出会いはイナズマのように
初めましての「子寅」と申します。正真正銘の初作品となりますので、予定している結末まで、
全霊をもって到達できるよう、作成してまいりたいと思います。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
プロローグ
且つて世界には一つの巨大な大陸があった。
その超大陸は、ペインジーアと呼ばれ、数多の生命が誕生した。
そのうち、【人間】と呼ばれる種が勢力を広げ、地に満ちてゆく。
暫く地上の覇権を謳っていた人間だったが、やがて、対抗するがごとく、別種が現れる。
【魔物】と呼ばれたそれらは、あたかも人間を駆逐するもののように敵対し、
これに対する人間も、ほぼ同時期に発現した【魔法】という技能を持って抗する。
この時、或いは神の導きによって、時として、迷い出るようにして、
異なる世界から、隔てられた界を渡る者達が現れた。
異界の客人と呼ばれた彼らは、この世界に存在しえなかった魔法、
その、未だ拙い技能を、異界の知識・手法を用いて研鑽、錬磨を繰り返し、
人々へと伝授、また、自らも魔物との戦いにその身を投じ、人々を守り続けた。
激化を辿る人魔の戦況、而してここで、更なる変化が齎される。
望むと望まざるとに拘わらず、魔と交わる者が現れ、二者の間に混血が生まれたのだ。
魔の権能と人の知恵。有りうべからざる交配。
これらの者達は、自らをして、人と対等たらしむる魔の血統を標榜し、
ここに魔物の上位に君臨する者として、【魔族】が誕生することとなる。
幾千の闘争の時を経て、魔族の中から彼らを統べる長、【魔王】が出現、
伴い、人の側からも、特異戦力として、【勇者】・【英雄】と呼ばれる者達が現れた。
当時数多存在した神々も、熾烈を極める地上の叫喚に、自ずと介入を余儀なくされ、
三者入り乱れての争乱は、遂にはその母なる大地を、二つに引き裂くまでに至る。
いずれの陣営も疲弊甚だしく、自滅を恐れた人魔双方は、一先ずその矛先を納め、
二つに分かたれた大地に、各々の領地を定めたのち、東の一方をゴレイシア、
他方の西側をロンド=アーナと名付け、人と魔がそれぞれに棲み分けることとした。
これにより、長きに渡って続いた戦乱は終息を迎え、互いの不戦の制約を見届けた神々は、
また深く傷ついた自らを癒すため、一柱の女神を残し、この地を去っていった。
最早神話の古きになり果てた神戦より、更に数千年・・・
細々と交易の続けられている、人と魔の境、グレート・ラプチュア海峡を越えて、
魔族領域、ロンド=アーナの港に、一人の青年が降り立った。
「ここから、魔族の領域・・・気を引き締めなくちゃ、な」
第一章 出会いはイナズマのように
ロンド=アーナ大陸 南東部 腐蝕の森
荒い息を吐き、ペタリと座り込んだままの少女、リリス・メイ・ハートペインは、
目の前に背を向けて立つ、一人の男を見上げていた。
男の前には、小間切れになって痙攣している、触手植物。
ほんの数分前、僅かな油断から、触手に搦めとられていたところを救われたばかり。
命の、いや、貞操の恩人とでも言うべきか。
目の前にいるのは、清潔に刈り込まれた金髪に、アイスブルーの瞳、
未だ少年の面影を残す顔立ちの、白銀の甲冑を纏った剣士。
(惚れた・・・惚れちまったよ、べらぼうめぃ・・・)
白馬の王子を絵に描いたような出会いに、胸の高鳴りが抑えきれない。
この時のリリスは、もう目の前の男以外目に入らない、正に夢幻境へと心躍らせていた。
「大丈夫だったかい?え~っと・・・魔族、だよね?」
戸惑いながらも、手を差し伸べてきた男に、夢見心地で手を伸ばそうとして。
ふと、我が身を顧みる。
「ちょおっ!ちょい待ち!ちょっと、後ろ向いててくんねぇかい!」
改めて見ると、着ていた服も剝ぎ取られ、裸も同然の有様だった。
一応、ワンピースの水着のように、黒い短毛が生えてはいるものの、
これでは下着姿と変わらない。ハズカシイ!
