43.ハラルドの腹の中。
議会は踊る。されど進まず。
という言葉が前世にはあったけれど、この『救国の聖女』の世界、その中のメルドルフにおいては当てはまらないらしい。
今回の協議の題目は災禍における皇太子及び聖女の過失による損害賠償。
細心の注意を以って進めるべき案件である。
が。
決着するまでは数日かかると思われていたというのに、恐るべきスピードで次々と処理され、夜半過ぎには全ての項目において合意がなされていた。
しかもほぼメルドルフ側の要求が承認される形で、だ。
帝国からすれば一匹の矮小なネズミ程度の認識であっただろうメルドルフが、実は虎であった……と気づいた時には、後の祭り。
かなりの部分で同意せずに得られない状況に陥っていたのだ。
やってのけたのは、もちろんアロイスである。
緩急をつけた見事なまでの話術はまさしく匠の技といっていい。
メルドルフを馬鹿にしていた帝国側の文官たちが、アロイスの攻撃(口撃?)に茫然自失といった形で力尽きていくのを見るのは爽快だった。
(アロイスって私とそう年も変わらないのに。ほんと底知れないわ)
優秀にも程がある。
アロイスはこんな田舎の行政官ではなく国政にこそ相応しいのではないかとふと思う。
けれど、メルドルフの未来のためには絶対に必要な人材だ。
(このままメルドルフに残ってくれたらいいのだけど)
私は会議の熱気をさまそうとテラスに出た。
春とはいえ、夜は冷え込む。
だが冷たい空気は火照った体にはちょうど良かった。
「しかし凄いですね、メルドルフの筆頭行政官殿は。完全にやり込められてしまった」
この声は……。
「ハラルド殿下」
ハラルドが酒の入った杯を片手に立っていた。
帝国としては落とせない交渉に大敗北したのにも関わらず、意に介すこともなく飄々とした様子だ。
「帝国官僚も悪くないのを連れてきたのですがね。レベルが違った。あの行政官は何者ですか?」
「私の右腕で、我が領の宝ですわ」
「羨ましいことだ。メルドルフは人材に恵まれているね。アロイスだけではなく、他にもここの領には逸材がいるし。……例えばハイデランド騎士のイザーク・リーツとか」
ハラルドは皇族でありながら皇室騎士団に所属する騎士だ。
男性皇族は軍に属する義務があるが、ウィルヘルムのように型式的ではなく、一軍人として最前線で戦ってきた生粋の軍人である。
帝国の戦にはハイデランド侯爵家の騎士団も必ず参戦しているので、ハラルドがイザークと戦場で共に戦っていたとしてもおかしくはない。
「コンスタンツェ殿は知らないだろうけど、彼、戦場では知らぬものがいないほどの英雄なんだよ。あの戦鬼がただの護衛騎士だなんてね。にわかには信じられない。あなたが強いてそうさせているのではないの?」
「ハラルド殿下、私は何に対しても強制することはありません。イザークが自らの意思でメルドルフに仕えてくれているのです」
「はは、またそんなことを。ありえないな。リーツがハイデランド騎士団を離れるなんて、よっぽどの事だ」
「嘘は申しておりませんわ」
「……信じがたいけど、あなたが言うのなら正しいのだろうね。人の忠誠心を変えてしまうほどのもの……うん?……あぁそうか。そういうことか」
とハラルドは言いながら一人納得する。
ウィルヘルムと違ってどこか掴みどころがない(だからといって抜けているのでもない)。
私が皇太子妃として宮殿で生活していた頃から変わっていないようだ。
「ハラルド殿下は今日の結果に落胆なさっておられないのですね。帝国はメルドルフに莫大な賠償金を支払わねばならないというのに」
「今回の件、すべて愚兄に非があるからね。民に対して補償をするのは支配者として当然だ……っていうのが僕個人の考えでね。最初から受け入れようと決めてた。アロイスのおかげで予算はずいぶんオーバーしてしまったけど、仕方ないさ」
だとしても、この余裕はなんだ。
他に目的があるのだろうか。
「ハラルド殿下、あなた様がメルドルフにいらした理由は何なのです? 賠償金の交渉だけではないのでしょう?」
「わぁ鋭いね」
ハラルドは酒を一気にあおり、空になった杯を投げ捨てた。
「僕にはまだ妃がいないことはコンスタンツェ殿も知っているでしょう? まだ結婚はする気は無かったのだけど、事情が事情でね。早々に妃を娶らねばならなくなったんだ」
ハラルドが私の足元に跪く。そして腕を差し出した。
「コンスタンツェ・フォン・ラッファー殿、僕と結婚して欲しい。次期皇太子妃として再び帝都に戻って来てくれないか」
43話をお送りします!
このお話も大分長くなってきました。
長い……ですが、本当にたくさんの方に読んでいただけてて大感謝です!
PV・ブクマ・評価ありがとうございます。
めっちゃ励みにしています。
感想・レビューもおまちしています!
次回も読みに来てくださいね!
またお会いしましょう。




