作戦参謀ジュリアの考え
俺はバリアンテを正面から正々堂々と潰す事にした。これだけの力があればそれが可能だからだ。バリアンテ自慢の王国軍を無力だと思わせる事が出来れば最高の絶望感を与えられる。
故にバリアンテには既に攻撃を宣言する書状を送った。それは勿論、ゼッシュゲルトの王として俺の名前を記載してだ。戦場となるのはバリアンテ領土北に広がる広大な草原地帯だ。
「グレイピットの情報では、ジュペルヌーグからバリアンテ領までの道は一つです。ルビー全軍をそこに配置してはいかがですか? ジュペルヌーグの大将がよほどバカでもないかぎり勝てない事くらいわかるはず。相手の戦意を打ち壊し無駄な戦闘を避けましょう。いいわね? パトリシア」
作戦内容を淡々と語るのは長い金髪を頭の両サイドで結んだ、いわゆるツインテールヘアーをしたサファイア部隊の総司令ジュリア・メーガス。長い前髪で顔はハッキリ見えないが、グレイピットより幼く見える。
そのジュリアに意見を求められた長い黒髪の妖艶な女性はルビー部隊の総司令パトリシア・ラングース。彼女は何も言わず頷いた。
「一方で、バリアンテ王国には少ない人数で相手を油断させた方が得策でしょう。ダイヤモンドなら、そう……二千ほど使えば最低限の被害で処理出来ると思いますが。どうですか? グレイピット」
「ええ、それで問題ないわ」
ゼッシュゲルトの軍はダイヤモンド、ルビー、サファイアという三つの大きな部隊に分かれていて。ジュリアがダイヤモンドと呼ぶのは軍の中で銀の鎧を着た者達で、グレイピットが指揮する部隊の事だ。そういえば初めて彼女に自己紹介された時に、そんな事を言っていたような気がした。
赤い部隊がパトリシア率いるルビーで、青い部隊はジュリア率いるサファイア部隊なのだが。この作戦で使うのは、ほとんどルビーだけといってもよい人数だ。
バリアンテがどれだけ俺の書状を真剣に受け止めるかによって戦争の規模も変わってくるだろう。甘く考えていればそれまでだが。バリアンテ軍に二千というのはさすがに少なくないか?
小声でグレイピットに聞くと「問題ありません」と返ってきた。
俺的に不安は残るが、ジュリアは昔からゼッシュゲルトの作戦参謀をしているというし、俺は魔王軍の力量を知らない。これまでも的確な判断をしてきたグレイピットが問題ないと言うのだから大丈夫なのだろう。
こちらの軍は飛行船で戦場に向かわせる事になる。レギオン・ブレイクを使い、一瞬で無力化しても良いが正直俺にはまだ、その威力を調整出来ないので王都を巻き込んで消滅させてしまう可能性がある。
王都の兵の数だけならばおおよそ三万程だ。三万……いや、相当な数だ。それを二千の数で? マジでわからん。
そして、ルカをどうするかだったが……とうぜん彼女の想いを考慮するなら一緒にバリアンテに連れていくべきだろう。
「ご主人様……ではなく魔王様。私はきっとあの男を前にしたら……」
「なんかルカに魔王様って呼ばれるのシックリこないんだけど? まあ、ともかく。バリアンテの王をどうするかは、その時にルカが決めればいい」
「はい……」
ルカは静かに腰に携えた短剣に手を触れた。この戦は俺達の復讐でしかない。完全に俺のわがままとも言える戦だが、今はダメな国王でも構わない。その後の事は────終わってから考えよう。
それから三日程が過ぎて、全ての準備が整った。ふつう大規模な戦の準備なら五日はかかるものだと思ったがかなり早い。
ちなみにゼッシュゲルトが誇る飛行船と呼ばれるものは、船の中枢に備え付けられた大きな魔石に数十人の魔族が魔力を注ぐ事によって空へと浮かび上がるようだ。
浮力を与えるだけで移動は帆に風を受けて移動する。魔力での移動も可能らしいが、それをすると船員の魔力が持たないとか。
魔石による魔力のブースト効果。人間は誰もそんな事に気付きもしなかった。そこは魔族ゆえの知恵なのか?
