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07 キツネの嫁入り

 一人じゃなくなって嬉しくなったオレは子ギツネを肩に乗せ、足取り軽やかに家路を急いだ。


 ただ、その日はオレも子ギツネも疲れはてていたので、洞窟に帰ったとたん耐えがたい眠気が襲ってきてすぐ灰のベッドに横になった。

 子ギツネもオレの体にピッタリと引っ付いて眠っていた。

 モフモフする体毛の感触と伝わってくる体温が心地よかった。


 起きておはようと言える相手のいる生活はオレにとって久しぶりで、毎日朝起きるのが楽しみだった。

 子ギツネはオレがどこに行くにもついてきたし、オレの肩の上に乗ってお出掛けするのがとても楽しいようだった。


 子ギツネは不思議と物知りでオレに薬草について教えてくれたり、食べられないキノコを教えてくれたりした。

 オレは引っこ抜いた薬草に触ると灰になってしまうので、子ギツネは自分で器用にくわえて持って帰り、薬草をつぶして軟膏を作って右足に塗り込んでいた。


 それに、子ギツネは不思議なまじないが使えるようでフェンリルのように光らせた尻尾でオレの足を撫でるとすぐさま痛みが収まった。


 教えてもらいっぱなしでは悪い気がしたので、薬草やキノコのことを教えてくれたお礼にとっておきの温泉のわく場所を教えてあげた。

 オレは普段はお湯を浴びるだけですませているが、一緒に入ろうとせがまれたので、子ギツネと一緒に温泉に入った。

 危うく温泉を全て灰にしまうところだったので慌てて出たけどね。

 二人で温泉から慌てて出たことすら面白くて、オレと子ギツネはいつも笑っていたような気がする。


 そして、一週間が過ぎた。


 ☆★


「もう右足も痛くないみたいだな」


 オレは子ギツネの右足を前後左右に動かす。


「クウン」


 子ギツネは頷き、洞窟の中を駆け回って見せた。

 フェンリルに襲われていたときみたいに、右足をかばっている様子はない。


「キュウン?」

 

 子ギツネはオレの足にすり寄ってオレを見上げた。


「あ、オレの足か?」


 子ギツネはフェンリルの身体を駆け回ったときの足の傷を心配してくれているようだ。


「すぐ直ったよ。

 お前のまじないのお陰かもな」


 子ギツネは背筋をピンと伸ばして得意そうにしていた。


「キュウウン」


 子ギツネはオレの体をかけあがり、オレの肩に乗るとオレの顔に引っ付いて頬をペロペロとなめた。


「はは、くすぐったいってば」


 子ギツネはじっとオレを見つめた。


「もう足も治ったから、好きな場所に行ったっていいんだぞ」

「キュウウン」


 子ギツネはオレにすり寄ってきた。


「ん? オレと一緒にいるって?

