15 大地の果て
オレたちはジャイアントT-REXの解体作業をすませ、持てる分だけ持ち帰ることにした。
シャーロットは牙を、セシルは爪を一番固くて強そうな部分を選んで持ち帰るようだ。
オレは魔石を草原の岩陰に隠し、草をかぶせておいた。
魔獣は魔石に興味がないので魔族にでも見つからない限り取られてしまうことはないだろう。
さて、人外魔境脱出に向けて出発するとしようか。
オレたちは人里目指して歩き出した。
「こっちでいいの?」
シャーロットは不安そうにオレに聞いてくる。
「大丈夫だって」
普通の人間は、迷ってしまい出られなくなることも多々あるが、オレには目印がある。
オレは3年間この人外魔境で暮らしてきた。
水場も複数知っているし、うまいモンスターのすみかや、危険な場所、景色のキレイな場所だってオレは知ってるんだ。
「さて、ここまで来たら目印があるぞ」
オレは草原の中に、白くて細い道を見つけた。オレが通った道は表面がすべて灰になる。水場への道など、無意識に最短距離を通ってしまうのでしっかりと白い道ができてしまっている。
オレは人里恋しくて、よく人間や亜人の領域の村や町の様子を見に行っていた。
だから、この灰の道を進んでいけば人里に辿り着ける。
「この白い道のこと?」
「そうそう、この道を進めば、水場や、うまいモンスターのいるところまでたどり着けるぞ」
「楽しそうに説明してくれるのね、アッシュ」
シャーロットの指摘で、オレは笑っていたことに気づいた。
「そうか?」
「アッシュは、この魔境が気に入ってるのね。
危ないモンスターはいっぱいだけど、夕日もとてもキレイだったし……ほら、セシル地平線も見えるよ」
「本当だ。ここからずーっと、向こうの端まで草原なんだね」
二人は地平線を見つめていた。オレはなぜだか嬉しくなった。
「人間は世界の果てを見つけたことはないんだってさ」
セシルが得意そうにそう言った。
「また、セシルの蘊蓄が始まった」
「いいでしょ? 知識を蓄えることは悪いことじゃないじゃない」
シャーロットがからかうのでセシルは頬を膨らませていた。
「ねえ、アッシュ。
この大地の果てってどうなってるんだろうって、思ったことない?」
セシルが目を輝かせてオレに聞いてきた。
「オレも世界を冒険したことがあるけど、大地の果てを見たことはないなあ」
ニンゲン領域から離れても亜人や魔族の集落があり、大地はどこまでも続いているんじゃないかっていつも思っていた。
「大地は丸い円盤状の板みたいなもので出来ていて、その下には3匹の大きな動物がいてこの世界を支えてるんだって、神学者たちは説明する」
セシルが言っていることは神話の一節で、勉強をあまりしてこなかったオレでも知ってる話だ。
「でもね、その説明だと大地の果て……世界の果てはあるはずなんだ、そうだよね。
でも、偉大な冒険者でさえ世界の果てを見たことはない」
セシルは興奮していた。
「だからね、ボクは思うんだ。世界に果てなんかないんだ。
世界は丸い球体なんだ、果ての無い輪環――それがこの世界の真実なんだよ」
「フフ、バカみたい。じゃあ、地震はどうやって起こるのよ。
私たちはどうしてその丸い世界から真っ逆さまに落ちて行かないのよ。
説明できないじゃない」
シャーロットがセシルに突っかかった。
「シャーロット、その質問にはボクはこう返すって決めてるんだ。
ボクの『世界は丸い説』にもアラはある。
でも、『世界は一枚の板である説』にも説明できてないことがあるじゃない。
だって誰も世界の果てを見たことがないんだから」
「それは、そうだけど……」
シャーロットは反論できなくて悔しそうにしていた。
地平線を見ながら、世界の不思議を解明しようとしているセシルにオレが知っている世界の不思議を見せてみたくなった。
「なあ、地平線のほかにも見せたいものがあるんだ。
少し寄り道していかないか」
「うん、私もアッシュの見せたいもの、見てみたいから」