その飛行船にダイヤモンドの部隊から選りすぐりの精鋭二千を乗せる事になるが、それでも船の数はたった三隻で済むので、一隻がどれ程の大きさがあるかがわかる。
しかし何万という数のルビー部隊を運ぶには何隻飛ばすつもりなのだろうか? なんて、未知の技術を持つ魔王軍の事をあれこれ考えながら日々は刻々と過ぎていった。
そして五日目。飛行船の移動速度もわからないので黙っていたが、ゼッシュゲルトの軍はこの日も動かなかった。おいおい、中央大陸まで二日で行けるのか? と思っていた翌日の朝。
ようやく出発の時が訪れたのだが────
俺達とおおよそ七百の兵を乗せた一隻の巨大な船は空へと浮かび上がり。その大きな帆を広げた。上空の強い風を受けてゆっくりと巨大な船が進み出した。
すると前方の空に突然かなり広範囲に紫の雲が立ち込めたのだ。とてつもなく怪しい雲だ。回避した方が良いのではないか、と思っているとグレイピットが叫んだ。
「転移魔石ブースター起動完了。転移を開始する!」
「、、、え?」
俺とルカは二人して間の抜けた顔をしていたが、直ぐに飛行船は雲の中へと移動を開始した。不思議な雲の中を進み、そこを抜けた時。俺達は中央大陸の空の上、ゼルス山脈を下に見ていた。おい。なんだこれ……船ごとバリアンテ付近に転移したのかよ!
グレイピットに説明を求めたが「ゼッシュゲルトの魔道の集大成です」と簡単に言われてしまった。何の説明にもなっていないが、とにかく異常な事を平気でやらかす国がゼッシュゲルトだと知った。
全てが規格外だ。魔王軍は何故今だに世界を統一していないのだろうか? と、いうか勇者はどうやって前の魔王を倒したのだろうか? こんな国の王を倒すのは不可能だと思うのだが。
戦場である草原に移動していた俺達だが、地上を見て俺は更に驚いた。赤い絨毯の様に広範囲に広がる軍隊が少しずつ移動していたのだ。考えるまでもなく先行していたルビー部隊なのだろうが、その目的地は元々ジュペルヌーグとバリアンテの国境がある場所のはずだった。
あれ? そういえば、この高さからなら見えるはずの国境の建物等が全く見えない。しかも、この辺りにもゼルス山脈が続いており、道はかなり狭かったはずだが?
「なあ、ルカ。何かおかしくないか? 確か、あの辺りにジュペルヌーグとの国境があったはずだよな?」
俺が指差す方を見てグレイピットとルカが口を合わせて答えた。
「「 魔王様がぶっ飛ばしたのでは? 」」
ぶっ飛ばした? そういえば以前、試しに使ったレギオンブレイクで山の一部が消えた事があった。思えば転移で突然連れてこられ、あの場所がどこなのかも知らずにグレイピットに言われるがまま俺は魔法を放ったのだ。
その結果がこれか。国境付近の山岳地帯も無くなり、進入を困難にしていたジュペルヌーグ領土への道は大きく広げられているのだ。数万の軍隊が悠々と歩みを進められる程に。
「魔王様。どうかしましたか?」
グレイピットの優しい笑顔が怖い。全てが彼女の計画の上で遂行しているならば、彼女は俺の行動をここまで予測していたという事だろうか?
確かにバリアンテを潰すと言った時点で戦争も予想出来るだろうし、そうなれば軍事同盟国であるジュペルヌーグへの対策も考えられるだろうが。
あれこれ考えているうちに飛行船は戦場へと辿り着いた。草原北部にはルビー部隊の乗ってきた多くの飛行船が着陸している。バリアンテ王都の方を見ると既にバリアンテ王国軍が陣を形成していた。しかし、その数は俺の予想を上回っていた。
「なっ! 冗談だろ? この一戦に全軍を集結させたっていうのか?」
その兵の数は上から見た限りで、十万近くいるように見える。これは、逆にとんだ過大評価をされていたのではないのか?
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