 そうか、それなら嬉しいけど」


 オレは子ギツネをつかんで、オレの右肩に乗せた。


「キュウ」


 子ギツネはオレを真剣に見つめていた。


「どうしたんだ? 真剣な顔をして」


 一週間ずっと一緒にいたからオレは子ギツネの表情の変化も読み取ることが出来るようになっていた。


「……キュ」


 子ギツネはオレの肩に体を預けてきた。


「……クオン」

「どうした、甘えてきて」


 子ギツネは意を決したようにオレの首をなめてきた。


「ちょ、ちょっとくすぐったいよ」


 オレはこそばゆくって立っていられなくて座った。


「甘えたいのかな、じゃあオレも」


 珍しくオレが子ギツネの耳を撫でた。


「キュ、キュキュキュ!」


 子ギツネの体表は真っ赤になっている。


「もし、お前が良ければずっとオレと一緒に居てほしい。

 一週間、とても楽しかったから」


 オレはこの一週間のことを思い出し、自然と笑顔になった。


「キュウウウウウンン!」


 子ギツネは、勢いよくオレの胸に飛び込んできた。


「わわ、捕まえた」


 オレは子ギツネを両手でぎゅっと抱きしめた。


「キュウウウウウウウ」


 子ギツネは暑いのか、真っ赤になって尻尾をぐるぐると回転させている。


「捕まえたから、お前はオレのものだぞ」

「キュ?」


 子ギツネは目を白黒させていた。


「ずっとオレと一緒だからな」

「キュウウウウウウウウ」


 子ギツネは真っ赤になってオレの胸から飛び出して尻尾をぶんぶんと振り回した。


「クオン」


 子ギツネは尻尾を大きく振ると、体を赤くして一目散に走り去った。


「おい、どこにいくんだよ!」


 オレの問いかけに答えることなく子ギツネはひた走り、あっという間に見えなくなった。


「え、どこにいくんだよ!」


 オレは突然走り去っていった子ギツネに呆然としていた。


 ☆★


 少したって我に帰ったオレは子ギツネを探して歩き回った。

 このあたりは魔獣がウロチョロしている。魔獣に食べられていはいないかとオレは心配になって辺りを探し回った。


「子ギツネー、オレはここだぞー。

 ケガしてないか。

 子ギツネー、子ギツネやーい」


 ……夜になるまで森を探し回っても子ギツネは見つからなかった。


「ただいま」


 洞窟に戻ったオレは子ギツネが戻ってはいないかと声をかけてみたが、静まり返った洞窟はなにも答えてくれず、オレと子ギツネが寝ていた場所には白い灰だけが残っていた。


 はは。

 わかっていたさ。


 オレと子ギツネとは足が治るまでの関係だったんだ。

 

 もう、戻っては来ないんだ。

 だって用は済んだんだから。


 守ってあげた。薬草のことをおしえてくれた。

 キノコについて教えてもらった。

 温泉を教えてあげた。


 ただ、それだけ。


 でも、頬をなめてくれた。

 温泉にも入った。

 頭を撫でてあげた。

 肩に乗せて一緒に森を駆け回った。

 まだお前を乗せてた肩が暖かいような気がするんだ。

 

 名前も知らない子ギツネ。

 オレたち、友達だったよな。

 一週間、楽しかったよな。

 

 それなのに、名前も知らないんだ。

 今度会えたら、お前の名前を聞くんだ。


「オレの名前はアッシュ、アッシュ・シルバーマン!

 名前も知らない子ギツネ、また会えたらお前の名前を教えてくれよ!」


 オレは力一杯叫んだ。

 ……もう一度だけでいいから、話がしたいんだ。

 

「聞こえましたよ、アッシュ様」


 洞窟の入り口から声がした。


 まさか、戻って来てくれたのか!


 オレは洞窟の入り口へ急いだ。


「子ギツネ!」


 全速力で入り口へ急いだオレは何かとぶつかった。


「キャアアア」

「ご、ごめん」


 オレはぶつかったソレに馬乗りになってしまった。


「もう、慌てすぎですよ」


 ヒト型のソレは白一色の着物とか言う東方の服を着ていて、白い帽子をかぶっていた。


 ぽよん


「ぽよんってするよ」

「そこはぽよんとするものですよ、アッシュ様」


 オレは白い服の美人に馬乗りになって胸を鷲掴みしていることに気付いて慌てて飛び退いた。


「わわ、ごめん……キミ、だれ」

「アッシュ様、少し会わないだけで私を忘れたのですか」


 起き上がってきた白一色の服の人は銀髪をきれいにまとめていおり、瞳は赤く輝いていてとても美しかった。


「だれなの?

 こんなに美しい人をオレは知らないんだけど……」


 でも、オレを見つめる笑顔はどこかで見たような気がしていた。


「あら、美しいなんて言われると照れてしまいます。

 ……すぐに私のこと思い出させてあげますからね」


 オレより背の高い銀髪の美人がオレに抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと……」


 オレは美人に抱きつかれてたじろいでしまった。


「何度も抱きしめてくれたではないですか」


 銀髪の美人はオレの胸に手をあてた。


「……身に覚えがないよ」

「そ、そんな……」


 しょんぼりしているようだが、記憶にないものはないんだ。そもそもこんな美人を抱き締めたのならオレだって覚えているはずだけど。


「では、これならば思い出してくれますか?」


 銀髪美人は舌を出し目を細めて笑い、オレの頬に両手で触れた。


「な、なにを……」

「アッシュ様、私はあなたをお慕いしております」


 銀髪美人はそう言うと、オレのほっぺをペロペロとなめた。


「この、感触は……」

「ようやく思い出して頂けましたか。

 私は『クズノハ』『クズノハ・テンコ』」


 クズノハと名乗った美人は深々と礼をした。クズノハの胸元の大きな金色の鈴が揺れていた。


「アッシュ様に助けられた子ギツネでございます。

 ヨメ入り支度を済ませて参りました。

 アッシュ様のプロポーズつつしんでお受けいたします!」


 クズノハは顔を真っ赤にしながらオレに抱きついてきた。 

お読みいただきありがとうございます。

メインヒロイン『クズノハ・テンコ』登場回です。


「面白かった」「続きよみたい」

と少しでも思っていただけのであれば、

ブックマーク、評価等頂ければ更新の励みとなりますので、よろしくお願いいたします。

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