06 フェンリルと決闘
「コウカイ スルナヨ」
フェンリルはそう告げると口を大きく開け、オレたちへ向けて青白いブレスを吐いた。
オレは横に飛び退いて避けたが、ブレスの効果範囲の地面や木々がカチンコチンに凍らされていた。
「ブレスが身体をかすっただけで凍って動けなくなりそうだな」
「クゥン」
オレの肩に乗った子ギツネが心配そうにオレを覗きこんだ。
「大丈夫、避ければいいんだ」
子ギツネを安心させるようにオレはニイっと歯を見せて笑いかけた。
「オレの心配はいいから、振り落とされないようにしろよ。
行くぞ!」
「コーン!」
よし、いい返事だ。
オレは真正面からのブレスを警戒し、弧を描くように疾走してフェンリルへ近づく。
子ギツネはオレにぎゅっとしがみついてきた。
しっぽがモフモフする。
「グルルァ!」
爪でオレを切り裂こうとしたフェンリルの一撃をかわしてその前足へ飛び乗ると、体表を駆け上がった。
「くそ、冷てええ!」
体表は無数の氷で覆われており、何も履かずに駆け上がるオレの足から感覚が失われていく。
足の裏はズタズタに切り裂かれ血を流していた。
「グアア」
フェンリルは前足を動かしオレを振り落とそうとするが、オレは体表の氷にしがみつき、足場を確保しながら肩口から頭部へと近づいていった。
「クラエ」
フェンリルは、青白い光に包まれた尻尾をオレの方へ向けると、空中に生成された八本の氷の槍がオレを目指して飛んできた。
「尻尾で魔法が使えるのか!」
「カワセルカ ヤリガ ドコマデモ オイカケルゾ」
フェンリルは不敵な笑みを浮かべていた。
オレは飛びかかってくる氷の槍を走ってかわしながら、なんとかフェンリルの頭上へたどり着いた。
「食らえ!」
フェンリルは頭部を狙った攻撃を嫌がって拳を振りかぶったオレに爪で襲いかかった。
このまま一撃を食らわせることを優先するとオレは爪で切り裂かれてしまうだろう。
「子ギツネ、振り落とされるなよ!」
「クゥン!」
目の前に迫った爪を大きく後ろへ宙返りしてかわし、フェンリルの背中の真ん中へ降り立った。
「アタマナラ マダシモ ワタシノセナカノ ブアツイコオリヲ ツラヌケルモノカ」
「やってみないとわからないだろ」
オレは力一杯拳を振り上げた。
「バカメ コオリノヤリヲ ワスレタノカ」
オレを追尾してきた氷の槍が目の前に迫っていた。
「く、くそお!」
「クウウウン!」
氷の槍はオレの顔目指して勢い良く飛び掛かってきたため避けるのが間に合わず、オレは右手で子ギツネを胸に抱き、左手で顔を覆い隠した。
バキィ
八本の氷の槍がオレに襲いかかり、ぶつかった衝撃で氷の槍の一部分が碎け散り、光を反射して輝いていた。
「ハハハハ ワタシノカチダ
シカシ イサマシイ センシダッタ
ケシキノ イイバショニ ウメテヤロウ」
フェンリルは満足そうに咆哮していた。
「……生きたまま埋められるのは勘弁して欲しいな」
オレの周りをキラキラと輝く氷の破片が漂っていた。
「バカナ コオリノヤリガ チョクゲキシタゾ
ナゼイキテル」
「氷だってモノだろう?
