イザークに愛されるのは私。
アロイス目線のお話です。
アスリッド様とエグモンド様を誘拐しようとした女は、行政棟の地下、かつては備蓄庫として使われていた部屋に連行した。
空気口用の小さな窓が天井近くにあるだけの薄汚くじめじめとしたその部屋は、入るだけでも重苦しく陰鬱な気分になる。
そのために特定の用事のためだけに使用され、使用人すらも近づかない。
用事。
そう。
尋問と……拷問の為だ。
コニー様は治世者として博愛や平和を謳われる。
メルドルフの顔として当然だ。
だが政は綺麗事だけではやっていけないのが現実。
敵対者やメルドルフに害する者も現れる。
そういった相手に対して対話を行うのがこの部屋なのだ。
不思議なことに敵愾心のある者を数日、窓を閉じた状態のこの部屋に閉じ込めておくだけで大抵は素直になってくれる。
効率的で平和的な空間、である。
女の精神で持つかどうかは不明だが誘拐犯の女に寒さと恐怖に慄いてもらうことに決め、一晩。
俺はノブに手をかけた。
「やっとお出まし?」
後ろ手に腕を縛られた女は扉を見上げ眩しそうに目を細める。
年のころは二十代中盤といったところだろうか。
中肉中背、特にこれといった特徴のない外見をしている。
異様にぎらつく眼差しが気にはなるが……。
「カミラ・ミュラーと言ったな」
俺は椅子を寄せ座る。
副官が差し出した書類を眺め、
「厨房の女中か。24歳となっているが間違いないか?」
「はい」
女は掠れた声で頷いた。
「厨房の女中がなぜお子たちを拐ったのだ?」
「私はイザーク様の愛を賜る者ですから。あの方のために誘拐したんです。子供は邪魔でしょう?」
「は?」
イザーク卿の愛を?
賜る者?
「……お前、自分がイザーク卿の妾だというのか?」
「ええ。左様でございます」
カミラは口角をあげ頬を赤らめた。
「毎晩、可愛がっていただいておりますの。それはもう激しく」
「何を阿呆な」
メルドルフ男爵夫妻の夫婦仲は良いことは周知の事実だ。
夫婦の寝室が別であることが貴族の常識であるのにも関わらず、結婚後7年間、夫婦で一つの寝室を利用しているほどだ。
領内で領主夫妻が愛情で結びついていることを知らぬ者はいない。
ーーーーそもそもだ。
(あの融通が利かない男が他の女に目移りするなどありえん)
イザーク卿はこれと決めた事に関しては狂気に近いほど執着する性質だ(感情を他人に悟られるのは弱点を晒すのと同じだと何度も諫言したが、これだけは直らなかった)
そんな男がハイデランド騎士団の次期団長の座も、築き上げた地位も、全てを投げうつほどに渇望した相手ーーーーそれがコンスタンツェ様なのだ。
ようやく手にした幸福を捨ててまで他の女に目移りすることはない。
(何よりイザーク卿自身に妾を囲うほどの胆力があるとは思えないしな)
愛する妻を悲しませることを最も恐れている男だ。
俺は腰の剣を抜き、切先を女の鼻先に突きつけた。
「虚言も大概にしろ。女。もっとまともな作り話はできないのか?」
「あら、なぜ嘘と決めつけるのですか? 未だにご結婚もなされておられず、特定のお相手もいらっしゃらないベルル様に男女の何がお分かりになるのでしょう」
カミラと名乗る女は如何にイザーク卿が愛情深いのか蕩々とした表情で語る。
「イザーク様はそれはもうお優しくて、私のことを宝物のように大切にしてくださるの。だから私はイザーク様の妻になってお子を産んで差し上げなきゃいけないわ。今の奥方には申し訳ないけれど、私の産む子にメルドルフと男爵家を引き継がせなきゃ」
(……気狂いか)
俺は大きく息をついた。
イザーク卿はメルドルフ男爵家の主人ではない。
この領も爵位もコンスタンツェ・フォン・ラッファーのものだ。
コニー様が亡くなったとしてもアスリッド様に受け継がれるだけだ。イザーク卿に移ることはない。
当たり前のことを理解できていないとは……。
(やはり狂っている。妄想に付き合う必要はないな)
だが、何かが引っかかる。
狂人と言い捨てれば簡単だ。
(なんだ、この違和感……)
胸騒ぎがする。
「女。戯言もそのあたりでやめておけ。見苦しい。お前の妄想は許容できる域を超えているぞ」
「妄想? そんな訳ないじゃない。私はね、ウィルヘルム王子のせいで聖女に振られて傷ついたイザーク様を慰めて差し上げるの。メルドルフでイザーク様を支えるのは私の役目なのよ!」
「聖女……?!」
聖女シルヴィア。
災禍から世界を救う唯一無二の聖女。
しかしその実態は起こし大地に甚大な被害を与えた災禍でもあったのだが。
聖女の行草は帝国により美談に仕立て上げられ修道院にて病没した……ことになっている。
数年も耳にすることはなかった。
(それなのになぜ聖女の名をここで聞くことになるんだ?)
「お前は何を言っているのか分かっているのか??」
カミラの妄想と安易に断じても良いものなのか。
実際はイザーク卿は聖女に振られてもいないし、聖女はウィルヘルムと結婚もしていないではないか。
(なぜありもしないことを作り上げているんだ?)
しかも、さも目にしたというように。
「わかってるわよ!! あんた、しつこいわね!!!! アロイス・ベルルなんて原作に存ざ……」
「残念ね。カミラ。あなたの願いは叶いそうにないわね」
聞き覚えのある声。
振り返るとメルドルフの民族衣装を身に纏ったコンスタンツェ様がそこにいた。
光を背にし白金の髪を煌めかせながらメルドルフ女男爵は冷たい微笑みを浮かべた。
「私は夫と離婚する気はないの」
読んでいただきありがとうございます。
吉井です!
ちょっぴり更新時間から遅れました!!!
間違ってこのお話を別の作品で更新してしまっていました。
大失敗ですw
ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。
嬉しいです。
執筆頑張れます。
次回も週末あたりに更新予定です。
必ずお会いしましょう。
良いクリスマスをお過ごしください。
皆様に多謝を。




