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母の言葉の重み


 城に入ってからは妙に空気がおかしい。警備の数が少なすぎる。非常事態だからと全員が表に出て戦ってるわけでもあるまい。

 と、一定の場所を越えた辺り──玉座へと続く階段から違和感は緊張感に変わる。王国の兵士がゴロゴロと倒れていた。どれも喉元を切られた一瞬の死だったようだ。他の外傷はない。


「誰か先客がいるぞ?」


「ちっ。このやり方は……。安心ください魔王様。おそらくジュリアでしょう。このまま国王の所まで行きましょう。逃げる事は出来ていないでしょうから」


 俺達は玉座の間の扉を開いた。そこにいたのは、国王はもちろん。マルコ、ブッシュ、マリン。そして前にも見たジュペルヌーグの騎士。

 他に何人も倒れている兵や国王の側近らしき者達がいるが、おそらく全員死んでいる。

 さらにそれらを成したであろう人物が二人。ジュリアとその側近セラム。彼らはこっちの者なのでこれはつまり、完全に王手の状態だ。勝利が決まったと言ってよいが、そこでジュリアが口を開いた。


「お待ちしておりました魔王様。まずは見事にレギオン・ブレイクを制御したようで、おめでとうございます。しかし私的にはこの王国が消し飛ぶ事を望んでおりました……」


 ジュリアは言う。最初からバリアンテ王国が全力で来る事は知っていたのだ。その上で勝利を得るには俺が魔法で全てを消し飛ばす以外の方法がなかった事を。その為に、敢えてこっちが不利になる戦力で作戦指揮を行った。

 だが万が一の敗北も視野には入れていない。彼女が望んだのは自国の勝利というより、バリアンテ王国の完全な消滅である。


「俺は民間まで巻き込むつもりはない。そう最初に言ったはずだが?」


「バリアンテは完全に滅ぶ必要があるのです。私はこの時を待ちわびていました。魔王様……いえ、ブレストガルドの血を引くあなたが、父を殺された復讐としてバリアンテを滅ぼす時を……」


「どういう事だ?」


「そうですね。何も知らないあなたに話しておきましょう。この王国がゼッシュゲルトにおこなった卑劣な裏切りの話を────」


 それはかつての魔王が一人の勇者により倒された、という長らくバリアンテ王国に語られてきた英雄の伝記……などでは、なかった。


 かつての魔王、ブレストガルドは魔族を統べる王として圧倒的武力で世界を滅ぼそうとしたわけではなく。その力を使い、世界を平和にしようとしたのだという。

 国同士の戦争が激しかった当時。その中でも魔王国は圧倒的存在であった。多くの国は魔族国家ゼッシュゲルトを敵にはしたくなかったのだ。しかし、人は争う生き物。


 圧倒的ゼッシュゲルトに屈しない為にも、自国の武力を上げる為の侵略戦争を繰り返した。そこでブレストガルドは、敢えて他国と同盟を結んでいったのだ。全てが一つになれば戦争はなくなるという志の元に。そうして東の大陸は統治されていった。


 しかし、中央大陸最大のバリアンテ王国は現国王への交代をきっかけに、破竹の勢いで周辺国を制圧して武力を高めだした。人は力を持つ程にその力を誇示したくなる。そして頂点に立ちたくなる。

 そんな時。力とは諸刃の剣であるとバリアンテ国王に伝えたのが、ブレストガルドだった。一つの国が力を持たぬ事が世界平和だと訴え、ブレストガルドはバリアンテ王国とも同盟を結んだ。


 それから暫くしてバリアンテ王国の国王はある日、一人の男を王国の使者として、ブレストガルドとの謁見に出した。

 男の名前はレックス・デリート。その名前を聞いて俺は直ぐにわかった。レックスとは俺の家に写真だけが残っていた男。つまり俺の父親で、当時のバリアンテ王国でもっとも強いと名高い冒険者だった。


 つまり、やはり俺の知る父親レックスと、実の父親であるブレストガルドは別人物だったという話になる。


 それはさておき。バリアンテ国王は、そのレックスにブレストガルドの暗殺を命じたのだ。つまりバリアンテ王国は同盟を結んでいたゼッシュゲルトを裏切ったのだ。結果的にその暗殺が成功。魔族の王、ブレストガルドは死んだ。


 その時ブレストガルドには子供がいて、それが俺である事は聞いていたが。驚く事に当時、ジュリアは魔王と恋仲であり。俺はその間に生まれたのだという。ジュリアが俺の母とは、まったく信じられない話だがブレストガルドが暗殺された日。俺はレックスと共に消えた。


 魔王が殺された直後という事もあり。当然、レックスが連れ去ったという結論に至ったゼッシュゲルトは。下手にバリアンテに手出しする事も出来なくなり、長い間沈黙する事になったのだという。

