復讐の種火・フェイズシュタイン城の悲劇
「お、お前はレクセル・バートン! やはりお前の仕業だったのか。この魔族めが」
兵士の一人が叫んだが、俺の仕業という意味が分からない。しかも魔族だと? そして、何故こんな所に国王と王妃がいるのかも理解に苦しむ。ここは地下牢獄への階段。とても王族が出入りする場所ではない。
「国王、シュゼルフ・レ・バリアレ……あなたが、あのペイリス侵略作戦を指導したシュゼルフ。許せない……あなたは、私が殺す」
突然ルカがフラフラと国王達の前に出た。何を言い出すのだ? 一体急にどうしたというのだ。さっきまでのルカとは明らかに雰囲気が違った。兵士達は一斉に国王を囲いつつルカに剣を向けた。
このままではさすがに不味いと俺はルカを止めた。しかし、ルカは真っ直ぐ国王目掛けて前に進み続けようとする。その目は焦点が定まっておらず正気とは思えなかった。
「おい、ルカ。どうしたんだよ!」
「レクセル、離れなさい。彼女は闇の魔法に精神を支配されてるわ。────地母神イナンナよ、我が祈りに応え、かの者の不浄なる闇を祓いたまえ」
母、レミアの神聖魔法によりルカの周囲に光が満ちる。ルカはその場に崩れるようにして倒れた。直ぐにルカを抱き起こすと彼女は目を覚まして、何が起きてるのか分からない、といった感じの虚ろな瞳で俺を見た。
何故急に? 一体誰が? っと思っていると、少し離れた所から一人の男が静かに歩いて来た。
「何だ、こんな所に神聖魔法の使い手がいるとは誤算だったな。そのまま王を殺した方が面白かったのに」
その男は小笑いした。燃えるような赤い髪をしたその男を何処かで見たと思ったら、魔王候補の一人だ。何故ここに奴がいるのだ?
「き、貴様。あの包囲網を抜けてきたのか!」
兵士の驚きと恐怖が混じった声を聞いて赤髪が笑った。
「ははっ。あんな雑魚の集まりで俺を足止め出来ると思っていたのか。これだから人間の頭はおめでたいのだ。俺はしつこいぜ。国王を殺ると決めたらやり遂げる」
赤髪の男はそう言って自分の長い爪を自慢気に見せ付ける。どうやら俺達より先に、この男は何らかの理由がありこの城を攻撃をしていたという事なのだろう。だから突然、草原にいた者達が一斉に街に戻ったのだ。
既に何人もの人間が男の犠牲になったのだろう。その爪は血に染まっていた。
男が国王に近付くと周りの兵士は恐れをなした様に後ろに下がる。これでは最初から勝負は見えていると思われた。ところが。
何処からか一本の槍が男目掛けて飛んだ。男は寸前の所で飛び退いて避けたが、その表情に余裕はあまり感じられない。
「間に合ったか。俺の不在時にこんな事になるとはな。だが、ここから先は好きにはさせんぞ」
窮地に現れたのは二人の騎士。声を発したのは体格の良いダンディーな髭面の男だった。もう一人は長い茶髪で顔はよく見えない。二人ともデザインは違うが立派な鎧を着ている。ただの兵士では無いのだろう。
「ジェスター団長殿。それにセイルズ殿も……」
兵士の発言から、一人は即座に判明した。聞き覚えがあった。ジェスターとは、バリアンテ王国騎士団の団長の名前なのだ。つまりダンディーな髭面男はジェスターなのだ。
もう一人の茶髪はそもそも鎧の紋章が違う。確か同盟国ジュペルヌーグの紋章だ。故にそちらがセイルズであろう事がわかる。
二人共、その辺りの兵士や騎士とは格が違うのは間違いなかった。魔王候補の赤髪に直ぐに飛び掛かり、一瞬でそこは激しい戦場となった。さすがの赤髪も、あの二人が相手では苦戦を強いられていた。三人縺れ合いの息もつかせぬ死闘が始まっている。しかし、これは俺達にとっては転機。
ルカも我を取り戻したようだし、この隙に俺達はこの城から逃げ出す事にしよう。俺はグレイピットに指示を出そうと後ろを振り向いた。
