魔王選びは、血塗られた儀式から始まるようです
突然歪んだ空間は一瞬で違う景色を連れてきた。いや、連れてこられた。
「これが転移スキル……すごいな」
理由あってグレイピットの転移スキルで俺達は一瞬にして中央大陸のバリアンテ王国領土から、東の大陸へと移動したのだが。そこで見た魔族の国『ゼッシュゲルト』の王都であるグリンベルスの街並みは、人間の住む街と何も変わらない。
美しい街並み。その街を歩いているのは魔族と言えども見た目は普通の人間であり、角があったり羽が生えているわけではなかった。
「どうですか? レクセル様。グリンベルスの街もなかなか綺麗でしょ。この街を……いいえ。この王国、ゼッシュゲルトを手に入れたいとは思いませんか?」
グレイピットはそう言うが、正直そんな考えにはならないし、なれない。そもそも何故、俺が国王候補なのだ────今から三十分程前。エデルまであと少しの所で俺を待っていたグレイピットとジルクレイアは魔族であると俺に明かした。
グレイピットは、現在国王不在のこのゼッシュゲルトの国王候補者を探して旅をしているという。一ヶ月程前に俺を見付けたらしく、ずっと様子を伺っていたのだという。
ジルクレイアはドラゴニュートと呼ばれる一族で魔族であるドラゴンと人族のハイブリッドだそうだ。人間がいうエンシェント・ドラゴンとは違う。実際には五十年しか生きていないと彼女は言ったが、少女の様な見た目から考えるとどちらにしろ俺の想像を越えている。
ちなみに以前、俺を攻撃した後に一部始終を見ていたグレイピットに半殺しにされたらしく。それからは彼女の配下になったようだ。おそらくは無理やりであろう。
転移なんて異次元のスキルを平然とやってのけるグレイピットの力は計り知れない。ドラゴンが白旗を挙げる程の力があるのだろう。
因みに王都でのドラゴン騒ぎはやはり茶番で、その理由についてグレイピットは詳しく言わなかったが。ブッシュがジルクレイアの寝床にちょっかい出したのは事実だとか。
だからと言ってブッシュを追い詰める動機は無いのでは? と、彼女に聞いたが「レクセル様に無礼を働く者は死んで当然」とだけ答えた。
とにかくグレイピットという女性は俺に対して絶対的な敬意をはらっているが。その真意が分からないので俺は彼女に気を許す事は出来ないのだ。
「とりあえず城に行くんだろ?」
「はい。ですが、その前にその奴隷はジルクレイアに預けていただきます」
「……ルカは奴隷じゃない」
ルカを蔑む態度に俺は苛立ちを覚えた。
「で、ですが、その者はレクセル様を御主人と言っております。それに、そもそも純粋な人間を城に入れるわけにはいきません」
「人間は……って。それなら俺だって────」
「レクセルさん! いいんです、私はここで待ってますから。気にしないで行ってください。それに私、この街を見て周りたいので」
ルカの言葉を受け入れ俺はしぶしぶ承諾。彼女とジルクレイアを残してグレイピットと共に城へと向かったのだ。
城の門をくぐると黒い鎧に身を纏った兵士が大勢目に入った。その中には人ではない者もいる。ここにきて漸く俺は、ここが魔族の国だという実感を得たわけだが。
驚く事に俺達が歩くと全ての兵士は両サイドに避けてビシッと敬礼した。もちろん俺にではない。堂々と歩くグレイピットの姿を見ていれば分かるが、全ては彼女に対しての敬意なのだ。
そして正面から一人の男が歩いて来て、グレイピットに敬礼する。
「ダイヤモンド総司令。どうやら間に合ったようですね。ヒューラー大臣がお待ちです」
「案内しなさい」
男に案内され俺達が辿り着いたのは広大な玉座の間だ。辺りに男女数人がおり俺達に目を配る。レッドカーペットの終点に置かれた立派な玉座には誰も座っていないが、その横には一人の……いや。一体の鬼が立っていた。二本の角が生えた鬼だ。
「遅れて申し訳ありません。ヒューラー大臣」