 その間。ゼッシュゲルトが何もしなかったわけではない。バリアンテでは勇者などと称えられる暗殺者レックスと俺の捜索を行った。しかし、どちらも見つからなかったのだ。

 

「じゃあ俺がずっと父親だと思ってた男は、俺の実の父親を殺した男って事になるのか……」


「そうなりますか。あなたの本当の名前は『ポルカレリア』。私とブレストガルドの子なのです。ねぇ……ポルカレリア。この話を聞いても、あなたはバリアンテ王国に情を向けれますか? この腐った人間達を生かしておけますか?」


 横にいるルカの辛そうな表情が概ねの真実だと伝えてくる。なるほどな……俺の義理の父親が実の父親を殺した犯人だとルカは知っていたのだろう。

 そうか。俺はこの十何年もの時間。実の父親を殺した男の事を、勇者かもしれないと憧れてきたのか。全てがムダだった。


 俺はこの国を少しは愛していた。それすらも今となればバカだった。全てが俺の敵だったのだ。

 ただでさえ、俺はこの国の奴らに散々バカにされてきた。考えてみれば母、レミアも実の母ではないわけだ。しかし、俺をここまで育ててくれた彼女は、一体何から俺を守っていたのだろうか?


 せめて母がいればもっと詳しい話を聞けたのかもしらない。だが、その母すらもバリアンテに殺されたんじゃないか!

 案外この国王は、真実を知ってる可能性がある母の存在も邪魔だったのだろうか。だから殺したのか? 都合よく俺に罪を被せて。


 ジュリアもこれまでどれだけ辛い想いを抱えて生きてきたのだろう。俺の実の母ならば、俺はこれからジュリアの為に生きるべきなのかもしれない。

 バリアンテの母を失った今。せめて出来る親孝行は、ジュリアの為にこの国の罪と共に全ての人間を滅ぼす事なのか? 彼女がそれを望んでいるのだから。


「ダメだ……確かに、俺は間違っていた。考えてみれば俺は何一つこの国に良い思い出なんてない。俺を育ててくれた母すら、お前に殺されたしな、ブッシュ」


「ぢょ、じょっど待、てよ。しがだない…だろ。た、だのむ。かづては一緒にぼうげんした仲間…じゃないかよ」


「なんだ、声もまともにでないのか。終始俺をバカにしてたじゃないか。やっぱり人間なんてクズなんだな。やっぱりこの国は俺にとって情けをかける価値はない。なあ、ルカ……ルカはこの国王を殺したいんだろ? こいつは、お前にやる」


 俺の言葉にルカは驚いたような顔をしたが、国王を見て腰のナイフを抜いた。彼女も俺と同じ、この国に親を殺されたのだ。俺と同じだ。

 全てを灰にする前に、彼女の長年の想いには決着をつけさせてあげよう。


 ルカはゆっくりと国王に近づく。それを止める者はいない。正確にはマルコが剣を抜こうとしたが、セラムがいつの間にか彼の喉に刃物を突き付けていた。候補者達の中で一番ヤバいのはこの少年だったのだと、今更ながらに思う。

 

「よ、よせ。何をしておるのだお前達! ワシを守れ! ゆ、許してくれレクセルとやら。お前が全ての原因だと言ったのはそこのブッシュじゃ! ワシはその言葉を信じただけじゃ」


「な、な…にってやがる。この国のごく王は、国み"んを売るのが、よ。クズやろ…だな」


 何とも醜い擦り付け合いだろうか。人間とは所詮つまらん生き物なのだ。俺に言わせればどっちもクズだ。

 玉座の一番近くにいるジュペルヌーグの騎士も全く動こうとしない。同盟国を裏切る国の国王だとわかった以上、同じ同盟国の騎士である彼も呆れているのだろう。それもまたクズだな。


「私の名前はルカストレア・レオドール。あなたのせいで殺されたレオドール伯爵の娘です。と、言ってもあなたは何も知らないでしょう。ただ、玉座で人に命令していただけのあなたは……」


「ま、まて。何の話だ! 落ち着け。ワシは本当に何も知らん!」


 ルカはいつでも国王の命を奪える位置に歩み寄る。そして彼女はフッと笑い、次の瞬間────そのナイフを床に落とした。


「私は……復讐なんてやりません」


 誰もがその言葉に絶句した。張り詰めた辺りの空気が変に緩和したような気すらする。立ち上がっていた国王は崩れるように玉座に力なく座り込んだ。


「復讐したって私の家族は帰ってこない。それに、あなたに殺す価値なんてないって気付いた。私の手が汚れるだけ。 そう思わないですか?ご主人様。私がやっちゃったらご主人様を止められなくなっちゃう。〝あの子を正しく導いて〟って、レミアさんに言われました。私は──魔王様になっても、やっぱりご主人様には、優しいレクセルさんのままでいて欲しいです」


 そう言って俺に微笑みかけるルカの瞳には、涙が滲んでいた。


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