60.凪いだ時。嵐の前。
反乱が終わり、暫くたった夏の終わり。
ヴローム公ウィルヘルム・フォン・ザールラントの戦死が公示された。
表向きは帝国のために散った尊い犠牲者、である。
しかし元皇太子ではあったが災禍を拡大させた反逆者としての烙印を押されたウィルヘルムは、決して皇室の一員として認められる事はなかった。
身寄りのない宮廷貴族としてひっそりと葬儀が行われ、帝都の外れの貴族用共同墓地に埋葬されたという。
権勢を誇ったかつての“帝国の太陽”の、なんとも侘しい最期であった。
(でもウィルヘルムはそれ相応の事はしているんだもの)
これでよかったのだ。
この頃には、私はウィルヘルムを思い感傷的になる事はなくなっていた。
たしかにウィルヘルムが死ぬために戦場に行き、皇帝に暗殺された事を知った時は動揺した。
ひどい仕打ちを受けたのにも関わらず、愛の溢れた記憶ばかり頭に浮かび苦しんだものだ。
だが、ほんの少し時が過ぎただけなのに、今ではもう思い出すこともなくなっていた。
薄情だなと自分でも実感する。
けれど、仕方のない事だとも思う。
だって私の心は全力で愛してくれる夫でいっぱいなのだから。
他人が潜り込む隙間などない。
肉体的にも精神的にも。
「帝都が荒れているようですよ、コニー様」
アロイスが各地から上がってきた報告書に視線を置いたまま言う。
南部の反乱をきっかけにして、帝国の、主に帝都を中心とした一帯が、かなり情勢不安定になっているらしい。
「街を女性が一人で歩くのも躊躇するレベルで治安も悪化しているようです」
「……アロイス、あなた関わってはいないでしょうね?」
「メルドルフに利のないことに関わるだなんて、私がそんな無駄なことするとお思いですか? コニー様」
「するわけがないわね」
私も呑気に笑った。
帝都の政情不安と治安の悪化は大問題かもしれないが、ここは都から遠く離れた辺境メルドルフである。
政情的には完全に凪。
何の風も吹いてはいなかった。
全て優秀な行政官アロイスとハイデランド侯爵家のおかげだ。
(助かるわ。一時的にしろメルドルフから皇帝の注目が外れるのは、ありがたいことだもの)
他領の犠牲があっての今のメルドルフなのだ。
なのに『ありがたい』そう考えてしまう自分が薄ら寒い。
「アロイス、これなかなか面白いアイデアね。試してみてもいいんじゃないかしら」
「私もそう考えておりました。では指示しておきましょう」
アロイスに裁可の終わった書類を渡し、私は次の案件を手に取る。
冷涼なメルドルフは真夏もさほど暑くはない。
帝都よりはずっと快適だ。
おかげで業務の処理が進む、進む。
昨年の倍のスピードで裁可できていると自負するほどだ。
若干オーバーワーク気味でもあったけれど、そんなことは気にならなかった。
アロイスは自ら茶を入れ、私の前に置いた。
「コニー様、たまには視察などいかがですか?」
「どうして? 今、視察しないといけないところがあったかしら」
「メルドルフは広いのです。領主が回らなければならないところなど、いくらでもありますよ。それにどこの地でも領主が視察においでになられることを望んでおります。コニー様が訪れるだけでも、民には心強いというものです」
「あら、私って人気者なのね」
「そりゃもう。領主として慕われておられますから。治世者としてだけではございませんよ。美しい姫君と英雄でもある騎士の夫婦は、若い者とくに未婚の女性の憧れの的です」
「まぁありがたいこと。でも財務案件だけでこれだけあると、しばらく領主館から動けないわね……」
帝国から分割で払われる賠償金の第一回目が到着したのが一ヶ月前。
おかげで当初に比べて運営資金はだいぶ楽にはなった。が、それでも資金難であることには変わりない。アロイスと数人の部下では捌ききれず、私もガッツリ関わっていたのだ。
(そうはいうものの、復興も気になるわ)
アロイスは『荒地の開拓は専門外ですから』とハイデランドから専門家を呼び寄せ、彼らに依頼して土地の調査と再生の道を模索してもらっている。
私自身、財務に手一杯で、復興の舵取りまでは手が回っていないのだ。
(自分の目で確かめておきたいけれど……)
この案件の山を放置していくわけにもいかない。
悩ましいところだ。
「コニー様。本音のところは、あなた様に休暇をとっていただかないと困るのです。部下が疲労困憊しておりまして、そろそろ休ませないと壊れてしまいます」
「え、私が働いていたら皆は休めないの?」
「そりゃそうですよ。メルドルフの民は皆、心根の良いものばかりです。コニー様が働いているのに、自分が休むなど考えもしない者たちばかりですから」
私の民はなんて律儀なのだろう。
言われてみれば今は八月も末。
小麦の刈り入れも終わった頃だ。農業を主体としている者たちの収穫祭が行われる時期でもある。
夏を惜しむ祭りはメルドルフの民にとって、とても大切なものだ。
メルドルフは冬が長い。ゆえに夏は短く、あっという間に終わってしまう。貴重な夏を家族や大切な人と過ごすことは何より重要だ。
(私が休んで、部下を休ませることも仕事だわ)
「お祭りもあるし、領主館で働いている者も家族と過ごしたいでしょうね。分かったわ、しばらくお休みしましょう」
「感謝いたします、コニー様」
私もイザークとゆっくり過ごせる。
帝都行きと違い、気を使うことなくリラックスできるはずだ。そう思うと心が躍った。
60話をお送りします。
ブックマーク評価ありがとうございます。
活動報告にも感想いただきました。
とても嬉しいです!!
悩むことも多いですが、書いていて良かったと思いました。
感想レビューお待ちしております。
では、次回もお会い出来ることをいのって。
皆様に多謝を。




