26.どうかこのままで。
自分用の天幕へ戻っても私は落ち着かなかった。
うろうろと狭い天幕の中を歩き回る。
シルヴィアがメルドルフに到着してから、明らかにイザークはおかしかった。
騎士としての役目を蔑ろにしているのが傍目で分かるほど、シルヴィアに心奪われていた。
ハイデランドを出てから一緒に過ごしたのはほんの数ヶ月。
この僅かな期間であっても、イザークは私に対して誠実だった。
常に騎士然とし決して本分を忘れることはなかった。
それが酒の席だとしても。
任務中に惚けてしまうことなど考えられない。
となると……。
『救国の聖女』の、原作の強制力。
なのだろうか。
(原作どおりになってしまうのかもしれない。作者の思惑通りにイザークはシルヴィアと恋をするのね。そしてその腕で……)
シルヴィアを抱くのだ。
本心ではイザークに作者の意のままに動いて欲しくない。
シルヴィアの欲望など蹴散らしてしまいたい。
けれど現実的に考えれば国を救う力のある聖女は何ものにも替え難い存在。
そんな彼女の望みは優先されるものだ。
私の手で握りつぶしていい案件でもない。
断ればメルドルフもイザークも咎を受けることになるだろう。
(結局イザーク次第ってことね。信じて任せるほかないわ)
私は覚悟を決めて天幕の外に控えていたイザークを招き入れた。
メルドルフ風の外套に騎士服のイザークは、たしかに色好みのシルヴィアの目に留まるほどの美丈夫である。
無愛想ではあるが顔立ちは整い、日々の鍛錬で鍛えられた身体は男性的な魅力に溢れている。
(作者がシルヴィアにあてがいたくなるのも分かるわ。シルヴィアが欲しがるのも、ね)
私は息を吐きながらイザークに着座をすすめ、話を切り出した。
「イザーク。しっかりと受け止めて欲しいのだけど……聖女様があなたを今夜お召しになりたいとのことよ」
「聖女様が私を、でございますか?」
「ええ。あなたを悪女である私から救い出したいそうよ。話し合いをしたいので寝所に来て欲しいんですって」
イザークは困惑顔だ。
若い女性が待つ部屋へ男ひとりで行く意味が分からない年ではない。
夜伽の相手に行けといわれて諾と応える護衛騎士が何処の世にいるというのか。
「本当のところはね、行かせたくも行って欲しくもないけど」
だがここでシルヴィアに臍を曲げられたら、メルドルフは確実に終わってしまう。
領主としての責任がある。
領民とメルドルフを見捨てることも出来ない。
人身御供としてイザークを差し出すほかないのだ。人として最低だ。
「メルドルフのために断るわけにもいかないの。ごめんなさい、イザーク。役に立たない主人で申し訳ないわ」
「……いいえ、コニー様。お気になさることではございません」
(あなたがシルヴィアに惹かれているのは知ってる。でもね、これを私から離れる好機と思わないで欲しいの)
私は手を伸ばしイザークの頬に当てた。
ほんのりとイザークの体温が伝わってくる。
「コ……コニー様?! 何を??」
イザークの琥珀色の瞳孔が揺れる。
「いい? イザーク。これから何があろうとあなたの主は私だけよ。他の誰でもない。あなたは私の騎士で、私だけのものなのよ。決して忘れないで」
一瞬イザークの口元が緩み、そしてまたいつもの表情に戻る。
瞳に光が走ったように見えたのは気のせいか。
「……御意に」
とイザークは頷き、頬に当てられた私の手を宝物でも扱うかのように丁寧にとるとそっと自らの唇を当てた。
「あなた様の御心を悩ますことはありますまい。行ってまいります」
頭を下げイザークは天幕を出た。
私はその背中を黙って見送るほかなかった。
(この物語はエキストラにひどすぎるわ)
創造主の主人公への愛は強大すぎる。
ゆえに悪役令嬢役の私から全てを奪っていく。
最初は皇太子を。
次はハイデランドの侯爵令嬢としての地位を。
そして。
今度はイザークをも取り上げるのだ。
私には何も残らない。
どれだけ失えば許されるのだろう……。
26話をお送りいたします。
長文の感想を頂きました。
一人で書いていると煮詰まることも多くて、感想をいただけると「読んでくださっている」と嬉しくて嬉しくて……。
ほんとうに皆様、いつもありがとうございます!
最後までぜひお付き合いくださいね。
では、皆様に多謝を。