「よいぞよ、よいぞよ。お前が来なきゃ始まらんぞよ。それじゃあ早速始めるぞい」
グレイピットの謝罪に対して、意外と高い声で答える鬼を見て思わず笑いそうになってしまった。だが周りは誰一人そんな雰囲気ではない。それどころか、グレイピットですら膝を折ったまま顔を上げないので真似しておくべきだろう。
やがてヒューラーが声を張った。
「ジュリア・メーガス。パトリシア・ラングース。そしてグレイピット・ウォーレン。三名の推薦者の名の元に、ゼッシュゲルト魔王降臨の儀を開始する事を宣言するぞよ────」
魔王の次席は代々世襲制ではないという。魔王として相応しい一定の基準を満たしている者達を三人集めて競い合って決める。魔王継承者に一応の順位があるが、それは推薦した者の実力を考慮しての事で、事実上は順位で王位が優遇されたりはしないようだ。
前魔王が勇者に討ち取られて十年以上も、その地位に相応しい者は現れなかった。しかし、二年前に一人。昨年に一人と、合わせて二人が候補に挙げられていた。
しかしその候補を決める推薦者で一番権力のあるグレイピットだけが誰も選ばなかった為、王は決まらなかったのだ。
本日がその最終日であり。それを過ぎるとグレイピットは推薦を放棄したという扱いになり、残る二人から選ばれる予定だったようだが。そんな状況の中、グレイピットは何故か俺を指名した。
つまり彼女の気まぐれで俺は今ここにいるのだが────
「ちょっと待ってくれ。俺は何も知らずここに来たんだが? 降臨の儀って何するんだ?」
静粛にすべき場面で突然喋り出した俺を全員が凝視した。そのうち一人の男が口を開く。
「お前、舐めてんのか? 俺は二年もこの時を待ってたんだ。わけもわからずに来たならとっとと消えろ!」
燃えるような赤い髪をした男はそう言い捨てた。おそらく俺と同じ魔王候補の一人なのだろうが、激しい殺気を放っている。
「静かにするぞよ。さて、グレイピットよ、その者に何の説明もしとらんぞい?」
「申し訳ありません、急な事でしたので。……レクセル様。詳しくは後でご説明いたします」
どうもスッキリしないが、確かに口を挟む場面ではなかった。急に殺伐とした雰囲気が漂った。その後二十分程、わけのわからない儀式が続いたが俺は黙って流れに従っていた。すると────
「これより適正を見させてもらうぞよ。コレをどんな手段でも構わん。絶命させてみせるぞい」
そう言って大臣が手を上げると、二人の兵士によって玉座の間に一人の女性が連れてこられた。両手を鎖に繋がれており憔悴しきった顔は、いつ命を散らせてもおかしくない酷い状態だ。
あれ? この女性をどうしろと言った? 俺は一瞬考えてゾッとしたが次の瞬間。目の前の女性の首がゴトンと床に落ちた。女性の血が既に赤いカーペットを黒くしていく。
見れば赤髪の男が一瞬のうちに女性に近付いていた。その手の爪は長くて刃物のように鋭い。なるほど。コイツは俺と同じ候補者の一人なので、言われた通りに行動したのだ。
「ふむ。なかなか早かったぞい。まあ、人間は候補者分おるから安心するぞよ。では次を」
すぐにそこに落ちた首と体が引き取られ、新しい命と入れ替えられた。次は男性だ。ヤバい、気分が悪くなってきた。
「ふーん。面倒くさいなぁ……」
そう呟いたのは綺麗な顔をした少年だった。その少年もまた。新たに連れてこられた男性に向け、右手を差し出し。一瞬で男性の体を燃え上がらせた。
燃えた男はもっと苦しみのたうち廻るかと思ったが、一瞬で動かなくなった。
そしてまた────
「やれやれ。では最後ぞよ……魔王候補第一位の力を見せてもらおうぞ」
目の前で燃えた遺体は完全な灰となり兵士によって拭きとられてしまった。そして、すぐに次の新たな命が運ばれてきた。今度は先の二人よりも少しだけ元気がありそうな女性だが、その顔は恐怖にひきつっていた。




