウロンの生まれ育ったスラム街が炎に包まれたのだ。



 ―――他ならぬ、本来なら国民を守る筈の王国軍の手によって。






 ~~~~~~~~~~~~~~~~






「サウロン! かーちゃんたちを連れて早く逃げろ!!」

「グレイスはどうするのさ!?」

「逃げ遅れた連中が居ねぇか確認してから合流する! かーちゃんだけは絶対守れ!!」



 炎上するスラム街の中をグレイスとサウロンは走っていた。

 下級市民より更に下に位置するスラム民の住む地区は粗末な木造の小屋ばかりが立ち並び、雨も雪も降っていない乾燥した冬場のこの時期は止める間も無く炎が広がった。

 本来グレイスとサウロンの魔法の実力であればこの程度の火事消し止めるのは容易かったが、そうは出来ない事情があったのだ。



「クソッ! 聖天教の連中、まさか国軍を味方につけるなんて!?」

「貴族共にとっても都合が良いんだろうよ! 何せ、中立を維持する冒険者ギルドや魔法使い達と違って、自分たちと癒着してくれるんだからな! 碌に税金も払えないスラム街を焼き払うだけで天使様の協力を得られるなら喜んでやるだろうよ!!」



 そう、スラム街に火を放ったのは聖天教の要請に応じ、ズァナルカンド王国そのものから命令された王国軍の兵士たちだった。

 ズァナルカンド王家やそれに連なる貴族たちは近年になって勢力を拡大して来た聖天教と接触し、協力の見返りとして天使から齎される様々な恩恵にあやかろうとしていた。

 その背景には中立を謳い自分たちへの優遇措置を一切取らない冒険者ギルドや古式魔法使い達への長年の不満という面もある。

 スラム街は生贄とされたのだ。


 グレイスとサウロンが抵抗する事無くただ逃げようとしているのは、王国軍が相手であるからだった。

 今は街に火を放ち遠巻きに様子を見ている王国軍だが、もし反撃すればスラムの住民たちは反逆者として最後の一人を滅ぼすまで執拗に追われる事となるだろう。

 グレイスとサウロンの様な実力者は稀であり、本気で王国軍が攻めて来れば多くの犠牲が出るだろう。

 それならば、戦わずに逃げる方がまだ犠牲者を抑える事が出来ると判断した。

 スラム街の火事を消化しないのも、炎上する街そのものを防壁として王国軍からの追撃を防ぐ為だった。

 もし火事を消し止めれば、そこから王国軍によるスラム民の虐殺が始まるのは目に見えていた。



「そろそろ分かれるぞ、街の外に出たら森の中に身を隠せ! 腰抜けの兵隊共は魔物の出る夜の森になんぞ入りたがらないからな!!」

「ッ……判った。グレイス、必ず帰って来てよ!!」

「誰にものを言ってやがる! いっちょ前にオレ様の心配なんぞしてんじゃねぇよ!! ……かーちゃんを頼んだぞ」

「判ってる!!」



 その言葉を最後に二人は分かれた。



 炎上するスラム街の中を駆け抜けるグレイス。

 魔法による身体能力の強化により、風となって街中を回るが幸い残っている住人は見当たらなかった。

 おそらくは、グレイスやサウロン同様スラム街出身の冒険者が手を回してくれたのだろう。

 冒険者ギルドで仕事をしていたグレイスとサウロンの元へ、王国軍によるスラム街の襲撃を知らせて来たのもスラム街出身の冒険者の一人だった。

 その知らせが届いた時、ギルド内に残っていたスラム出身以外の冒険者たちは住民の避難の協力や王国軍と戦う事を申し出てくれたが、その全てをグレイスは一喝して断った。

 もし冒険者対王国軍という形になってしまえば大王都が戦場となり多くの血が流れるばかりか、協力してくれた者達に反逆者のレッテルが張られてしまうからだ。

 そうなれば、冒険者たちだけでなくその家族や友人たちにまで被害が広がる事になる。

 抵抗せずにスラム民が大王都から出て行く事が、最も被害を抑える選択肢であった。