「その、服、破かれちまって、き、着換えねぇと・・・」
「あ、ゴメン!気が付かなくって」
男は、慌てたように顔を赤らめ、なるべく見ないように気を使いながら、
素早く外した外套を、そっと掛けてくれた。
(人間にも、こんな優しい奴がいるもんなんだねぃ)
ふふっ、と、その優しさに微笑みながら、急いで自分の荷物を探す。
「確か、こん中に・・・」
程なくして見つけた、替えの服を身に着けてゆく。
お気に入りの、ピンクのショートベストに、同色のホットパンツ。
そうしてから、一緒に取り出した鏡で、身だしなみをチェックする。
毛先に桜色のメッシュの入った、背中まである黒髪。
クリクリっとした、青と金に輝く、自慢のオッドアイ。
細面の顔立ちに、スッと通った鼻筋。おもむろに、「ふくっ」と笑みを浮かべてみる。
うん、大丈夫。これなら、目の前のニンゲンに、良い印象を持ってもらえるハズ。
そこまでを確認してから、男に声を掛ける。
「待たせっちまったね。もう、大丈夫だよ」
「あぁ・・・うん」
モジモジと、互いに頬を赤らめていたが、未だ礼もしていなかった事を思い出し、
「あ、さ、さっきは、ホントに助かったよ。ありがとさん・・・」
「いや、うん、どういたしまして」
「そういやぁ!まだ名前も言ってなかったねぇ。アタシは、リリスってぇんだ」
「リリス・・・良い名前だね。俺はサント。サント=クルーゼだ」
(ヨシッ!ヨシッ!!名前、聞けた!サント・・・い~ぃ名前じゃねぇかい!)
心の中で何度もガッツポーズを極め、もっとこの男、サントのことを知りたくなる。
「で、サント、は、何でロンド=アーナに?人間、だよねぃ」
名前で呼んだだけで、自然と頬は桜色、微笑も堪えきれず、溢れてくる。
「実は・・・王国からの遣いでね。公使ってわけじゃないんだけど、現地調査っていうか、
ほら、人間と魔族って、ほとんど交流がないから、え~・・・そんな感じ、で?」
どこか歯切れが悪く、胡麻化そうとしている様子もあるが、今のリリスには解らない。
ふわふわ、と夢心地のままに聞いていたが、ハッ!と閃いた。
(調査?交流?これって・・・一緒にいる、チャンス!)
「じゃ、じゃあさ!その調査ってぇの、アタシが手伝うよ!」
思い切っての申し出だったが、サントは、気遣わし気に、顔を曇らせる。
「気持ちは、嬉しいんだけど・・・本当に良いのかい?なんて言うか、
魔族の方でも、人間に悪いイメージ、とか。君の立場を悪くしても、申し訳ないっていうか」
確かに、その通りではあるだろう。けど・・・だけど!
もう、この胸に灯った炎は消せやしない!リリスは、熱情の赴くままに。
「た、立場もスタバも関係ねぇや!アタシが、サントの役に立ちてぇんだよ!
それに、助けてもらっといて恩も返さねぇんじゃ、デモっ子が廃るってもんだぃ!」
わたわた、と手を振り乱しながら一生懸命に力説するリリス。
その、懸命な様に気圧されるようにしながら、
「そ、そこまで言ってくれるんなら、道案内だけでもお願いしようかな?
