63.亀裂の聖女。
亀裂(の跡地)までの道のりは、あの冬の浄化の旅の時よりもずっと楽だった。
雪がないということもあるが、穢土の浄化とともに木々や岩なども失ってしまい道自体が平坦になってしまったことが大きい。
(人にはやさしいけれど、環境破壊に他ならないわね)
さらに表土を守るものが何一つないために、あちらこちらに雨による土砂崩れがおこっているのも気にかかる。
「ファルツ、植林はできないかしら。このままでは残っている土さえも流されてしまうわ」
「土地の保護を考えますと、直ぐにでも植林を行うべきなのですが、土の状態が非常に悪く木の生育には適さないのです。浄化された地には、不思議なことですが、土地の養分さえも抜けてしまっているようで、雑草は育っても木はそのまま植えてもちません」
土壌の研究とともにこの地に適した木を選定しているところだという。
「協力できることがあれば言ってちょうだいね」
穢土もそうだが、この浄化後の復旧の困難さはどうだ。
一から始めるどころか、マイナスからのスタートだ。
確かに聖女の浄化の力はすごい。
あの腐った土地を一発で消し去ることが出来るのだから。
けれど強すぎて土地に必要なものまでの消してしまうだなんてありえない。
(復興とか、復旧とかまで考えられていないのね。まぁこの世界は『救国の聖女』の舞台装置であればいいだけなのだから、中の人たちの生活なんて思慮外なんだわ)
分かってはいるけれど、まったく創造主が恨めしい。
失うのは一瞬なのに、元に戻すのは何百年とかかるのだ。
(その他大勢の苦労なんざ、どうでもいいのでしょうね)
むしろ創造主はエキストラの人生があることすら気付いていないのかもしれない。
(恨みを言っても仕方ないわ。私は目の前に解決しなければならない問題があるのだから。片付けるだけね)
生きていかなければ、命ある限り生活しなければならないのだ。
私はファルツや学者から説明を受けながら、山を登る。
亀裂が出来たのはリギの中腹。
それよりも上は針葉樹林の森が残っている。
だが低いところは、見渡す限りの禿山。荒地だ。
穢土の被害がなければ、山の神に守られた森然とした素晴らしい山であったことだろう。
(ウィルヘルムとシルヴィアが愛欲に溺れさえしなければ……)
シルヴィアの到着がもっと早かったらと思うばかり。
死人に何を言っても意味はないけれど、ウィルヘルムの愚かさを罵ってやりたい。
「コニー様。すこしよろしいですか」
後ろからそっと近づいてきたイザークが私の袖をひいた。イザークは眉間に皺をよせ、
「先に遣わした兵からの報告です。この先、亀裂跡に人影があることを確認しました」
「人影?」
こんなところに?
誰が来るのだ。
「調査団と私達くらいしかいないはずよね? 住人達もここまでは来ないでしょうし。どんな人かわかる?」
「ええ、それが……」
イザークは聞き覚えのある人物の名を口にした。
――聖女シルヴィア。
私は唖然とした。
シルヴィアは皇室の管理下に置かれているはずだ。
神殿の女子修道院で心安らかに暮らしている、と聞いている。
聖女の持っている能力、人々を魅了する力は原作に登場する異性にしか強い効果はでないはずだ。
女子修道院はその名の通り女性しかいない。同性を取り込んで脱走などできるはずがない。
そもそも逃走など帝国の面子が丸つぶれになる。皇帝が絶対に許さないだろう。
さらにここは帝都からも遠い辺境。
収監された修道院からは馬車で二週間はかかる。
逃げ出して二週間もの間、皇軍がシルヴィアを放置しているはずはない。
イザークがウソを言っているわけはないと思う。けれど現実的ではない、とも思う。
「シルヴィアは修道院にいるはずよ。それがどうしてここに?」
「分かりません。ただ亀裂のあったところに虚ろな表情で立っている、ということは確かなようです」
「……兵たちはシルヴィアから距離をとっている?」
聖女の持つ魅了。
メインキャラクターほどではないが男性エキストラにもそれなりに効く(そもそもシルヴィアは絶世の美女なのだ)。
「ええ。接近はさせておりません。離れたところから監視させております」
「いい判断ね。イザーク、案内してもらえる?」
私はイザークに導かれながら道を駆けた。
そして。
シルヴィアはいた。
亀裂のあった斜面に、淡い栗色の髪を夏の陽光に煌かせ如何にも儚げな姿で、そこにいた。
粗末な綿のワンピースだけを身に着け、靴すら履いていないが、なぜか目を惹く。
いままでの贅沢三昧な生活から質素な修道院生活に変わり、苦労も多いのだろう、いくらかやつれた様子だ。
まぁこの程度の苦労など苦労に失礼だとも思ってしまうけど。
「あら、やっときたのね。コンスタンツェさん」
シルヴィアは私をみとめると無邪気な笑顔を浮かべた。
「待ちくたびれたわ」
「シルヴィア……」
「メルドルフの兵の姿が見えたから、あんたもいるんじゃないかと思ってたの。あたりね」
次に会うことが出来たなら罵倒してやろうと思っていた。
けれどこのおかしな光景に言葉が出ない。
「あなたどうしてここにいるの? 修道院に収監されていたはずだわ」
むしろ未だ生きていたことに吃驚だ。
皇帝の口調ではウィルヘルムよりも早く聖女を殺めそうであったのに。
「そうよ。私は修道院にいたのよ。ついさっきまでね」
「え。逃亡してきたのでしょう?」
「違うわ」
シルヴィアは小首をかしげ、けらけらと声をたてて笑う。
どこかしらネジの外れた狂人のようだ。
「私は祈りの部屋にいたのよ。それが突然、神の御声がおりてきたの。久しぶりに聞いた声だったから嬉しかったわ。それなのに、次の瞬間にはここにいたのよ。この忌々しい場所にね」
神の、シルヴィアを寵愛する創造主の力。
そうか、やりそうなことだ。
納得だ。
「でも分かったわ。神はコンスタンツェさんと会わせたかったのね」
と言いながら、シルヴィアは私の方へ近づいてきた。
63話をお送りします。
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※次回は明日以降の17時台の更新予定です。




