44.繰り返される運命。
「ハラルド殿下、唐突に何をおっしゃられるのでしょう。からかっておられるのですか?」
ハラルドは私の手を握ったまま立ち上がり、甲に口付けをする。
「ひどい言い草だ。コンスタンツェ殿。本気でないのなら、この僕が女性に跪く理由がないだろう?」
ハラルドと義理の兄弟であった時も、ハラルドは常に礼儀正しく紳士的な義弟であった。
そんな彼が私に求婚する。
明らかにハラルドの意思ではないだろう。
(おそらく皇帝の命で間違いないわ)
一度は破局し失われた縁組を復活させるために。
ウィルヘルムが独断で行ったであろう破談は、皇帝にとっては痛恨だったはずだ。
ハイデランド侯爵家との縁組は先帝から悲願であったのだから。
ハイデランドの力は強大。
皇帝は一大勢力を持つハイデランドを制御するための駒を抑えておきたいだろう。
なりふり構っていられない、というところか。
(貴族の結婚はこんなもんだろうけど……)
また自分の気持ちなどマルっと無視されて振り回されることになるのかと思うと、ほんとうんざりだ。
それに相手はウィルヘルムの実弟。
シルヴィアならいざ知らず、相手を兄から弟へスライドするとか、吐き気がする。
「私はあなた様の兄君の婚約者でした。ただの婚約者ではありません。二年も寝食を共にした婚約者です。それなのにあなた様に嫁げと? お戯れがひどすぎます」
「あなたが兄と寝ていてもね、僕は気にしないよ。もう過去のことだ」
僕も今まで色々あったからね、とハラルドはカラカラと笑う。
「コンスタンツェ殿。あなたほど弁えている人が諾と即答しないということは、やっぱりそうか。あなたには結婚を躊躇させるものがあるのだね」
「ええ。メルドルフの領主として領地と領民の未来を担う責任がありますもの。投げ出すわけにはまいりません」
「それだけ? まだあるよね。女性が政略結婚に戸惑う理由の一つに異性の存在があると言うからね。……イザーク・リーツ。彼、あなたの男でしょ?」
「え……?」
額に汗が浮かぶ。
「驚いたよ。愛は人を変えるというけれど、あのリーツがねぇ。戦場の仲間も名誉もハイデランド騎士団での将来も全て捨て、あなたの護衛騎士として生きることを選ぶだなんて。ずいぶんロマンティックな男だったんだね」
とハラルドはひとしきり感心し、
「だけどね、この縁組には問題ないよ。あなたが皇太子妃としていてくれさえすれば、あなたに愛人がいようがいまいが、どうでもいいことだ。結婚してもリーツとの関係を続けたければ続ければいい」
冗談じゃない。
何故こうも一方的なのだ。皇室の、いや身分の高い男性というものは自分勝手に事を進めようとする。
相手の事情などお構いなしだ。
「考慮の必要はありません。ご求婚はお受けできません。お断りいたします」
「はぁ。いいかい? 良く考えて決めて欲しいんだけど? メルドルフの領主殿。この婚姻にお互いの意思など関係ないんだ。これは今上と神のご意思なんだよ」
「陛下と……神?」
何故ここで神? 嫌な予感がする。
「先日聖女に神託が下りたんだよ。あなたを皇太子妃にするようにと」
「神……託?」
そういえばシルヴィアが「創造主の声が聞こえる」とか言ってたっけ。時々下される天啓がまた下りたというのか。
しかもメインストーリーから外れた私と次期皇太子ハラルドを婚約させろとか、なんて無茶ぶりだ。
(身勝手すぎるわ)
違う。創造主が勝手だということは分かりきったことだ。
ということは、どうしても筋書き通りに戻したいのか。
『悪女と皇太子を婚約させ、聖女の愛で婚約破棄を断行する。聖女と皇太子は結婚して幸せになる』
皇太子であったウィルヘルムは廃され、新たに皇太子が立せられる。
新皇太子はハラルドだ。
思惑通りに進める為には、当て馬として私が婚約する必要がある。
(ほんと悪趣味すぎる)
エキストラにも人生があるというのに……。
創造主の恩恵などメインキャラクター以外には害悪に過ぎない。
けれど希望はある。
私たち脇役にも運命を掴み取り変えることも出来るはずだ。
私は創造主の意のままには動かない。
(自分の人生は自分で選択するわ)
「ハラルド殿下。たとえ陛下や神のご指示だとしても、答えは同じです。私はあなた様とは結婚いたしません」
「……二ヶ月後に帝都で陛下の祝賀会が開かれる。その時までに正式な回答を出しておいて欲しい。メルドルフのことを思うならば、答えは決まっていると思うけどね」
ハラルドは不敵に微笑むと館内に戻っていった。
私は見送りながらため息をつく。
「一難さって、また一難ね」
小説の世界といえどエキサイティングすぎる。穏やかな人生はどこにあるのだろうか。
44話をお送りします。
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