・・・ところで、その、デモっ子って、何なんだい?」
「あぁ、王都・デモニカの下町あたりにいる、イキでイナセな連中のことさ!」
「へぇ、そうなんだ。と、とにかく、改めてよろしく、リリス」
スッ、と差し出された手に、暫時戸惑いを見せたリリスだが、ヒトの慣習を思い出し、
おずおずと、その手を握った。
「よろしく、サント・・・へへッ」
大きく、温かい手に、心まで温められたような気持ちだった。
ここで、一つ訂正をしておくべきだろう。
実はリリスは、下町の生まれなどではなく、魔王、デイモス=マルズ=ハートペインの娘であり、
日々姫として、何不自由はなくとも、窮屈な思いを抱いていた。
そんな堅苦しい城での生活を嫌い、リリスは度々、城を抜け出していたのだ。
そうするうち、自分とは正反対の、自由と活気に満ちた下町の様子に憧れを抱き、
何時しか彼ら、デモっ子達のようにありたい、と願うようになったのだ。
他方、この時サントは。
(うっわぁ~~~~~!き、緊張したぁ~~~~!・・・変じゃなかったよな?
俺、ちゃんと喋れてたよな?・・・それにしても、この子、可愛いよなぁ)
ここまで、余裕がある、優しいイイ男振ってはみたものの、本来は極度のあがり症、
特に女性を前にすると、途端に何を話して良いものか分からなくなり、結果、自爆。
そのようなことを繰り返してきたため、十八年の人生において、カノジョなどいたこともなく。
今回のこととて、魔族とは言え可愛い女の子、そのピンチを救ったとなれば、
多少の拙い喋り方でも、何とかイケるのではないか?との打算からの行動だった。
それでも、なけなしの勇気を振り絞っての格好つけ、魔界デビューは、成功と言えようか。
暫しの緊張と高揚の時を過ごし、それでは、これからどうしようか、という話になり。
「まずは、補給もしたいから、近くの町まで行ってみようと思うんだけど・・・」
懐から地図を取り出して、サントは言うのだが、覗き込んでみると。
「あ~、こいつぁ、結構古いねぇ。この道だと、夜になっちまうよ」
「やっぱりかぁ。一人だったら、大変だったかもな」
殆ど交流もなかったのだから、無理もないこととは言え、情報の古さに肩を竦める。
行くか戻るか、思案していたサントだが、「ぐぅ」と情けない音が。
「あ、ゴメン・・・ははっ、もうそろそろお昼時か」
苦笑しながら、頭を搔きつつ、食事にしようかと誘うものの、手持ちの食料では、
二人分には心許ない。
「じゃぁ、アタシがその辺に果物でもないか、ちょいと見てくるよ」
言うが早いか、タタタっ、と駆け出して行った。
「もう行っちゃった。仕方ない、少し待つか・・・」
それから四半刻ほどが過ぎた頃。
「待たせたねぇ!サント!良いもん見つけてきたよ!」
満面の笑みでリリスが持ってきたのは、一抱えもあるような大きさ、
約50センチ程の肌色の塊、気のせいか、丸くなった、赤子のようにも見える。
「リリス・・・そ、それって」
「え?あぁ、こいつぁ【マヌ・ポワレ】っていってねぇ。ま、食べてみねぇ!」
ニコニコと、取り出したナイフで、縦に切り割ってゆく。
切り進む度に、プシュッ・・プシュッ・・と、赤い果汁(と思いたい)が吹き出す。
一口サイズに切り分けられた半身を、恐る恐る受け取って・・・
「じゃぁ・・・・・・い、いただきます」
意を決して、口に入れてみる。
「・・・・・・ん?美味い。甘くて、美味いね!」
「だろぉ?見てくれの悪いもんほど、味は良いって言うしねぇ」
思いもよらぬ美味に、喜んでいたサントだったが、爆弾投下まで。
3・・・「いや~、ホントに喜んでくれて良かったぁ~」
2・・・「何てったってこいつぁ」
1・・・「瘴気の濃いとこにしか生らないからねぇ♪」
0「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え”?」
二口、三口と食べ進めていたサントの顔が、フツフツと緑色になってゆく。
やがて。
バターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
泡を吹きながら、サントが仰向けに倒れる。
「え?何?サント?・・・サントォォォォォォォォォォ!」
