05 氷狼と子ギツネ
森の中で魔獣が小さな子ギツネを襲っていた。
子ギツネは襲い来る魔獣のツメや牙を器用に走り回って避けていた。
時折、大きく飛び跳ねてかわすなど回避パターンを掴まれないようにしてもいた。
ただあの子ギツネ、体が右に傾いている。
右足を痛めているんじゃないか。
「キュゥウウウウン」
子ギツネは走り回りながら、小さなうめき声をあげていた。
じゃれてるってわけでもなさそうだし……子ギツネの痛ましい鳴き声を聞いていると居ても立ってもいられなくなって飛び出した。
「待てよ!」
魔獣と、子ギツネの間に割って入った。
「「グルルルルルァ!」」
魔獣は咆哮しながら足を止めたが、巨体が歩みを止めただけで土煙が舞い起こった。
止まり切れずに巨木にガツンとぶつかったが……
ズズーン
魔獣の質量に巨木が力負けして根元からポッキリと倒れてしまっていた。
何だ、コイツ。
魔王の部下にもこんなサイズのモンスターはいなかったぞ。
足指一つの大きさがオレの身長と同じくらいあるんじゃないか。
魔獣やモンスターの中には知能を持つ者もいる。
これだけ大きければ、寿命も長いだろうし、その可能性も高いな。
話し合いの余地があるかどうか、オレは魔獣をよく観察した。
全身を氷で覆われた狼型の魔獣だ。
オレが触ると教科書が灰になるから座学はほとんどしたことなくいから勉強は苦手なオレだけどさすがに知ってる。
――氷狼フェンリル。
伝説級のモンスターだぞ。
さすが魔族領域の中でも魔族すら寄り付かない人外魔境だ。
野犬感覚で伝説級が歩いてやがる。
「なあ、子ギツネを何で襲うんだ?」
オレは対等に交渉するため、あえて強気に語りかけた。
ん? フェンリルに話しかけたら子ギツネから目を離してオレを見た。
知能があるのかも。
「アルジノ メイレイ」
フェンリルが口を動かした。
「しゃ、しゃべった!」
「ヒトノ コトバクライ カンタン」
よし、会話が通じるじゃないか。
知能もありそうだ。
プライドも高そうだけど。
「氷狼フェンリルだな」
「イカニモ」
口を動かさずに喉を震わせるだけでしゃべっているようだ。
その振動だけで空気が揺れてしまっているけど。
「伝説級の魔獣フェンリルがたかが子ギツネをいじめることはないんじゃないか。
右足もケガしてるみたいだし……」
「ソイツ タダノキツネト チガウ」
オレの目にはただのケガをした子ギツネにしか見えない。
銀色の毛に包まれて上品さを感じさせるけど、小さなか弱い子ギツネだ。
オレの後ろに隠れてふるふると尻尾を震わせ怯えているようだ。
胸元には金の鈴をつけていて、怯えて体が動くのに合わせてしゃらしゃらと音が鳴っていた。
「大丈夫、オレが守ってやるからな」
「キュウン」
子ギツネはオレの足にすり寄ってきた。
「助けてあげてくれないか。
こんなに小さい子じゃないか」
オレは必死にフェンリルに話しかける。
子ギツネはオレの足や腕をつたってオレの肩まで登ってきた。
「キュウウウウン」
子ギツネは嬉しそうにオレのほっぺをぺろぺろと舐めた。
「はは、どうした。
オレがお前を守ろうとしたのが嬉しかったのか」
「クウウン」
首を縦に振り、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「ははは、お前もオレの言ってることが分かるんだな」
「キュウウウウン!」
子ギツネが尻尾を振ってオレの肩を走り回る。
ああ、コイツも話が通じて嬉しいのか。
よし、子ギツネ。
オレと話せて喜んでくれたお前を守って見せるからな。
「この子ギツネのこと見逃してくれ、この通りだ」
オレは深く頭を下げた。
「ナラヌ デキヌ」
フェンリルは微動だにせず、オレに答えた。
「アルジノ メイレイ ナノダ」
フェンリルはすまなそうな声でそう告げた。
「そうか……じゃあ、仕方ないな」
オレの言葉にフェンリルはほっとしたようだ。
「サガッテイロ
ニンゲン、マキコマレルゾ」
フェンリルの言葉に子ギツネは頷き、オレから離れて前に出た。
フェンリルに咆哮に怯える子ギツネだったが、覚悟を決めたようにオレに尻尾を振ってみせた。
「クウン!」
なんだ、尻尾を大きく振りやがって……何がバイバイだ。
それぐらいオレにだってわかるんだよ。
この3年モンスターとばかり戦っていたから、動物の心ぐらいわかるようになったんだ。
「グルルルルル……」
子ギツネは小さい体をめいっぱい震わせてフェンリルを睨みつけている。
……さっきまで怖がってただろ、お前。
「よく頑張ったな」
オレは、子ギツネの首根っこを掴んだ。
「キュ?」
子ギツネが首を掴まれ、ぷらーんとしているのをオレの右肩に乗せた。
「オレが相手だフェンリル」
オレは左手を突き出し、右手を引いて構える。
「ナンノ カンケイモナイ ソイツヲ マモルノカ」
「関係なくはない。
さっき話したし、こいつはオレのほほをペロペロしてくれたからな。
それに、オレはコイツを守るって約束したんだ」
久しぶりに話が出来て嬉しかったんだ。
戦う理由なんて、それで十分だ。
オレはフェンリルを睨みつけた。
「ソノメ ホンキダナ ……ウケテタトウ」
フェンリルが体を大きく震わせると、それだけで周りの木々が揺らいでいる。
オレの顔にまでビシビシと風圧が押し寄せていた。
「落ちるなよ、子ギツネ」
「キュウン」
オレの肩に乗った子ギツネの頭を撫でてやると気持ちよさそうにしていた。
「ワタシハ ブキヲ ツカワナイ
ニンゲンハ ブキツカウ
オマエガ ソウビスルノ マツ」
フェンリルは割といい奴みたいだな。
「オレには必要ないんだ」
フェンリルは嬉しそうに笑った。
「コブシト ツメデ タタカウ
ソレコソガ センシ
オマエハ ニンゲンノクセニ ミドコロアル」
フェンリルはオレが素手で戦うといったことが嬉しいみたいだった。