02.希望の大地。
***前回のあらすじ***
オッド領へとやってきたロンバートとシェリナ。山に囲まれた不便な土地だが、その領土の村々は思いの外美しく豊かな土地だった。男爵夫妻に手厚い歓迎を受け、2人は領土を見て回る。そんな中、森の中から煙が上がるのを見た2人は、煙の上がる方へと馬を走らせた。
森を進んでいくと、やがて小さな集落が見えて来た。馬の蹄の音に気付いたらしい住人が10人程、手に棒を持ち、こちらを睨んで身構えている。不安そうな顔は襲おうとする様子は見えない。ただこの場所を守ろうとしているのが伺えた。
ロンバートとシェリナは顔を見合せ、馬から降りてゆっくりと彼らへ近づいていく。ザっと住人たちが一斉に一歩引く。
「やぁ。驚かせて済まないね。此処に集落があると知らなかったものだから」
「…何しに来た」
声を発したのは白い髭を蓄えた老人だった。集落の者は皆、一様に酷く痩せていて酷い身なりだ。彼らの住む家と呼ぶにもおこがましいそれは、木の枝を組み、ボロ布を被せただけの集落と呼べない程のものだった。上がっていたのは集落の中央で焚かれた焚き火の煙だったようだ。ロンバートは宥める様に両手を上げ、敵意が無い事を示しながら、やんわりと口を開く。
「煙が見えたから来てみたんだよ。先日この領に来たばかりなんだ。彼女は領主の娘でね。先日婚約をして、領地を見て回っていたんだよ」
「税など払えると思うか?」
老人が吐き捨てる様に言う。
「税を徴収に来たわけでは無いよ。話を聞かせて貰っても?」
老人は暫しにらむ様に見ていたが、手にしていた棒を下ろし、焚き火の方へと招いてくれた。集落の住人は20人足らずで、皆覇気がない。子供の姿も見えたが、走り回る元気も無いようで虚ろな目をして座り込んでいる。
老人はぽつぽつと話し出した。
彼らは元は王都に居たのだそうだ。住む場所も無く、路上で生活をする者達だった。偶々彼らの一人が旅人の話を耳にして、この地ならひっそりと自給自足が出来るのではないかと思ったらしい。数粒の種と数日分の食料だけを持って旅をして、この場所に辿り着いたのだそうだ。が、当然植物が数日で育つはずもなく武器も持たず、森になる木の実などで飢えを凌ぎながら、ここでも王都と変わらず明日生きれるかもわからない生活を一週間程続けていたという。
ロンバートはじっと考え込んでいた。
「ロン?」
「シェリナ。これは俺達に与えられたチャンスかもしれないよ」
ぱ、っとロンバートは顔を上げると笑みを浮かべた。シェリナはきょとんと目を丸くし、小首をかしげる。
「この森、今のところ瘴気は沸いてない様だけど一応確認した方が良いな。俺の私物を売り払えばそこそこの金にはなるし、農作業が得意な者や、ああ、大工も必要だな。一度屋敷に戻って必要なものを洗いだそう。っと、その前に彼らに服や食事も必要だな」
思いつくと即行動。この辺は相変わらずのロンバートだった。シェリナは可笑しそうにくすくすと笑う。老人はポカンとした顔をしていた。
「うん、服は直ぐには難しいけれど食事は何とかなると思うわ」
「取りあえず食事さえ出来れば良いんじゃないかな。俺は急いで手紙を出すからシェリナ、君は食事の方を頼めるかい?」
「うん、任せて」
「それじゃ、おじいさん、また後で! 行こう、シェリナ」
「はい」
突然の来訪者は嵐の様にやって来て嵐の様に去っていく。住人たちはただ、ぽかんと見送る事しか出来なかった。
***
数時間後、男爵家は大騒ぎだった。戻ってくるなりロンバートとシェリナはロンバートに用意された執務室へと籠り、飛び出してくるなり男爵夫妻を捕まえ詳細を話し、屋敷に仕える者総出で近くの村を回り、手の空いているものをかりだした。
ロンバートは男爵の鷹を借りて王都へと飛ばし、シェリナは大急ぎで村の女性の手を借りて食事を作り、荷馬車に乗せて森へと向かう。
おろおろとする住民をそっちのけで有志の女性達が食事を配り、男たちは家を建てる為に地面を整えた。服は無理だが、男爵家から毛布が運び込まれる。
死んだようになっていた集落は、命を得たかの様に活気づいた。