何が起こったのかも分からず、涙目になってサントに駆け寄ると。
「ゴ・・・ゴメ・・瘴気・・・にん、げ・・・毒・・」
「え?・・・瘴気が、毒?・・・」
瞬く間に蒼白になってゆくリリス。良かれと思っての行動が、一目惚れの相手を苦しめている。
果てしない後悔が脳裏を過ったが、ともあれ、まずは薬だろうと、慌てて鞄を探す。
「く、薬、薬・・・あぁぁぁぁぁぁぁ!何で瘴気入りのしか無ぇんだよおぉぉぉ!」
瘴気とは、魔族にとっては、ビタミンやアミノ酸のような、栄養素程度の感覚のもので、
而して人間にとっては猛毒となりうるもの。
例えていうならば、微量の放射能が無ければ生きられないガ〇ラス星人と、
放射能が毒となってしまう地球人の違い、と言えば、通りが良いだろうか。
さて、その瘴気によって、現在瀕死となっているサントは。
「だ・・・だい・・じょ、ぶ・・・浄化、薬・・・持って、る」
震える手で、どうにかして腰のポーチから浄化薬を取り出す。
「ふぅ・・・何とか間に合った・・・」
未だフラフラと落ち着かないが、漸くのことで一命を取り留める。
完全に裏目となってしまった己の行動に、自失していたリリスだったが、
サントの無事を確認して、安堵とともに、感情が溢れ出す。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!アタシのせいだぁぁぁ!アタシのバカァ!大馬鹿野郎だぁぁぁぁ!
・・・こ・・こうなったら、腹ぁかっさばいて詫びを・・・」
グスグスと、大粒の涙を零しながら、持ち上げた手の爪が、長く、鋭く伸びてゆく。
「・・・!ちょっちょ!ちょっと待って!大丈夫!大丈夫だから!」
驚いたサントが、慌ててリリスを抱きとめる。
リリスの腰をギュッと引き寄せ、片手で振り上げた腕を制止する。
「そんなこと、しなくて良いから。君が知らなかっただけって、分かってるから、ね」
どうにか落ち着かせようと、必死になって、なるべく優しく語りかける。
「うっ・・・うぅっ・・・サントぉ、ゴメン・・・ゴメンよぉ・・・」
子供のように泣きじゃくりながら、リリスの腕から、力が抜けてゆく。
「うん、大丈夫・・・大丈夫だから」
別の意味でも、内心穏やかではないサントであったが、リリスが落ち着くまで、
優しく抱きしめ、頭を撫で続けた。
(うっわぁぁぁ!だ、抱きしめちゃったよ!・・・嫌がって、ないかな?でも、
まだ、心配・・・だし?はぁ~、それにしても、女の子って柔らかいな~)
サントが心配と葛藤、欲望と言い訳の狭間で揺れ動いていると。
「ん・・・ありがと、サント。もう、心配いらねぇ、よ・・・」
見ると、薔薇もかくやとばかりに、真っ赤に顔を染めているリリス。
幾分落ち着きを戻し、現状に恥じらっている様子だった。
「あ!ははっ、ご、ゴメンね?急に。でも、落ち着いたみたいで、安心したよ」
己の邪な気持ちを見透かされていないか、恐々としたところはあったが。
(あぁ~!もうっ。恥ずかしいとこ見られちまったよ。でも、サント、あったかかったねぇ・・・)
あにはからんや、リリスもまた、羞恥と歓びに、心揺さぶられている最中だったのだ。
互いに紅潮、次の口火に窮していると、不意に『あら?』と。
『あら?あらあら、私、お邪魔だったかしら♪』
声がした方を見ると、秘密を覗き見た子供のように、ニヤニヤと笑みを浮かべて、
こちらに近づいてくる女性の姿があった。
「か、神様!?いや・・・これはその・・・っていうか、何故ここに?」
見れば、ゆるりとした薄衣、足元まで伸びた淡い黄金の髪、整った顔立ちに、翡翠の瞳、
小振りな月桂樹の冠を頂く、成程、神と呼ばれるに相応しい人物が、そこには立っていた。
『貴方の生命力が弱まっていたので、確認に来たのですよ?で、何がありました?』
サントは、これまでの経緯を、リリスのことも含め、簡潔に説明した。
『そういう事でしたか・・・』
話も一区切り、といったところで、サントの袖が引かれる。
「サント、これが神様なんかい?ってぇか、知り合い?」
『何も聞いていないのですか?この子は、私が見出したゆ・・・』
「神様!言います!自分で言いますから・・・リリス。実は俺、勇者、なんだよ」