「行くに決まってるよ、地平線より素敵なモノ見せてくれるんだよね?」
二人は身を乗り出すようにしてオレに近づいてきた。
「期待に応えてくれると思う、そんなに危なくないし」
☆★
「オークの群れがいるのに危なくないなんてよく言えたわね、アッシュ!」
オレたちはオークの群れを斬り払い一路山の頂上を目指しているが、岩山をよじ登っているシャーロットはオレを睨みつけていた。
先程まで乱戦を繰り広げていたので、にはオークの豚みたいな頭がゴロゴロ転がっている。
「まさか山にまで登らせるなんて……この急斜面、山じゃなくて崖って言うんだよ!」
セシルはぜいぜいと息を荒くしている。
「そういうなって、すぐ着くから」
「何で息すら上がってないのよ、この体力バカは……」
シャーロットは文句を言う元気があるので平気だろう。
「ほら、ついたぞ」
「ついてないわよ、どうやってこの目の前にそびえたつ崖を登るのよ」
「ジャンプしろよ」
オレは、ひょいっとジャンプして崖を越えた。
――アッシュ、普通の人間はジャンプではこの崖は越えられませんよ。
「あ、そうなの?」
「まったく、こんなことで魔石使いたくないんだけど……セシル、早くしなさい」
「はいはい」
【樹人の腕】
セシルが『木杖』を握りこむと杖の先から太い枝がニョキニョキと生え、崖の先に絡まった。
「シャーロット、落ちないでね」
「わかってるわよ、早くしなさい」
シャーロットもセシルの木杖にしがみついた。
「トレント、ボクらを引き上げて」
セシルの言葉に、太い枝が二人を崖の下から引っ張り上げた。
「ありがとう、トレント、お疲れさま」
太い枝はシュルシュルと『木杖』の中に納まっていく。
「へえ、便利だな」
「そうだよ、『木杖』は使えるんだよ……でも人気ないんだよね」
確かに氷属性や、火属性と比べて木属性はあまり使い手がいないな。
「気落ちするなよ。
それよりほら、こっち来てみろよ」
オレは二人を呼んだ。
「な、なにこれ!」
「凄い、凄いよアッシュ!」
眼前に広がる光景に二人は目を奪われていた。
足元には一面、雲が広がっていてそれ以外、何も見えない。
まるで世界にはオレ達しかいないかのような静寂がその山の頂上にはあった。
雲は風にあおられて流れていくが、切れ目なくずっと視界の果てまで続いていた。
「雲海だね……知識では知ってるけど見たことなかった。
ここが、世界の果てだって言われたらボクは納得してしまうかもしれない」
セシルは呆然と足元の流れゆく雲を眺めていた。
「ねえねえ、アッシュ。なんだか雲の中を歩けそうな気がしてくるよね」
シャーロットははしゃいでオレの手を取った。
「ギリギリまで行ってみようよ!」
「落ちるぞ」
「いいから」
オレはシャーロットに手を引かれ、崖の縁に来た。
雲海のギリギリに立つシャーロットの金色の髪がたなびいていた。
「ふふ、雲の中にいるみたい……連れて来てくれてありがとう、アッシュ」
シャーロットはオレの両手をぎゅっと握って、照れているのかすぐに離した。
雲海に興奮したのか、頬が紅潮していた。
「喜んでくれたなら、連れてきたかいがあったよ」
シャーロットが喜んでくれてなんだかオレは嬉しくなった。
地平線や、雲海、この人外魔境にもキレイなものはたくさんあるんだ。
今気づいたけど、オレは3年も暮らしているからこの人外魔境が好きになっているんだな。
ふと、子どものころ、リリーやクレアがオレの家に遊びに来てくれたときのことを思い出した。
友達が来てくれて嬉しかったオレは家にあるものなんでも見せて自慢した。
オレが好きなものを友達にも好きになってもらって、一緒に楽しみたかったんだ。
「クズノハ、どうだキレイだろ?」
――圧倒されますね。アッシュがこの光景を友達に見せたかったのもわかる気がします。
友達か。
そうか、オレはシャーロットとセシルと友達になりたかったのか。
だから、オレの家のような人外魔境の好きなものを二人に見せたかったんだ。