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03.恋心。

***前回のあらすじ***

森で拾った青年ダグは、順調に回復を見せた。ある日水浴びをしに川へと向かったユスは、少し戻りが遅くなってしまう。急いで戻ろうとしたユスの前に、野生のグリズリーが現れた。死を覚悟したユスを助けに来たのは、ダグだった。ユスはダグに強く抱きしめられた。気が緩んだユスは、ダグに縋りつき、子供の様に泣くのだった。

 大分落ち着いて来たころに、私はダグに手を引かれ、小屋へと帰った。ぎゅっと握ってくれる手は、大きくて暖かくてごつごつとした男らしい手だった。繋いだ手に、引き込まれて行くみたい。とくん、とくん、とやけに大きく鼓動の音が聞こえる。視界に入る大きな背中から、目が離せない。


 ──すき。

 わたし、あなたが好きです。

 お願い。帰ってしまわないで。

 わたし、ずっと傍に居て欲しい。

 あなたに、傍に居て欲しい。

 どこにも、行かないで。 私を、一人にしないで。


 自然と浮かんだその想いは、口に出来ずに仕舞いこむ。だって、きっとこの人と私は身分が違う。いつかこの人は記憶を取り戻し、帰ってしまうのだろう。私の手の届かない、遠い場所へ。


 だから、言えない。この気持ちは、消さなくちゃ行けない。叶う筈のない恋心。怖さで止まった涙が、また溢れて来る。

 ──良かった。今なら、きっと変には思われない。怖くて涙が止まらないだけだと思って貰える。私の気持ちは、表に出してはいけないものだ。私はぽろぽろと溢れて来る涙を堪えずに、そのまま小屋に着くまで泣き続けた。


***


 ユスは、よっぽど怖かったのか、ずっと泣き続けている。時々しゃくりあげる声が聞こえてくる。俺はどうすれば良いのか分からなくなる。ただ、胸が酷く締め付けられて、ユスが愛おしくて堪らなかった。


 ユスの帰りが遅くて、不安になった。

 何かあったんじゃないかって思ったら、居てもたってもいられなくなった。

 獣の咆哮に心臓が止まりそうになった。

 小さなユスの前で立ち上がる巨大な獣の姿が恐ろしかった。

 ユスが殺されると思ったら、全身の毛穴から血が噴き出しそうな程恐ろしかった。

 怪我が無いのを確認して、心の底から安堵した。

 抱きしめたユスの小さな体は震えていて、壊れそうな程に脆い硝子細工の様で、胸が締め付けられた。

 俺は、この子を護りたい。命に代えても護りたい。

 離したく、無い。


 ──俺は、この子が好きなんだ。


 俺はユスの手を握って歩く。すんっと鼻をすする小さな音がずっと聞こえている。繋いだ手は、小刻みに震えていて、抱き上げてしまう勇気が無い自分が情けなくなる。何か、話さなくては。少しでも気がまぎれる様に。なのに、言葉が1つも浮かんでこない。ただ、想いだけが溢れて来る。