「……悪いなサウロン、帰んのはしばらく時間がかかりそうだ」



 そしてもう一つ重要な事がある。

 そもそもの今回の襲撃の発端、王国軍の協力を求めた聖天教が何を欲していたのか。

 スラム街を焼き払った上で、何を手に入れようとしていたのかが問題だった。



「―――よう、勇者(クソ野郎)。お望み通り出向いてやったぜ」

「―――! あぁ、待って居たよ。俺のグレイス!!」



 無尽な事を確認したスラム街を駆け抜けた先、王国軍が最も密集する場所に勇者(それ)は居た。

 いつかの様に聖天教の教徒である白ローブたちに囲まれ、熱に浮かされたような、同時にねっとりと絡みつく様な濁った目をグレイスに向け、狂笑を浮かべている。

 王国軍によるスラム街への放火を企画し、実行に移したのは勇者であった。

 全ては、グレイスを手に入れるためであったのだ。



「ずっと気に入らなかったんだよ。俺の聖女である君がこんな薄汚れた場所であの半魔(・・)と暮らしているなんて。奴がいなければ、こんな場所が無ければ君は何の憂いも無く俺の元へ来れたのにって!」

「誰が聖女だドブ野郎、勝手に気色悪い肩書を付けるんじゃねぇよ!」



 一方的に捲し立てて来る勇者に対し、グレイスはそれ以上の反論をしなかった。

 そもそもグレイスは目の前の男に会話する価値を感じていなかったのだ。


 自分勝手で我儘で人の話を聞かない甘ったれ、自分の好悪を世の善悪と思い込み、理性も品性も躾も足りない害悪。


 グレイスはそのように勇者を評しており、会話など時間の無駄だと結論付けていた。



「さぁグレイス、一緒に帰ろう! 君にぴったりの服を用意してあるんだ! 沢山あるから、全部着て見せてくれ!!」

「ふざけた事を抜かすな腐れ外道が、着せ替え遊びしてぇなら人形とでもやってろってんだ!」



 心底気持ち悪そうにそう吐き捨てる。

 そもそもグレイスがこの場にやって来たのは勇者と会話する為でも、まして大人しく捕まりに来た訳でも無い。

 勇者らの足止めをしてスラム民の逃げる時間を稼ぐ為だ。

 それも戦うことなく、かつ自らの得意とする魔法を用いて。



 グレイスの得意とする魔法とは、他者の心に直接的な作用を行う『精神魔法』だ。

 幻覚や暗示、読心などを得意とするこの魔法を使えば、勇者や王国軍に対して『グレイス(目標)を確保した』と思い込ませ撤退させる事など容易い。

 勿論それによって稼げる時間は限られているが、それでも十分だとグレイスは判断していた。

 故に、グレイスは勇者を始め聖天教の主要な面子や、王国軍の指揮官が集まったこの場所へとやって来たのだ。

 後は、この場に居る全員に魔法で暗示を掛ければそれで終わりだった。



「……テメェの戯言にこれ以上付き合うつもりはねぇ、あばよ」



 そう言って、グレイスは掲げた右手で指を鳴らした。

 発生した摩擦の熱と音は直ちに触媒化により魔力へと変換され、その魔力を元に精神魔法が起動しその場に居る全ての人間へと暗示がかかる。

 これにより彼らは投降して来たグレイスを確保し、目標達成によりスラム街の火事が市民街へと延焼しない様に監視する一部の者を残して撤退するという判断を下す筈であった。


 そうなる筈であったのだ。

 だが、そうはならなかった。

 グレイスのかけた魔法は、まるで太陽を思わせるかのような光が上空から降りて来ると共にいとも容易くかき消された。



「っ、何が? ……! 天使だと!?」



 眩し気に光の発生源へと目を向けたグレイスが驚愕の声を発する。

 そこに現れたのは、四対の翼を持つ男の天使であった。

 黄金の杖を手にするその天使は、しかし天使と言う呼び名に似つかわしくない傲慢そのものの表情をグレイスに向ける。