しかし何かが脇腹辺りに当たり、直ぐに俺はその場に膝をついた。完全に油断していたようだ。痛みは感じないが氷の刃が俺の脇腹に深く突き刺さっていた。
「御主人様!」
「レクセル様!」
「レクセル……」
皆が不安そうな顔を向ける中、素早く母親が俺に回復魔法をかけていた。普通ならヤバい状態だろうが何故か俺にはそこまで致命傷とは思えなかった。
それよりも俺は内心で驚いていた。母親はさっきもルカの洗脳を祓い、今は俺の傷をすごい速度で治している。母親は昔からあまり自分の事を話さなかったが、ここまで優れた神聖魔法の使い手だとは知らなかった。
直ぐに俺の傷は回復してきた。国王達も兵士もその間に何かを仕掛けようとは思っていないようだ。寧ろ、目まぐるしく変わる状況に彼らも少し戸惑いを見せている感じだった。俺は直ぐに指示を出す。
「グレイピット。頼む、今すぐ転移でこの場所から────」
言いかけて俺は止まった。
気付けば目の前にいる母親の腹部が濡れたように色が変わっていた。そしてどこか満足したような、やり遂げた様な表情を浮かべた母親が何かを言いながらその場に崩れ落ちた。声にはなっていなかった。口の動きだけでは言った言葉も分からなかった。状況を理解するのに少しかかった。
そうだ。俺は自分の脇腹に気を取られていたが、その刃が何処から飛んで来たかも、どれだけ飛んで来たのかも俺は把握していなかったが。母親も同じく刃を受けていたのだ。
しかも圧倒的に致命傷なのは見れば分かった。完全に腹部を貫通したのか、おびただしい量の血液が床に溜まっていたのだ。
「か、母さん?」
声を絞り出すと同時に俺の身体は勢いよく後ろに引っ張られた。直後、氷の刃が更に複数飛んで来て俺の居た場所で激しく砕けた。更に飛んで来る氷の刃。俺の身体は自動的にさらに後ろへと引かれた。
俺の腰に回されていたのはグレイピットの腕だった。ああ、なるほど。呆然としている俺を抱えながら彼女は後ろに下がったのだ。やはり彼女は見た目からは想像も出来ない程の怪力だ。
「母さん!」
やっと全ての状況を理解した上での俺の悲痛な叫びは、タイミング悪く流れ混んで来た多くの騎士達の足音や気合いの入った怒号などにより消された。
そして俺はようやく顔を上げ。氷の魔法を放った者の正体を見た。
「国王陛下を守れ! 魔族を使って暗殺を企むレクセル達は全員殺せ。やつも魔族だ!」
そう杖を振りかざし叫んでいたのはブッシュだった。そう、あいつは得意だった。魔力を刃に変えて相手を切り刻む系統の中級魔法が。確かあれは『アイス・ブレイド』、他にも『ウィンド・ブレイド』なんかもよく使っていたな。彼の得意とする魔法スキルだ。
ブッシュは更なる攻撃を生み出すべく詠唱を再開。パーティーリーダーであるマルコも勿論いる。多くの騎士達の先頭に立ち、一気にこちらに押し迫ってくる。俺達は最初から国王なんかに興味は無いのに、今更そんな事を言っても彼らには伝わらないだろう。さすがにこの人数相手では手詰まりだ。
そんな大群を牽制したのはグレイピットだった。彼女は何処から出したのか大きな薙刀を一振。その衝撃波は硬い床をも易々と削る程だった。押し寄せる騎士達も一瞬怯んだ。
「レクセル様! 転移を開始します」
「まて。まだ母さんが……」
そして俺は見た。押し寄せる騎士達の足元に転がる母親の姿を。奴らは足元など見てもいない。動かない母親の体を、手足を、顔を、瓦礫でも踏むようにぐちゃぐちゃに蹴り、踏み荒らしながら。なお俺達に向かって来ようとするバリアンテの騎士達のその光景に俺は言葉を失った。
やがて視界が歪んだ。そして何も無かったかの様に静か過ぎる王都の外に広がる夜の草原へと、俺は弾き出された。
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