 結局、一言も口を利かないまま、俺はユスを小屋へと連れて帰った。


***


 あれから、特に何事も無いまま、日々は過ぎて行った。

 ダグの記憶は戻らないまま、季節は移り替わり、少しだけ、私とダグの距離は縮まった気がする。それは、冬が迫ったある日の事だった。


「ちょっと街に行って来ようと思うんだ」

「街に?」


私は少し、不安になる。ダグが居なくなってしまいそうな気がして。ダグはあの時身に着けていたものを整理していた。


「幾つか要らない荷物を売って来ようと思うんだ。少しは金になりそうだしね。冬も近いし色々入用になるだろ?俺にはもう必要ないから」

「──良いの?」

「うん」


 ダグの眼が優しく細められて、その笑みに私の胸がどきんっと跳ねる。


「それじゃ、私も村まで行くから……。途中まで一緒に、いこ?」

「ユスも買い物? 付き合おうか?」

「ううん、大丈夫」


 私の用事は直ぐに済む。私はケープのフードを目深に被った。


「前から気になってたんだけどさ。ユスは何で髪隠してるの?」

「え? ……だって、私の髪も瞳も、気味が悪いでしょう?」

「え? どこが? 妖精みたいで綺麗だけど。俺は好きだよ。ユスの瞳もその髪も」


 私は頬がかっと熱くなる。


「ダグだけだよ。私を見てそんな事言うの。村の人たちは怖がるから」

「そっかー。勿体ないなぁ。まぁ、俺は独り占めできるからいっか」


 ……嬉しい。ダグが好きと言ってくれるなら、ずっと嫌いだったこの髪も瞳も、少しだけ好きになれそう。小屋を出ると、ダグの手が、躊躇いがちに私の手を握る。私の胸がキュっとなる。そっと握り返したら、ダグが嬉しそうに笑うから、私も釣られて笑みが浮かんだ。

歩きながら、指先を絡める。朝の森を、ゆっくり歩く。デートみたい。木漏れ日がきらきらしてとても綺麗。時々駆け抜けるリスを見たり、ダグが咲いていた綺麗な花を摘んで私の髪に挿してくれたりした。


 時間が、止まってしまえばいいのに。今のこの時が、永遠だったらいいのに。


***


 ユスの手を握る。拒まれるかと思った。俺が近づきすぎると、ユスは不安そうな、悲しそうな顔をして気づかないふりをして避けようとするところがある。ユスが何に怯えてるのかは俺にも少し判る気がする。

 だけど、その日のユスは俺の手をきゅっと握り返して、頬を染めて恥ずかしそうに微笑んでくれた。どきりと鼓動が跳ねる。溜まらなく可愛くて愛おしい。俺が笑みを向けると、ユスもふゎっと花が綻ぶように笑ってくれた。

 ──本当に、このまま独り占めしてしまいたい。


 朝の森の空気は澄んでいて清々しい。リスや花をみては、ふわりと表情を和らげるユスは、本当に妖精の様だ。

 ユスが木の根元に咲いていた桃色の花を見て小さく可愛いと呟くのを見て、俺はその花を摘んでユスの髪に挿した。

 嬉しそうに、恥ずかしそうにユスが笑う。この笑顔をずっと見ていたくなる。


 時間が止まってしまえばいい。今のこの時を切り取って、永遠になれば良い。


***


「この道をまっすぐ行くと街に出るよ」

「ああ、判った。帰り怖かったら村で待っていてくれてもいいよ? 出来るだけ急いで戻るから」

「……大丈夫。私も遅くならない様に戻るから」

「ん。それじゃ、また後で」

「うん。いってらっしゃい」


 私はダグと別れ、村に向かった。

 村の中はいつもと空気が違う。コンフォート砦から来た騎士が村の人と話をしていた。


「あ、あの子だよ」


 村人の一人が私を指さす。私はどきりとした。

 ……ひょっとして。この人たちは、ダグを迎えに来たのかもしれない。

 幸せで、あんまり幸せで、静かに時が流れたから、私はいつの間にか忘れていた。ダグが、帰ってしまうかもしれない事を。私を置いて行ってしまうかもしれない事を。


 ──嫌。ダグを、連れて行かないで。私からダグを引き離さないで。お願い、そっとしておいて。私達の事は放っておいて。


 ゆっくりと、騎士が私を振り返る。足が震えて動けない。私の前まで来た騎士が、私を覗きこむ様にして言葉を紡ぐ。聞きたくなかった、終わりを告げる言葉を。


「人を探しているんだ。ダグラス=ルトラールと言う男だ。鳶色の髪と瞳。背は私と同じくらい。あなたが彼らしい人と一緒に居るのを見たという者が居るんだが」


 ──恐れていた日が、来てしまった。

ご閲覧有難うございます! お待たせしてすみません。今日か明日、このお話の最終話を投稿する予定です。

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