「ゆうしゃぁ?・・・マジ、かい」
「うん。最近、魔物に不穏な動きがあるみたいで、どうなってるのか、調査のために来たんだけど、
変に怖がらせたり、警戒されてもと思って、黙ってた・・・ゴメン」
騙すつもりも、悪意からでもなかった、と説明して、頭を下げると。
「いや、構わねぇよ。言ってくれて、かえってスッキリしたよ」
閊えがとれた、と、リリスは笑って言った。
『それでは、この子と共に行く、と?』
「そのつもり、だけど。ダメだったかぃ?」
『いえ、そういう訳では・・・!ちょっと、こちらへ』
何かを思いついたように、少し離れた木立の辺りを指す。
二人連れ立って歩くと、女神が『この辺で良いかしら?』と言って、片手を挙げる。
『フィールド、展開!』
言うや否や、二人を中心に、光の紗幕が場を包み込む。
『さあ、これでこの中の会話は一切聞こえる事はありません。
ですから、包み隠さず、正直にお答えなさい』
「お・・・おう」
妙に圧の強い女神に、半ば気圧されながら、呻くようにして返事をすると、
『貴女・・・魔王の娘、ですね?』
初手からブチ込んできた。
「なぁっ!なんで知ってやがんでぃ!」
『女神ですから』
慌てふためくリリスを他所に、あくまでシレっと言ってのける。
『それで?あの子のこと、お好きなのでしょう?』
「だあぁぁぁ!な、何言って・・・ななっ・・・なんで」
『め・が・み!ですから』
赤面頻りと取り乱すリリス。一方の女神は、どこまでも【女神】のひと言で通す構えだ。
『別に、反対をしようと言うのではありませんよ?好きになった理由を聞きたいのです。
大丈夫、私は、恋愛の神でもあるのですから。さぁ・・・さぁ!』
「そ、そんな急に言われても・・・ねぇ・・・」
三日月の如く引き上げられた口角。面白がっているとしか思えないニヤけ顔の女神。
『さあ、お姉さんに話してごらんなさい?』
「お、お姉さんって・・・」
獲物を逃すまい、と言わんばかりに、ハァ・・・ハァ・・・と鼻息荒くリリスを抱き寄せ、
『お・ね・え・さ・ん・に・は・な・し・て・ご・ら・ん?』
追い打ちとばかり、区切るようにゆっくりと繰り返す。
さながら酒場の酔漢にも似て、大分タチの悪い性格のようだ。
『失礼なっ!』
「え?何?・・・いきなりどうしたんでぃ??」
『いえ、なんでもありません。こちらのことです』
「はァ~・・・で?好きんなった理由、だったねぇ。言わなきゃ、ダ・・」『ダメです』
「あぁ~、もう、分かったよぅ・・・まぁ、その、ひと言で言っちまやぁ、一目惚れ、ってやつさ」
『そうですか・・・ふむ・・・あら、あらいやだ。そんなことまで♡♡♡』
話を聞いているのかと思えば、女神は、何やら板状のものを見つめている。
「ヒトに話さしといて・・・何見てんだい!」
『ええ、貴女の記憶から、その時の状況を。見ますか?』
差し出された板(G・パッドとある)を見てみると、先ほどのあられもない姿の、自分。
具体的には、サントに助け出される直前、服を破かれ、触手に搦めとられて、
今まさに貞操の危機、といった艶姿。
「な!・・・何てもん見てやがんでぃ!消せぇ!消してくれってばさぁ~~~!」
自らの痴態を映す、その板を奪い取ろうと必死に手を伸ばすも、ヒョイ、と躱され、
『消すも何も、貴女の記憶ですよ?ほら』
指し示された指の先、G・パッドの端から、何かの線が伸びていて。
その先をなぞるように見てゆくと、リリス自身の頭の上、金属冠の
ような物に繋がっていた。
「何だぃこれぇ!い、いつの間にぃぃぃ!」
むんずと引っ掴み、思いっ切り地面に叩きつける。
『あらひどい。結構、お高いのに・・・えいっ♪くるりん・・・』
拾い上げて、またしても被せようとしてくるのを、
「もういいってぇんだよ!」
更に叩き落として、「このっ!このっ!」と、踏みつける。
肩を怒らせ、ふぅ~っ!ふぅ~っ!と鼻息荒くさせるリリスを歯牙にもかけず。
『それではそろそろ、本題に入りましょうか♪』
あくまでも吞気に言い放つ、女神。
しかし、リリスとしては到底収まりの付くものではない。
「どんなつもりがあったってなぁ!ハイそうですかって!話を!
変えられるわきゃぁねいだろがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
怒り頂点、怒髪天を衝くリリスに、異変が起きる。
その背に、三対六翼の、コウモリのような羽が展開される。
「いぃぃぃっぱつぅぅぅぅぅ!殴らせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
開いた羽の間に、煌めきを帯びた黒い魔力が、後光のように立ち昇る。
次いで、胸の前に収束してゆく、魔力。
その魔力を、掴み取るように、拳を突き上げ。
「唸れぇ!闇の煌拳!ダァァァァァクネスゥ!ブロォォォォォォォォォォ!」
唸りを上げる魔力が、拳と共に眩い黒炎を放つ!!!
『あら怖い。ゴッデス・バ~リア♪』
その、ふざけているとしか思えない一言で。
・・・・・・ぷすん。
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
リリス渾身の一撃が、無情にも搔き消される。
『お忘れかしら?ここはさっき【私が掛けた結界の中】、ですよ?』
「ウソだろぉ?・・・そんなん、ありかよぉ・・・」
ハイパー・モードすら封じられたリリスに、最早抗う術はなかった。
一方そのころ、少し離れて様子を窺っていたサントは、ヒマだった。
「あ~、始まった・・・神様のアレが出たら、手出しもできないしな」
まだ少しお腹の調子が良くないが、ボ~っとしているのも手持ち無沙汰、
今のうちに、装備の点検でもしておこう。
手早く胴部の鎧を脱ぐと、敷いてあるキャンバスの上に置く。
【白蓮】と名付けられた、神の祝福の宿る、聖凱。
一見すると板鎧のようであるが、特筆すべきは胸甲部。鳩尾部を基底とし、
あたかも扇のような作りになっており、極力腕の動きを阻害しない機構、
精緻に重なり合った細板が、衝撃吸収の効果を発揮する。
そして、地に置いたときには、胸甲の細板が、蓮の花のように開く、美しい鎧である。
「よしっ」ワックスを付けた布で、鎧の手入れをしようとしたとき、不意に。
「随分と、変わった鎧をお召しなのですね」
傍らから、声が聞こえる。
「ああ、これは神様からいただいた、一点物で・・・?」
誰が声を掛けたのか、顔を上げて辺りを窺うが、見当たらない。
「愚鈍な・・・ところで、神様、ですかw?本当にいると?」
「うん、ほら、あそこでリリスをからかってる」
?何処から聞こえるのか、すぐ隣?視線を下げると、あ、居た。
身の丈、50センチほど、黒髪を、一本のおさげにして。
背中に石(?)の翼を持つ、メイド服の、一見して、お人形のような。
「ようやく気付きましたか。それにしても、リリス様を、からかっている、と?
