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北園の嵐。

アロイス目線のお話です。

 メルドルフの領主館は帝室の直轄領であった頃の代官屋敷を転用したものだ。


 故に広大な敷地に領都(バルト)には不釣り合いな雅な宮殿が点在している。


 元々は素朴な城郭建築であったのだが、歴代の代官どもが監査が入らないのをいいことに増築を重ね辺境の地らしからぬ宮殿建築群に作り替えてしまったのだ。



(こうしてメルドルフの地域性、経済規模からすれば分不相応な規模の屋敷の出来上がりというわけだ)



 ただし。

 物質は必ず劣化していく。


 建築物も同じだ。

 どれだけ金を注ぎ込んでも経年劣化は避けられない。


 加えてメルドルフは冬が厳しい寒冷地だ。

 建物は傷みやすく維持費は馬鹿にならない……。



(温暖な帝都(ヘベテ)形式の宮殿なぞメルドルフには無用の長物だ。これまでの代官どもが無能だったということだな)



 7年前。

 メルドルフに下向し初めて館を視察したコニー様は、



「在る物をわざわざ取り壊すのもお金がかかるわ。使えるものは使いましょ。最低限の設備を残して、あとは売って運営資金に当てなさい」



 代官たちに搾取され尽くされたと思っていたから少しでもお金になるものがあるのは良かったわと自嘲されたものだ。


 ただ全てを利用できたわけでもない。

 傷みがあまりにも酷く廃棄(このまま放置)と判断した棟もある。


 全部で3棟。

 母屋の裏手の旧東屋。ヘベテから訪れる芸術家の為のアトリエ棟。そして北庭園の倉庫。


 この中で可能性があるとすれば、北面の庭園一択だ。

 未だ雪の残るこの季節に閑散とした庭園など訪れる者など皆無。



(お子たちを一時的に隠すには最適だ。宵闇に紛れて連れ出せばいい)



「クソが」



 あと数時間もすれば日の入りだ。

 日が暮れれば気温が下がる。

 この寒さ、メルドルフ生まれの子であったとしても幼児にとっては命取りだ。

  誘拐した者に人質に配慮するなど期待はできない。


 俺は領兵を連れ走り出した。

 敷地が無駄に広いというのも問題だな、と毒付きながら北庭園に向かう。


 吐く息は白く、手がかじかみ感覚が鈍くなってきた。

 昼でこうなのだ。

 日の当たらない北園はどれだけ寒いか。想像するだけでも怒りが込み上げてくる。


 メルドルフでは人は容易く死ぬ。



(お子らを失うわけにはいかない)



 ーーーーーメルドルフの未来だ。



 5分ほど走っただろうか。

 うら寂しさの漂う北園の門扉の前に到着した。


 ゆっくりと扉を押す。


 庭園は静寂に包まれていた。

 物音一つせず、聞こえるのは木々のざわめきと時折鳴く野鳥の声のみだ。


 庭園を見渡す。


 今年の冬はことのほか雪が多かったせいかまだ足首あたりまで雪が残っていた。


 奥に見える倉庫は雪の重みで屋根が落ち倒壊している。

 思っていた以上に建物のダメージが大きい。これでは中に入るなど到底無理だ。

 物陰に潜む程度がせいぜいだろう。


 雪面には大人のーーーーおそらく女だーーーーの足跡らしきものと、小さな足跡が一種類。



(アスリッド様のものだな)



 まだ幼いエグモンド様は抱えて連れてこられたのか。



(手引きをしている者はいない可能性が高いな)



 女の単独犯。


 だが。

 女は覚悟を決めたら男よりも残忍になるタイプも多い。

 早急に制圧せねば。


 領兵たちを二手に分けゆっくりと北園へ侵入する。

 俺は大股で庭園の中程まで進む。



「アスリッド様!! エグモンド様!!」



 あえて大声で呼びかけた。

 さぁプレッシャーに反応しろ。

 尻尾を見せるがいい。



「アロイスです! お迎えに参りました。兵もおります。ご安心ください」



 耳と目を澄ます。

 ざわりと風がなる。

 同時に生垣の影が動いた。


 俺は兵に目配せする。

 領兵が音もなく動くのを確認し再び声を上げた。



「アスリッド姫様!!!」


「……アロイス! ここだよ!! 私はここ!!」



 甲高い声とともに黒髪に菫色の瞳の幼児が廃屋の柱の影から飛び出してきた。

 年のわりに背が高く大柄な女児……


 アスリッド様だ。


 案の定、外套などは羽織っていない。

 急いで外套を脱ぎアスリッド様を包んだ。

 冷え切った体のままアスリッド様は目に涙を溜め気丈に唇を噛み締めている。



「よくぞご無事で。お怪我などはございませんか?」

「うん。ちょっと寒いだけよ。大丈夫だよ」

「アスリッド様、エグモンド様は?」

「隠れてる。呼んでもいい?」

「ええ。もちろん」


「エディ! 出てきていいよ!」とアスリッド様は元いた場所に向かって叫んだ。


 そろりと琥珀色の瞳をした男児が顔を出し、一目散にこちらへ走り寄ってくる。



「アロイスぅぅぅ」



 ずいぶん怖かったのだろう。

 可愛らしい顔が鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ。

 エグモンド様をだき抱え、金色の巻き毛をそっと頭を撫でた。



「エグモンド様。何事もなくよろしゅうございました。よくお耐えになられましたね」


「怖かったよぉ。アロイス、お母様は? 乳母は?? お母様ああ、どこおぉ……」



 よかった。

 もうお子は安全だ。

 次は……。


 左翼へ目をやる。

 領兵が人影を取り囲んでいる。


 俺はエグモンド様を兵に預け、アスリッド様に微笑みかけた。



「アスリッド様。アロイスはここでもう一つ用事を済ませねばなりません。先にお戻りください。お母上様がご心配なさっておいでです」


「うん。わかった。……ねぇ、アロイス。お父様とお母様に怒られるかな?」


「ええ。きっとものすごーくお怒りになられると思いますよ。特にお父上様はお許しにならないでしょう」



 ーーーー犯人を。


 老婆心ながら犯人に同情する。

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 微妙なところだ。


 出来心を持ったばかりにイザーク卿の決して手を出してはならない領域に踏み込んでしまったのだ。

 お子たちの父は温厚な殻を被ってはいるが本質は獣なのだから。



「えええ……嫌だなぁ。お父様、怒ったら怖いんだもん。きっとお外に出してもらえなくなっちゃうわ。やっと冬が終わったのに!」



 天真爛漫というのか、子供らしいというのか。

 誘拐されたばかりだというのにアスリッド様は妙に落ち着いている。

 さすがメルドルフの次期領主だ。



「さぁアスリッド様。風邪を召す前に母屋にお戻りください。暖かいスープが待っておりますよ」



 お子の安全が保証されれば後は俺の時間だ。

 どんな愉快な証言が聞けるのか。楽しみだ。

読んでいただきありがとうございます!

吉井です。


コニーの子、アスリッドが出てきました。

メルドルフは長子相続(性別問わず)とコニーが決めましたので、

一番最初の子が後継になります。

アスリッドはなかなか肝の座った子のようです。


ブクマ評価いいね!ありがとうございます。

がんばります。


次回も読みにきてくださいね!

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