4.悪役令嬢は覚醒する。
私は起き上がり、急いで書卓へつく。
夢を忘れないように、そして自分の頭の整理のために思いつくまま書き出した。
私はコンスタンツェ・フォン・ラッファー。
ザールラント帝国の貴族であるハイデランド侯爵フランツ・フォン・ラッファーの娘。
政略により定められた皇太子ウィルヘルムの婚約者(元?)。
「私がみた夢は、いいえ、あれは前世の記憶かしら」
前世が何か分からなかったけれど。
すらりと口をついた言葉に自分自身戸惑う。
「私はコンスタンツェに……」
ベッドの横の姿見をのぞく。
白金ブロンドに、すみれ色の瞳。透き通るように白く手入れの行き届いた肌には、染みもそばかすもない。
きりりとした釣り目がちの目元が印象的だ。
「間違いないわ」
『救国の聖女』で描かれたコニーと全く同じだ。つまりは、
――悪役令嬢であり、当て馬。
私はうな垂れた。
「小説のキャラに転生してしまうってことも驚きなのに、まさかの悪役だなんて……」
コンスタンツェは物語を彩る登場人物の一人だ。
高位貴族独特の気位の高さと、婚約者であるウィルヘルムを愛するあまりに、近づこうとする女性キャラを苛めてしまう役どころだ。
テンプレート通りの悪女であったコンスタンツェ。
散々悪事を働いた後、シルヴィアに心移りした皇太子に婚約破棄され、さらには侯爵家から放逐されるのだった。
コンスタンツェの強烈な性格は当然読者に嫌われ、そして夢の中の私も嫌っていた。
小説序盤の最大の嫌われ者だったのだ。
「でも、そうね。私は……コニーは決して悪くはないわ」
今までコンスタンツェとして生きてきて、適当に物事を済ませたことは無い。
責任を持って与えられた役を勤め上げてきた。
確かに無礼でマナーを心得ない女性に対して厳しい態度をとったことはある。だが個人的な心情で苛めたことなど一度も無い。
それに小説には二年前から実質上妻としての勤めを果たしていたなどと、書かれていなかったではないか。
「コニーの立場からすれば、当たり前のことだというのに」
悪役令嬢と位置づけられ、主人公と男性たちの恋のスパイスとして不当に扱われるだなんて、不憫すぎる。
「今は原作の一巻の終わり、というところかしら。これからシルヴィアを巡って恋のバトルが繰り広げられるわけね」
逆ハーレムものだけあり、シルヴィアをめぐって火花を撒き散らすイケメンたちが多数登場する。
一巻はチュートリアル的なエピソードが多く、さほど物語は動かなかったはずだ。
動きの無い一巻での最大のイベントが、この悪役令嬢の婚約破棄となる。
「放逐された後のコニーは小説にはでてこなかった。シルヴィアの恋が忙しかったから、一度退場した女性脇役は日の目を見なかった。たまに恋を盛り上げるために、思い出すくらいだったわ」
となれば。
コンスタンツェには原作には描かれなかった人生があるのではないか?
原作のままに、メインキャラクターはメイン同士で楽しんでいればいい。
私は私らしく生きていく。
愛していたウィルへルムに棄てられるのは悔しいし辛い。
でも、婚約破棄が決まってしまっているのならば、どうしようもない。
後ろは振り返らずに前に進むだけだ。
しばらくは気は沈み込んでしまうだろうけれど、それも一時的なもの。
心は快復し、いつか辛かったことなど忘れてしまうだろう。
うん、きっとそうね。
「私は自由に生きるわ」
小さく呟き、私は壁に設えられた紐をひいた。
遠くでベルの鳴る音がする。
ほどなくして侍女のアニマが顔を出した。
「アニマ。私、殿下から婚約の破棄を申し付けられたの。もう皇宮には居られないわ。実家へ帰るので準備おねがいね」
「……畏まりました。荷造りが終わり次第、すぐにお発ちになられますか?」
「そうね、そうしてちょうだい」
何故だかわくわくする。
心は痛むけれど不思議と晴れ晴れとした気持ちでいっぱいだった。
第四話目をお送りいたします。
今年最後の更新となります。
読んでいただきありがとうございました。
今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。