・・・こんな人間風情にかかずらっている場合ではありませんね。お助けせねば!」
「あ~・・・大丈夫だと思うよ?あの女神、イタズラ好きだけど、
基本優しいし。あれでも、神様だし」
「ん~、それでもぉ、お助けしたいですけどぉ・・・あの結界ぃ、ガイーヌちゃんにはぁ、
むずかしいと思いますよぉ?」
今度は、反対側から声が聞こえてきた。
見ると、身長は同じほど、ウエーブのかかった金髪ショートヘア、イカのような足(?)、
お腹には、縫いぐるみだろうか、犬の頭が並んで。
やはりお人形のような印象の、メイド服の少女が座っていた。
「それで、君たちは一体?リリス様、って言ってたみたいだけど」
両サイドに陣取っている、メイド服姿の少女に、問いかけると。
「お答えする前に・・・先ほど、リリス様を呼び捨てにされてましたね?」
黒髪の、ガイーヌと呼ばれた方が、スーッと向き直り、「人間風情が・・・」
「「不敬者!「ですぅ」」
ドスゥ!!と、両脇から腹を殴られた。
「おふぅっ!!!」
二人は、何事もなかったかのようにサントの前に回り、居住まいを正し、
「それでは改めまして・・・私共はリリス様の侍従、私はガーゴイルのガイーヌ。
こちらはキューレ、種族は、スキュラでございます」
「キューは、キューですぅ♡」
揃って、丁寧に一礼。
「ケㇹッ、ケㇹッ、ああ、ご丁寧に。俺はサント。勇者だ」
「「勇者・・・」」
一礼した姿勢を崩さず、二人共、スーーーッ、と5メートルほど下がった。
そうこうするうち、
「あれぇ?お前ぇら、何だってこんなとこにいやがんでぃ」
戻ってきたリリスに、顔を輝かせる二人。
「あ~ッ♪ひm・・・むぐぐっ、む~っむ~っ」
何かを言いかけたキューレの口を、リリスが塞ぐ。
「キューーーレぇ?アタシの事は、何て呼ぶんだっけぇ?」
「っっぷはぁ!え~っとぉ・・・あ!お嬢、でしたぁ!」
「分かりゃぁ、いいんでぃ」
ジロリ、とにらみを利かせたまま、ガイーヌに向き直り「・・・で?」
「それは勿論、お嬢のお傍にお仕えするためでございます」
「山ほど押し付けてやった、仕事は?」
「当然、全て片付けて参りました」
渾身のドヤ顔で、胸を張る、ガイーヌ。
「はぁ~・・・アタシャ、家のかたっ苦しいのが嫌で出てきたってのに」
うんざり、とばかりに頭を抱える。
「へぇ、やっぱりリリスって、良いとこのお嬢様だったんだね」
何気ないサントの言葉を聞き逃さず。
「!また呼び捨てにっ!」
襲い掛かろうとしたガイーヌの、首根っこを捕まえたリリスが。
「ここにいるサントは、アタシの、お・ん・じ・ん・だ。無礼は許さねぇぞ?」
般若の如き気炎の上から張り付けたような笑顔で、静かに、言い渡す。
滝のような汗。音が聞こえてきそうな勢いで、血の気を引かせたガイーヌは。
「も・・・申し訳ございませんでした~~~~~~!」「??ですぅ~!」
よく分かっていなかったキューレと共に、シンクロ・後方飛び込み土下座を極める。
「ふんっ!」憤慨冷めやらぬリリスに、
「まぁまぁ。ともかく二人とも、よろしくね」
『どうやら、丸く収まったみたいですね?』
出番を失っていた女神が、歩み寄ってくる。
『それで?女神である私が空気扱いだった件について、
どなたか説明してくださるのかしら?』
果てなき深淵を思わせる、暗とした氷笑を湛えて、あくまで、穏やかに。
知らず、喉を鳴らしたリリスとサント。互いを見合わせ。
「「「「申し訳ございませんでした~~~!」」」」
メイドコンビの頭も抑え、平伏する四人。
『あらあら、謝罪を求めたわけではありませんのにwww。
とは言え、これ以上はくどくなりますね。本題にはいりましょう』
一先ずの溜飲を下げた様子で、女神は嗤う。
「へ?親交を、深めるん、ですか?」
突然の女神の提案に、サントは、気の抜けたような声を洩らす。
『そう、ロンド=アーナ各地の街で、人間と共にありたい、少なくとも、
敵対する必要はないのだと、そう思うもの達を増やすのです』
会心の発案といった顔で、胸を逸らす女神。
「確かに、戦わなくて良いなら、それに越したことはないんでしょうけど、
後で奇襲かけるとか、言いませんよね?恨まれるの、俺なんですから」
以前に弄ばれたことでもあるのか、疑わしい、といった態度のサント。
『女神の言うことを、もっと信用なさいな。今回はそうではなく、
せっかくリリスという協力者が居るのですから、あなた達が連れ立って、
人と魔族が手を取り合える、と、証明するのです』
「なんか、リリスを利用するみたいな・・・リリスは、いいの?」
「アタシ?そりゃぁ、サントが、いいなら・・・一緒に、行きてぇ、な」
恥じらうように、ほんのりと顔を染め、組んだ手の指を回している。
「分かった・・・でも神様?何で今、俺達なんですか?」
『だって・・・』
急に、子供のように拗ねた顔で、後ろに手を組みながら、
『人と魔族の確執は、神話と言われる時代から続いているでしょう?
