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仮面を脱ぎ捨てた令嬢 こぼれ話  作者: 鈴森 ねこ
クェレヘクタ国の片隅で
7/13

01.お伽噺の箱庭領

リクエストではありませんが、頂いたご感想よりロンとシェリナのその後のお話です。

「ロン、見えて来たわ! あれがオッド領よ!」


 柔らかいミルクティーブラウンの髪が、風に踊る。馬車から身を乗り出す様にして、彼女が眼下を指さした。疲労困憊で馬車の中に積まれたクッションに埋もれる様に座っていた元王太子、ロンバートは、のろりと青ざめた顔を上げ、直ぐに目を見開いて感嘆の声を上げた。

 平坦だったのは最初の半日だけで、酷く荒れて曲がりくねり、時々窪みに車輪を取られながらひたすら山道を登る事2日、高い山の上が開けた。木々の向こうに広がるのは、高い山に囲まれた谷に広がる青々とした大地。小さな森に囲まれた小さな村が3つ。点の様に見えるのは恐らく家畜だろうか。赤い屋根の教会に、ぽつぽつと疎らに立つ石造りの屋根が素朴な風合いの家々。サァっと心地の良い風が渡っていく。小川が幾つも筋を作り、日差しに反射し煌めいている。ゆっくりと、風車が回っているのが見えた。


 それは絵本にでも出て来そうな風景だった。小さい、箱庭のような世界がそこにあった。


「何だか妖精でも出てきそうだ」


 ロンバートが笑って言うと、彼女──シェリナは、花が綻ぶように嬉しそうに笑った。


 馬車はガタゴトと曲がりくねった山道を下っていく。


***


 シェリナの生家、オッド男爵家は、これまた絵本に出て来そうな可愛らしい屋敷だった。緩やかに弧を描く柔らかな草がそよぐ丘の上へと続く細いレンガの石畳。低い石垣にはこんもりと茂るクランベリーの植え込み。ハニーカラーの石作りの外壁と層になった石を薄く割った古い石材の屋根は所々苔むしている。屋敷の窓に向かい伸びる蔦さえも、一枚の絵の様だ。素朴な花が至る所に咲き乱れ、大きな楡の樹の枝からは、麻のロープで木の板を括っただけのブランコが風に揺れている。


「これは……。素晴らしいな……」


 ロンバートは胸が高まった。王都の煌びやかな建物とは違う。素朴で、暖かく、優しい。何処か懐かしささえ感じるこの場所は、まるで愛しい彼女──シェリナそのものの様な印象を受けた。


「凄い田舎でしょう? 貴族の屋敷って感じじゃないと思うけど、私はこの家が大好きなの」


 小走りにレンガの道を駆け上がるシェリナの後を、ロンバートはゆっくりと上がって行った。想像していた場所とは遥かに違う。何て美しい場所だろう。ロンバートは一目でこの領地が、男爵の家が好きになった。

 シェリナは子供の様に走っては、いつもの様に躓いて、ふわりと柔らかな草の上に転がっている。楽しそうな笑い声は、天使の祝福の様にさえ聞こえて来る。

 この小さな世界で、お伽噺の様に、優しい魔法を目覚めさせた少女。そよ風と戯れるミルクティー色の髪の妖精の様な娘。そんな彼女に、王都のドロドロとした空気は似合わない。改めて、ロンバートは、こうなって良かった、と思った。

 自分のした事が間違いだったのは判っている。それでも、もしもあのままクリスティアナを断罪することなく、和解によってシェリナを王妃に迎えて居たら、寧ろその方がずっと罪深い事だったのではないだろうか。この優しい世界に生きて来た彼女を、虎視眈々と命を狙う魑魅魍魎の蠢くあの魔窟に閉じ込める事になっていたかもしれないのだ。


 ロンバートは、爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


***


「シェリナ!」

「お母さぁん!」


 2人の到着にウォルズ=オッド男爵とその妻、アンナが出迎えた。久しぶりの対面にアンナの瞳に涙が浮かぶ。大きく広げた母の腕に、シェリナは小さな子供の様に飛びついた。ウォルズもアンナも、貴族と言うには随分と質素な装いで、その生活の慎ましさが伺える。ウォルズがロンバートに気づき、佇まいを直した。


「このような辺境の地へようこそおいで下さいました。ロンバート殿下」

「よして下さい。私はもう王子ではありません、義父上。オッド男爵領がこれほど素晴らしい場所とは思いませんでした」


 屈託なく子供の様に笑うロンバートに、ウォルズもアンナも、嬉しそうに笑みを浮かべ、ほっと肩の力を抜いた。


***


 オッド男爵家の生活は、見た目通りだった。食卓に並ぶ素朴だが貧しくはない暖かい食事。ベッドはお日様の香りがして、豪奢ではないがたっぷりと日差しを受けてふんわりと心地がいい。

 オッド男爵の仕事は、ほぼ一日屋敷の中で屋敷に仕える者からの報告を受けて書類と向き合う格好だが、あえてロンバートは男爵へ頼み込み、1週間ほどかけてシェリナの案内でオッド領を見て回る事にした。直に自分の目でこの領地の営みに触れてみたかったのだ。


 小さな箱庭の様な村は、一軒一軒が遠い。まだ青い小麦の畑に葡萄畑。芋や豆、トウモロコシなどが栽培されていた。農場も多く、牛やヤクやヤギが放牧をされている。

 

「特産はね、葡萄酒なの。此処は夏暑くて冬は寒いから、子供の内から暖を取る為に温めた葡萄酒を飲む習慣があるの。ヤクのチーズも美味しいのよ」


 領地を案内すると言ったシェリナは、なんと勇ましくひらりと馬に跨り、自ら馬を駆ってロンバートを案内した。此処での交通手段は主に馬で、子供でも馬に乗れるのだそうだ。何もない所でも躓いてすっ転んでいた娘とは思えない凛々しい姿にロンバートは思わず笑ってしまう。新しい一面を見れて、こういうお転婆なシェリナも可愛らしいと愛しさが募った。


「──ん?」


 ロンバートは視界の端に何かを見つけて馬の首を返す。

 先を走りかけていたシェリナが馬を止めた。


「ロン? どうかしたの?」

「あそこにも集落があるみたいだけど」

「え?」


 ロンバートが指さした方角。そこは小さな森が点在するあたりだった。森の中から白く筋を描き、煙が立ち上っている。


「あそこには村は無かったはずだけど…」

「ちょっと行ってみようか」


 二人は顔を見合せ頷き合うと、煙の見えた森へと向かった。

ご閲覧 有難うございます!

オッド領のお家のイメージは、イギリスのコッツウォルズと言う田舎町の伝統的なお家です。すっごく素敵で、いつか行ってみたい所。お暇な時にググってみてくださいw(ご存知かもしれませんが)

ちょっと予定よりも遅れてしまいました;続きはまた時間を作って綴りますが、1週間後くらいになるかもしれません。

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