***
「クリス様ぁ──!」
数日後。ロンバートからの手紙を受けた国王からの命令で赤の騎士団、セドリックとクリスティアナ、王宮魔術師のセインがやってきた。シェリナがクリスティアナに駆け寄るのと同時、クリスティアナもシェリナへと駆け寄る。案の定躓いてこけそうになるシェリナを抱き止め、クリスティアナは可笑しそうに笑った。
「久しぶり、シェリナ。相変わらずだね」
「はぅー、有難うございます…。クリス様もお元気そうで。お会いできて嬉しいです!」
「やぁ、クリス。セドリック殿。セイン殿。良く来てくれた」
「ロンバート殿下。あなたも息災な様で」
久しぶりの再会に握手を交わす。
「で? ロン。今度は何をやらかすつもり?」
ロンバートは男爵領に流れて来た難民たちの話を聞かせた。
「彼らの様に街等で貧困に喘ぐ者は少なくないだろう? 街で生きるのは難しくても、自給自足が出来れば十分やっていけるんじゃないかな。そういう者に生活の術を伝えて、この領地の民になって貰えれば、この領は栄える筈だよ。軌道に乗るまでは税は取らず、支援をする。男爵領も裕福なわけじゃないから最初の内は厳しいだろうけれど、俺は彼らを見捨てたくはないし、この地は不便だけれど土地は貧しくないんだ。きっと上手く行く」
相変わらずの直脳だが、ロンバートの描いていた理想には近いかもしれない。ロンバートが王子だった頃の私物である服や宝石を売れば、確かに裕福な生活は無理でも最低限の暮らしを支えるだけの資金にはなるだろう。
「で、君たちには瘴気が沸く地を限定して欲しいんだ。彼らが住んでも問題ないかどうかを調べて欲しい」
「男爵領では年に2度瘴気を払いに討伐隊が組まれています。今のところその場所には沸いていませんが確認をしましょう。水晶が見つかればその場所は安全と言えますし」
セインの言葉に皆頷く。現在確認が取れているオッド男爵領に瘴気が沸く場所は2か所。どちらも小規模だ。翌日から男爵領内の森を見て回ることになった。
***
「ありました。水晶です」
最初に向かったのはあの集落の在った森の中だった。集落の位置から300mという近い場所で、彼らが飲み水に使っていた池の底に、確かに瘴気を払う水晶が煌めいている。
「あの集落の辺りなら井戸が掘れるかもしれませんね。そこに水晶を入れて置けば生活も楽になるかもしれません」
同行をしていたロンバートが真剣な顔でメモを取る。セインは丁寧に瘴気の沸く場所の特徴や注意点などを丁寧にロンバートへと伝えた。
集落の様子を見に行くと、クリスティアナ達に同行していた大工や元王宮の庭師によって家の土台が作られ、地面が耕され、集落の者達がせっせと苗を植えて畑が出来上がっていた。集落の片隅では職人によって石を組み合わせた竈が作られ、大きな鍋から良い香りが漂っている。
覇気の無かった集落の者たちは、木材を運んだり地面をならしたりと、生き生きと動き回っている。明るい子供の笑い声が響いていた。
***
クリスティアナ達はそう長くは滞在が出来ない。幸い男爵領は小さな領土だった。3日程掛けて既に瘴気が沸くことを認識している森を外し、領地の森を見て回る。結果、新たに瘴気が沸く場所は見つからなかった。水晶が無い森が1か所あり、その森には後で見つけた小さな池に水晶を沈めておくことにする。
ロンバートの提案は、いずれ国の為にもなる。それが王家の見解でもあり、集落の者達の様子を見る限り、上手く行く気がする。この地の噂が広まれば、各地から難民がやってくるだろう。彼らをそのまま領民として迎え、彼らに報酬を得る事を教え、働く喜びを教えて行けば、彼らは自分たちで生活することを覚えるだろう。そうなれば領土の税収が見込める様になる。集めた税は彼らに還元をすれば、税に意味が生まれて来る。貧しい者達にとってこの場所は希望の大地となるかもしれない。
迅速な行動が功を制し、ロンバートの評判はうなぎのぼりだ。
ポンコツ王子は水を得た魚の様に、この小さな領土で意外な才能を発揮し始めていた。
遅くなってすみません!先週はちょっと無理でした…。やっとこ更新です。また時間が取れたら更新します。