「―――危うく取り逃す所であったな、あまり手を焼かせるな我が娘(・・・)よ」

「……あぁ? 何言ってやがるテメェ?」



 自分を『我が娘』と呼ぶ天使に対し、グレイスは胡乱気な視線を向ける。

 だが、その実グレイスは何かに薄々気づいている様で、その視線の中には苛立ちや憎々しさが多分に含まれていた。



「白を切っても無駄だ、気付いているのだろう我が娘。自分が何者であるか、自身の出自の事を」

「……」



 無言でグレイスは指を鳴らす。

 最短最速で行使された古式魔法が氷の刃となって天使へと降り注ぐが、天使がその手に持つ杖を軽く振ると容易くかき消されてしまった。



「チッ」

「手癖が悪いな、無駄な事は判っただろう我が娘。大人しく私の役に立て、その為にお前は生まれたのだからな」



 力の差を見せつけた上で天使はそう宣っているがグレイスは最早天使の話など聞く気はなく、周りの状況を確認している。

 強力な精神魔法による暗示を中断されたため、勇者ら聖天教勢力や王国軍は軒並み意識を失っている。

 目の前の天使さえどうにか出来れば簡単に逃げられるのだが、先ほどの攻防で自分の実力では無理だとグレイスは理解していた。

 せめてジェリー(師匠)が居たなら……という考えが浮かぶが、千無い事だと諦める。

 そもそもジェリーが居れば、この天使はこの場に現れもしなかっただろう。


 であれば、グレイスの取れる手段は一つしか無かった。



「―――テメェが俺の親かどうかはどうでもいい」

「どれだけ否定しようと事実は変わらんぞ、我が娘」

「ケッ、知った事かよ! それとな、テメェはどうもオレ様に出来る事はもう何もないとでも思っているようだが、案が良そうでも無いんだぜ?」

「ふっ、ハッタリは止めておくことだな。お前にもう抵抗の手段は残っていまい?」

「確かに抵抗は碌に出来ねぇかもな? だが、待つ事(・・・)は出来るんだぜ?」

「何? ……ッ!」

「マヌケが! もう遅ェんだよ!!」



 何かに気付いた天使が杖を振ろうとする。

 だがそれよりも、グレイスの魔法が発動する方が速かった。

 指を鳴らす事による魔法の発動を天使は警戒していたが、指を鳴らさなければ魔法が使えないと言う訳では無い。

 会話による『発声の音』を触媒化したグレイスは、その魔力と自身が保持する魔力とでもって自らへと魔法を掛けた。

 身を守る、その一点において最上に位置す強力な魔法を。



「……おのれ、混ざり者の道具にすぎん分際で!!」



 魔法の名は『石の棺の守り(ストーン・コフィン)』。

 自らを石化する事によって、外部からのあらゆる干渉を無効とする自己封印魔法である。

 石像と化したグレイスをしばらく忌々し気に睨んでいた天使は、背を向けると捨て台詞を残して姿を消した。



「……まぁいい、どうせいつまでもそうしている事は出来んだろう。その石の守りを自ら破った時、今度こそ迎えに来るぞ我が娘よ」

(うるせぇ、二度と来んじゃねぇよバーカ!)






 天使の捨て台詞に内心でそう返したグレイスは、一度に大量の魔力を失った事で眠りにつく。

 次に意識が覚醒した時にはかなりの時間が経過しており、勇者もとっくに寿命で死んだ後だった。

 そうしてグレイスは石像の状態で千年の時を過ごし、今こうして現代に蘇る事となった。




 以上でグレイスの過去語りは終わりを迎え、喋り過ぎて喉の乾いたグレイスはリューセンに対し水を一杯要求した。

グレイスの出自についてはまたいずれ詳しく解説します。

ちなみに、グレイスが精神魔法が得意だって言うのは個人の才能では無く世界観に基づいた設定だったりします。

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