指名手配者は母を助ける為に城に飛び込む
俺とルカにかけられた賞金はかなり高額だった為か、その噂が王国中に拡がるのも早かった。既にまともな道は冒険者がキョロキョロと目を光らせている始末だ。
「道を外れて森の中を移動するしかありませんね。私の探知スキルである程度は戦闘を回避出来るとは思います」
「ありがとう、ルカ。なんか前にも増して頼りっきりになっちゃったな。それなに色々なスキルが使えるとは思わなかったよ」
「エヘヘ。頼りにしてください。御主人様の為でもありレミアさんの為でもありますから!」
いつまで俺はルカの御主人様なんだろうか? そんな事を考えながらも、ルカの急激な成長に俺は相当助けられているのでツッコミを入れる事をやめて、森を抜けながら王都・ブルームを目指した。
エデル辺りから先は俺達を探す冒険者も一層多い。ほぼまともな道を移動出来ない事も問題だが、街や村に全く寄れない事による付け焼き刃の野宿は想像以上に大変だった。
しかし、母親を助ける為には早く行動するしかない。何とか助けだす事さえ出来れば、国を捨てて逃げる事には何の迷いも無い。寧ろこの国を出なければ助からないのだから。
「御主人様。ここの森を抜ければ王都まで直ぐなんですが……」
ルカの見据える先に広大な草原が広がっている。辺りは暗くなってきている為、チラチラと複数の松明の灯りが見えた。草原を抜ける必要がある事は知っていたが、夜に移動すれば何とかなると俺は思っていた。しかし予想以上に厳しい状況だ。
城の地下に潜入する方法はあるのだが、街に近付けない状況ではそれも叶わない。確実に街に入れる方法が一つだけあるにはある。が、あまり使いたくなかった。
「御主人様。こんな事言いにくいけど……グレイピットさんに頼んでは?」
「うーん……それは」
それが唯一の方法であった。しかし、今更どんな顔をして頼めば良いのかが分からない。俺は事実上、彼女の期待を裏切った男だ。魔王候補者としてグレイピットが選んだ者は国で一番期待されてしかるべき存在なのにも関わらず、俺はあの場で一人の人間を殺す事が出来なかった。
他の候補者や推薦者からは「情けない」「期待外れ」と言われ、その矛先はグレイピットにまで及んでいた。
勿論、彼女の立場もあるので直接彼女に物申す者はいなかったが、明らかにその後の彼女への評価に影響が出る事は間違いなかった。
さすがに頼めないよ……と答えるつもりで俺が口を開いた時だった。
「私の出番ですか?」
突然の声に驚いて振り向くと、そこにはグレイピットがいた。と、言うか、いつからいたのだ? それを聞く前にまたしても彼女は答える。
「驚きましたか? 私は常にレクセル様を観察してます。レクセル様が酒場でふざけた冒険者達にクビにされた時も、側にいたじゃないですか」
────こっわ!
思えばあの時、確かに彼女にズバッと言われてショックを受けたわけだが。今の言い方からすると、むしろ彼女は俺がパーティーを抜けるのを求めていたのかもしれない。今頃になって少しホッとした。
「レクセル様。王都に転移すればいいのですね?」
「すまない。頼めるかな……それより、冒険者達が街の中に戻ってないか?」
突然広大な草原から松明の明かりが一気に消えた。一体何があったのだろうか? しかしこれはチャンスだ。また戻ってくる可能性もあるので、素早く俺達は街の中の目立たない所へとグレイピットの転移によって移動した。
街の中では何やら騒ぎが起きていた。正確には城で何か起きているようなのだが、逆に今はそれが好都合だった。俺は、初めてルカと受けた依頼であるスライム退治をした地下道へと向かった。
実は以前、依頼を完了した後に確認の為に辺りを見回りした時に不自然な亀裂を見付けていたのだ。
後から知った話だが、地下道は王城の地下牢獄の場所と位置的に重なっているようだった。つまり、あの亀裂から下にいければ地下牢獄に繋がる可能性が高いのだ。
「よくこんな亀裂分かりましたね。御主人様って、ぼーっとしてるようで意外と周りを見てるんですね」
ルカに誉められた様な、ディスられた様な気持ちになりつつ。今はそれを考えている場合では無いと、俺は亀裂を拡げる様に下に向かって石の床を退かして掘り進んでいった。すると、突然足場が無くなった。
俺は思わずそのまま下に転落する所だったが、俺の身体をグレイピットが寸前の所で掴んでくれた。落ちそうな男性一人を軽々と掴んだグレイピットの腕力に改めて俺が驚いたのは言うまでもない。
「助かったよ、グレイピット。でも、やっぱりだ。ここは地下牢獄のある場所に違いない! 早く母さんを探さなきゃ」
広大な城の地下を走り回るつもりだったが、目的の場所は意外とアッサリ見つかった。牢獄は数える程しか無く、しかも扉が閉まっている所は一つしかない。
「母さん。大丈夫?」
「レクセル? あなたどうして。こんな危険な所に来たの! 遠くへ逃げなきゃダメでしょ」
「そんなわけにはいかない。さあ、一緒にここを出るんだ。離れてて、この扉を斬るから」
俺はその一振りにありったけの精神を集中して斜めに振り下ろした。驚く程に綺麗な断面を残して鉄で出来た牢獄の扉は上半分からズリ落ちた。
魔物と戦う時もこれくらい鮮やかに決めたいものだ。物質なら殆んど斬れるのだが、何故か魔物相手だと全然仕留められないのだ。やはり緊張で無駄な動きをしてしまうのかもしれない。まだまだ精進しなければならないと思った。
「さすがレクセル様。魔力結界まで施されたアダマンタイトを軽々斬ってしまうとは、やはり魔王の器に相応しい」
「あのアダマンタイト!? さ、さすが御主人様ですね!」
「やめてくれ。こんなのただの鉄に決まってるだろ。それより、早くここから脱出しよう。グレイピット、転移は可能か?」
「転移は地下からは少し難しいです。せめてもう少し地上に出ないと。一か八かこのまま階段で上に出ましょう。何故か見張りとかも見当たりませんし、多少の兵などいても私とレクセル様で余裕です。後は少しでも時間を稼いでいただければ、城内から転移は可能です」
俺に時間稼ぎは期待出来ないが、落ちて来た所からは戻れないので選択肢は無い。俺は覚悟を決めて全員に確認する様に目を合わせた。
全員一致で城内への強行突破に決まった。
地下牢獄エリア自体はそんなに広くない。階段は直ぐに見付かった。その階段を駆け上がる間に不思議と人の声は何も聞こえてこない。
これは大チャンスに恵まれたのかもしれない。そんな期待は階段を上がって直ぐの所で打ちのめされた。
「お前ら、何者だ!」
「い、いや。俺達は────」
「魔王軍、ダイヤモンドブロック総指令のグレイピットよ。雑魚は黙ってひれ伏しなさい!」
いやいや。ちょっとグレイピットさん? あまりに直球すぎるだろ、と思いながらも俺は別の事に気付いた。
その集団は衛兵らしき者が四人と老人が男女一人づつだが、その老人二人が明らかに衛兵に守られていた事。そして過去に一度だけ顔を拝見した事があった事で俺は確信したのだ。あの老人はこのバリアンテ王国の国王と王妃だと。
まあ、向こうにしてみれば俺は指名手配中の犯人なので、ある意味で互いに有名人である。




