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02.灰色熊。

***前回のあらすじ***

色が全て抜けてしまったかのような白い髪。血の様に赤い瞳。白すぎる肌。ユスは、村人たちから森に住む魔女と恐れられていた。ある日ユスは薬草を採りに行った森で崖の上から落ちて来た青年を拾う。数日後に意識を取り戻した青年は、ダグと呼ばれていたこと以外の記憶を全て失っていた。

「だっ……駄目ですダグさん、まだ動いちゃ……!」

「ああ、おはよ、ユス。大丈夫大丈夫、片腕だけだからー。なんか身体動かしてないと落ち着かないんだよね」


 朝、食事を作っていたら、ダグの姿が見えなくなった。心配になって窓の外を覗いたら、彼は小屋の外で片腕だけで腕立てをしていた。まだ傷が治っていないのに。私は慌てて小屋の外へと飛び出して止めたけれど、彼はケロっとした顔で陽気に笑う。

 彼はやんちゃな子供みたいな人だった。体を動かしていないと落ち着かないと言うのは本当みたいで、目を離すと直ぐに木の枝にぶら下がって懸垂をしていたり、片腕だけで薪割を始めたりと、じっとしていてくれない。私は傷が開くんじゃないかと心配をしたのだけれど、彼はびっくりするくらい早い速度で傷が癒えて行った。


***


「──あれ? ユス、何処か出かけるの?」


 彼の傷も大分良くなったから、私は桶を片手に小屋を出た。彼は小屋の外で剣を手に素振りをしていた。


「うん。ちょっと水、汲みに行ってくる」

「ああ、危ないから付き合うよ」


 此方に近づいて来た彼を、私は慌てて引き留めた。


「すぐそこだし、大丈夫よ。それに、その……水浴び、してきたいから……」


 私は恥ずかしくなって声が小さくなる。彼の顔がかぁっと赤くなり、慌てた様に視線を逸らした。


「ご、ごめん!」

「ううん!……じゃ、行って来る。直ぐに戻るわ」


 私も彼の顔が見れなくて、桶を抱えて走って川へと向かった。


***


 いつも水を汲む私の小屋に近い川は、少し上流にあるので、水浴びをする時は下流に下る。流れが速くて危ないから。私が水浴びをする場所は、岩で流れがせき止められていて、流れが緩やかで腰の辺りまでの深さのある窪みがある。少し水が溜まった格好になっているから、他の所より幾分水の温度が高い。丁度服を置ける岩もあるし、岩の影は身体を隠すことも出来る。

 私は周囲を見渡して、獣や人の姿が無い事を確認してから、服をたたんで川の水に身体を浸す。

 普段は沸かしたお湯に布を浸して体や髪を拭くだけだけれど、時々川へ来て身体を洗う。川の水は身を切る様に冷たいから、浴びれる時間は短いけれど、さっぱりして気持ちがいい。私はこの水浴びが大好きだった。彼の傷が癒えたら、彼にもこの場所を教えてあげよう。


 私は汗を流し、着替えを済ませると、上流まで戻って水を汲んだ。

 ちょっと遅くなっちゃったかな。急いで戻らないと。私は水の入った桶を持ち上げて、小屋への道を辿り始めた。


 ──ふと。何かの視線を感じた。私の心臓が嫌な音を立てる。小さく、何かの息遣いが聞こえる。私はそっと自分の胸元に手をやって、はっとなった。いつも首から下げていた水晶のペンダントを、急いでいてさっきの上流に忘れてきてしまっていた。


 ……どうしよう……。身体が、震える。ゴクっと喉が鳴った。そろ、と肩越しに振り返る。そこに居たのは、野生の灰色熊だった。私はヒっと息を飲む。灰色熊が出るのは、もっとずっと森の奥の筈だ。迷って出たのだろうか。


 ──パキン。


 私はハッとした。思わず後ずさった私は、小枝を踏んでしまった。私の立てた音に、威嚇する様に首を振り、熊が後ろ足で立ち上がる。地鳴りの様な咆哮に思わず手放してしまった桶がガラーンと音を立てて地面に落ちる。水が周囲に飛び散った。

もう駄目────────!! 私はぎゅっと目を瞑った。

茂みがけたたましい音を立て、ザッと私のすぐ傍で、土を蹴るような音が聞こえた。


 ……何も、起こらない。

 恐る恐る目を開けたら、目の前に大きな背中があった。

 ダグ……さん……?


 彼はヒュっと息を吸うと、風の様に灰色熊に向かっていった。私は怖くて溜まらないのに、彼の背から目が離せない。振り被った熊の前足が深く身を沈めた彼の頭上を通過する。スパーーンと熊の腕が飛ぶ。断末魔の咆哮が響く。流れる様に彼の剣が弧を描き、熊の喉を深々と貫いた。灰色熊はそのままゆっくりと後ろへと倒れる。大きな音がした。


 私はその場にずるずると崩れ落ちた。


 彼の背中は大きく上下していた。……走って来てくれたの? 遅くなった私を迎えに? 魔女だと恐れられている、こんな私の為に……?


 彼が私を振り返る。返り血を浴びた彼を、私は怖いとは感じなかった。焦った顔で彼が駆け寄ってくる。汚れることも厭わずに、彼は私の前に膝を付いた。


「ユス!! 大丈夫? 怪我無かった?!」


 私は肩を強く掴まれた。上手く、声が出ない。目頭が熱くなった。私は何度もこくこくと頷いた。彼の腕が、伸びて来る。伸ばされた腕は私の背へと回されて、そのまま力強く、抱きしめられた。


「──焦った……」


 はぁ、っと彼が息を吐きだす。そのまま私の肩へと顔を埋めた。私は胸が熱くなった。ほっとしたのと、怖かったのと、彼が来てくれて嬉しいのと、心の中がぐちゃぐちゃになった。ぎゅっと彼の背中に手を回す。堰を切った様に涙が溢れだした。


「こわ……かった……っ!」

「……うん。怖かったな……」

「怖かった!怖かったぁ!」

「……うん、ユス……。大丈夫。もう大丈夫だから」


 私は、子供の様に泣いた。泣きじゃくる私を、彼はずっと抱きしめていてくれた。




ご閲覧有難うございます! また時間が取れたら続きを書かせて頂きます。 

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