オレが触れればたちまち灰になるんだ」
オレは子ギツネを肩に載せ、両手を組み高く掲げた。
「お前の体を覆う氷だって、オレにとってはただの灰だ」
オレは飛び上がって振りかぶった両手をハンマーのようにフェンリルの背中へ叩きつけた。
「オラアアアアア!」
ドガガガガガッ
拳が触れた先から灰になっていく。
オレ一人分ほど掘り進んだところでフェンリルの体表が見えた。
「へへへ、氷がないとなんとも柔らかな背中だなあ」
オレはペシペシとフェンリルの体表を叩いた。
「コノカンショク……
ナンダト ワタシノ カラダニ フレテイルノカ」
フェンリルの声が震えているようだ。
「思いっきり背中ぶっ叩いて心臓まで衝撃を届けてやるからな。
食らえ!『心臓通し』」
腰を落として背中へ全力の右こぶしを突き入れた。
衝撃をまっすぐ心臓に届け、一瞬で意識を奪う技だが……人間用だからフェンリルに対して効果はどれほどかなあ。
「グ、グルルァアアア」
フェンリルは内臓への衝撃に耐えきれず、首を垂れた。
「まだまだ、行くぞおおおおお」
オレは拳を振りかぶった。
「マイッタ!
コウサンダ ニンゲン」
オレはその声を聴き、フェンリルから飛び降りて正面から顔を見上げた。
「まだまだ、平気そうな顔をしているぞ」
「イッシュン キヲウシナッタ。
オマエガ タタミカケタラ オワッテイタ」
フェンリルは少し目を細めたように見えた。
「キュウン」
子ギツネは血だらけのオレの足をペロペロとなめていた。
「ああ、オレなら平気だよ。
よく振り落とされずに頑張ったな。
お前は槍の破片が刺さったりしてないか?」
「クゥン!」
頷いてオレの体に足をすり付ける子ギツネはどうやら怪我はしてないようだ。
オレはしゃがんで子ギツネに目線を合わせて頭を撫でてあげた。
「無事で良かったよ」
「キュウウン!」
子ギツネは頭を撫でられて嬉しそうに辺りを駆け回っていた。
「イイアルジヲ ミツケタナ
クズノハ」
フェンリルはそう言うと立ち上がった。
「ワタシノ マケダ
スキニ イキルトイイ」
「キュウウン」
子ギツネは寂しそうな声で鳴いていた。
「フェンリル、楽しい戦いだったよ。
あるじってのが嫌になったら、ここに来いよ。
相手になってやるからさ」
オレの話に咆哮で答えるとフェンリルは大地を震わせ走り去っていった。
「何だよあのスピード。
まだ全然元気じゃないか」
それに対して、オレは全身傷だらけだ。
氷の槍だってオレの身体とぶつかったら灰になるけど、衝撃まで消せたわけじゃないんだ。
地面の上にゴロンと横になった。
「キュウン」
子ギツネはオレの身体の上に乗るとぺこりとお礼をした。子ギツネの胸元には金色の大きな鈴がついていた。
「お礼のつもりか? 気持ちのいい挨拶だな。
ありがとう」
「コンコン、コンコン」
子ギツネはオレに何か話しかけているようだ。
んー、真剣に尻尾を振っているけど……そうか、何かお礼がしたいのかな。
「命を助けてくれたお礼がしたいのか?」
「キュウン」
子ギツネはコクコクと首を縦に振った。
「そうか……じゃあ、一つお願いをしようかな。
オレ、ずっと一人で寂しかったんだ」
オレは体を起こした。
「ずっと一緒にいて話し相手になってくれたら嬉しい。
どうかな?」
「キュ、キュウウウウウン!」
子ギツネは体を真っ赤にしてオレの首に抱き着いてきた。
ペロペロと頬だけじゃなく顔も嘗め回してきた。
「わわ、ははは。
こそばゆいってば、もう……」
オレは笑いながら地面に転がった。
子ギツネの尻尾はぶんぶんと興奮が収まらないようだ。
「じゃあ、帰ろうか。
案内するよ、オレの家に。
まあ、ただの洞窟なんだけどさ」
「キュウウン!」
子ギツネはオレの右肩に飛び乗った。
「その位置が気に入ったのか?
よし、そこはお前の専用席だぞ」
「キュウウウン!」
オレは洞窟へ向かって歩きだした。
子ギツネはオレの肩の上でずっと尻尾を振り回しており、金色の鈴はオレが歩く度にしゃらしゃらとなった。