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仮面を脱ぎ捨てた令嬢 こぼれ話  作者: 鈴森 ねこ
クェレヘクタ国の片隅で
11/13

05.命の息吹。

***前回のあらすじ***

シェリナのお腹に新しい命が宿った。大喜びのロンバートだったが、長いつわりが終わるとシェリナは大きなお腹でぱたぱたと動き回る。見舞いに来たクリスティアナはそんなシェリナを叱るが、赤ん坊がお腹を蹴ると聞くと、表情を緩めるのだった。

 シェリナのお腹は日増しに大きく膨らみ、臨月を迎え、その日はやってきた。


「──シェリナ?」


 深夜に小さな呻き声と、ごそごそと体を起こす気配にロンバートは目が覚める。蝋燭に明りを灯すと、シェリナが顔を顰め、お腹を押さえて蹲っていた。


「シェリナ、大丈夫か?!」

「う、ん…。お腹、が…あいたたた…」


 ついに陣痛が始まった。


***


 大急ぎで使用人に医者を呼びに行かせ、侍女頭の指示で急いで湯を沸かし綺麗な布を部屋へと運び込む。

 

「シェリナ、シェリナ大丈夫か?」

「うん、今は大丈夫よ。 ──ぁ、また来た…。 いた…っ。いたたたた…っ」


 波の様に痛みが押し寄せては引いていく。シェリナは汗びっしょりだ。ロンバートはなすすべなくおろおろとシェリナの手を握り、腰を擦っていた。


「奥様、ケーキを召し上がられますか?」

「こんな時に何を呑気な!!」


 カラカラとワゴンを押して来た侍女頭がニコニコとそんなことを言う。痛みに必死に耐えるシェリナの力は手の甲に食い込む程に強い。愛らしく儚げな妻がどれほどの痛みに耐えているのかとテンパりまくっていたロンバートは思わず声を上ずらせ怒鳴りつけるが、当の侍女頭はシレっとした顔だ。


「──っふぅ…。あ、ありがとう、貰うわ。わぁ、美味しそうね! ミルクティを淹れて貰える?」

「はい、畏まりました」

「……」


 ロンバートの焦りなどどこ吹く風、当のシェリナは額の汗を拭うと、ケロっとしてケーキをぱくつき始める。ちょっと状況に付いていけない。


「旦那様? お産と言うのは体力勝負なのです。陣痛の合間にお食事をしたり身体を動かす方が宜しいのですよ」

「で、でも今まであんなに痛がって…!」

「出産というものは殿方であれば痛みのあまり死んでしまう事もあると言われております。痛がるのは当然でございましょう」

「死…ッ!? シェリナは大丈夫なのか!?」

「万が一が起こらない様にわたくし共も待機しておりますでしょう? 宜しいですか、旦那様。妻というものは命がけで子を宿すのです。出産とは女にとっての戦場に御座います。奥様が覚悟を持って戦っておられるというのに旦那様がそのようにうろたえて何としますか。しゃんとなさいませ」


 その覚悟を決めた妻は幸せそうな顔でおいしーっとケーキをパクついているのだが。


「あ、また来た…いたたたたっ」

「シェリナあああぁぁ!」


 そんなやり取りが何度も続き、痛みの幅はどんどん短くなっていく。呼びに行った医師が到着したのは、1時間ほど経った頃だった。


「遅いっ!!」

「まだ始まりませんって」


 のらりくらりと医師が告げる。心配のしすぎで胃に穴が空きそうだ。


「奥様、痛みはいかがですか?」

「そろそろ、我慢できなく…あいたたたたた…」

「ああ、でしたらまだですね」

「──は?」


 ロンバートが目を剥いて問いかけると、医師はほっこりと笑った。


「我慢できる間はまだまだ。我慢の限界超えてからやっと本格的なお産になりますので」


 ──出産怖い。あらぁ~と汗だくのまま笑みを浮かべる妻に愕然とする夫だった。


***


「シェリナ!? シェリナしっかりしろ──っ!」

「大声を出さないで下さいまし。奥様は今痛みを逃がしておられるのですからお話など出来ません」


 ロンバート涙目。その後ろで澄ました顔で侍女頭が淡々と告げる。

 シェリナはと言うと、シーツをぎゅーっと握りしめ、虚ろな目で宙を見つめ、ふー、ふーっと静かに息を吐いている。これホントにヤバイんじゃないかと思える表情だ。


「ぼちぼちですね。旦那様はご退室を」

「なんだと?! こんな状態のシェリナを残して──あぁッ!?リドリー何をする!?」


 問答無用とばかりにロンバートの腕を両手で掴み、侍女頭が引きずる様にロンバートを部屋の外へと追い出した。


「宜しいですか。お・し・ず・か・に」


 部屋の外に追い出されたロンバートは往生際悪く部屋への乱入を試みるも、侍女頭の真顔に押された隙に扉がばたんと閉まる。

 ロンバートはそのまま後ろへと後ずさり、背中に壁が当たると、そのままずるずると座り込んだ。


「神よ…。ああ、神よ…。どうかシェリナを、子供をお守りください…」


***


「はい、大きく息を吸って──はいっ!」

「ん”───────────ッ!!」


 部屋の向こうでは一体何が起こっているのか。

 聞いた事も無いシェリナの切迫したような声にロンバートは熊の様にうろうろと廊下を歩き回り、神に祈り、扉に張り付いて聞き耳を立てた。

 まだか。シェリナは大丈夫なのか。子供は大丈夫なのか。

 妻の呻きが聞こえる度にロンバートも釣られて奥歯をギリギリ噛みしめて「ん─────ッ!」と力んでしまう。

 まさか出産がこれほど壮絶だとは。

 あのか弱い妻がこれほどの事に耐えられるのだろうか。女性は皆こんな風に子を産むのか?凄すぎる。


「さぁ、もう一息ですよ。すってー、はいてー、はいっ!」

「ん”ん”─────────ッッ!!」


 シェリナの声はもう悲鳴まじりだ。何もしていないロンバートも息絶え絶え。いつまで続くのかと思ったその時、ふにゃっと小さな別の声が聞こえた。

 扉の向こうから歓声が上がる。その声は徐々に大きくなり、元気な産声に変わる。


「う…うま、れた…?」


 ロンバートはべたりと扉に張り付いた。おぎゃぁ、おぎゃぁっと確かに赤ん坊の声が聞こえる。ロンバートの胸は歓喜に震えた。


「シェリナ!! シェリナっ!!」


 居てもたっても居られずに扉をばんばんと叩いた。ガチャっと音がして扉が開かれる。

 侍女頭の腕には、両手にすっぽり収まってしまう程小さな赤ん坊が抱えられていた。


「おめでとうございます、旦那様! 元気な男の子で御座いますよ!」

「男の子か…!!」


 赤ん坊は布に包まれ、小さな手足を揺らしている。──なんて。なんて愛らしい。


「シェリナ!」


 ベッドの上で体を起こし座っているシェリナが、いつもの穏やかな笑顔で笑っていた。

 ロンバートは吸い寄せられる様にベッドへと駆け寄る。


「シェリナ…!」

「ロン…!」


 きつく手を握り合う。ロンバートの目から涙が溢れた。


「シェリナ…。シェリナ、良く頑張ってくれた…。有難う…。 お医者様も…ありがとう…。有難う、御座いました!」


 ロンバートは、この日心の底から感謝の言葉が口を付いてでた。

お待たせしました!割とリアルな出産風景になったかなー。次はまた時間が取れたら更新します。このお話は後1話くらいです。

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