その間、この世界の神は私ひとり』
「それは、そうなんでしょうね」
『神である私にとっては、この世界に生きる者達は、全て子供も同然です。
それが、いつまでもいがみ合ってるなんて、嫌なんですもの』
コツン、と足元の小石を蹴りながら、寂しげに、吐息のように洩らす。
そこまで聞いて、成程、と思った。
確かに、【どちらも子供】というのなら、幾千年にも渡り、ただ一柱
我が子らの仲違いを見つめる。それは、辛いことなのだろう。
『貴方達を見ていると、時代の変化、いいえ、止まっていた時を動かす、
その一歩なのではないかと、そう、思えたのです』
垣間見た、孤独。だから、というわけでもないが、素直に協力したいと思えた。
「どこまでご期待に沿えるかわかりませんけど、微力を尽くします」
サントが言うと、艶やかな花の如くに微笑んだ女神が、
『ありがとう。でも、そう固く考えなくても良いのです。見たものに感じ、
リリスと共に笑い、喜びを分かち合う、そのような旅でありますよう』
しかし、真面目なのはここまでだったようで。
『リリスと、仲よくなさい。応援してますよ?』
と言って、拳の人差し指と中指の間から、親指を出して、見せつける。
この上なく下世話な、満面の笑み。
「全く・・・敢えて、言いますよ。オヤジかっ!」
鋭いツッコミから、サントは頭を抱え、溜息を零す。
「なぁなぁ!サント。あれ、どんな意味なんだぃ?」
「ノ・・・ノーコメント・・・」
『ふふっ、それでは私は、そろそろ行きますね。【勇者が上陸】した情報、
もうじき魔王の耳にも入る頃でしょうし。』
無用な戦いを起こさないように、釘を刺しに行く、と言って、
女神は立ち去って行った。
「さて、大分遅くなっちゃったけど、今日はここで野営、かな?」
サントは提案するが、元々は一人旅の予定であったため、道具が足りない。
「そうだねぃ。場所もあるこったし。ガイーヌ!家、頼まぁ!」
「承知いたしました」
「え?家?」
何を言っているのか、と首を傾げるサントに、
「少々危険ですので、お下がりください。サント・・・様」
渋々、といった様子で敬称で呼ぶ、ガイーヌ。
「それでは始めます。【ロック・アーティファクト】!」
魔力を籠め、発動鍵を唱えると、地面から岩石が隆起してくる。
粘土を捏ねるような手の動きに合わせ、見る間に家の形が形成された。
「お待たせ致しました、お嬢。お寛ぎくださいませ」
「ご苦労さん。行こう!サント」
リリスに促されるが、ふわり、と飛び上がったガイーヌが、サントに耳打ち。
「寝るときは、あちらへ。お嬢の部屋には、決して入られませんよう」
指差された方を見ると、大きめの犬小屋のような小部屋が用意されていた。