11 魔導学園の生徒たち
「ははははは!」
オレは大声で笑いながら巨大な魔獣目指して疾走していた。
――フフ、元気ですねアッシュ。
金の鈴からクズノハの声が聞こえてくる。変身能力を持つクズノハは今オレの服となっているが、思念会話と呼ばれるもので話ができるからありがたい。
「そうだ、右の手袋を外してくれないか」
――どうしてですか?
「オレの右手は守るために使いたいからな。
鉄砲とか、槍とか武器がとんでくると右手で受ける癖がついてるんだ」
クズノハは金の鈴をならして了解してくれたようだ。右手袋がすっと音もたてずになくなった。
ゴブリンたちに近づくと人影が見えた。
人影の前には銃弾から身を守るためだろう、氷壁が作られていた。制服はさっき逃げていったものたちと同じだ。
「魔導学園の生徒が二人座り込んでいるけど、逃げ遅れたのかな」
――氷壁を作って銃から守っているようですね。得物を見るに、『氷剣』使いと、あらめずらしい『木杖』使いですか。
『氷剣』使いの女の子は魔導学園の制服である白いジャケットの下に真銀の鎧を着込んでいたが、下は可愛らしいスカートに革のロングブーツ。
ブルーのマントにかかる腰まで伸ばした金色のツヤのいい髪と、大きな二重まぶたの青色の瞳が育ちのよさを感じさせていた。
『氷剣』は取り回しの良さそうな片手剣で、刃は銀色に光っている。今は装備はしていないが円形の盾もすぐそばに置いてある。攻防バランスよく戦うのだろう。
女の子に寄り添うようにして、学園の指定の制服上下に薄茶色のロングコートを着こんだ少年が座っていた。
少年は女の子と同じ金の髪を、こちらは肩まで伸ばしている。
可愛らしい顔立ちなのでスカートを履いていれば女の子と間違えてしまいそうだな。
優しそうなブラウンの瞳の少年だ。
少年は背丈以上の大きさの、真鍮や鋼で強化した『木杖』を大事そうに握り込んでなにやらブツブツと呟いている。
オレは二人に近づいた。
「大丈夫か?」
「……これが大丈夫に見えるの?」
女の子は呆れたように質問に質問で返した。
なるほど、銃装備のゴブリンライダー達に囲まれているだけで普通大丈夫ではないし、後ろにはデカブツが控えている。
幸い、魔獣に動きはないけどな。
「というか、あなた何者?」
「え? 魔導学園のごく普通の一般生徒だと思うけど、どこか変か?」
えっと、なんか変なことあるかな。
――見た目は変じゃないと思いますが……
オレはクズノハに小声で話しかけた。
「クズノハが話すとばれちゃうんじゃないか? 変身してるって」
――大丈夫です、思念会話は会話する相手を選べますので。
「そうか」
「さっきから独り言をブツブツと……変なところはね、あなたが一人でここにいることよ」
氷剣使いの女の子はオレをいぶかしんでいるようだ。
確かに、魔導学園の生徒が人外魔境に一人では来ないな。
「ははは、仲間とはぐれたんだ」
「そう、じゃあ私たちと同じじゃない。
疑ってごめんね」
女の子は先ほどまでの表情とはうってかわって笑顔を見せてくれた。
「私、シャーロット」
氷剣使いは座ったままオレに答えた。
「オレはアッシュ」
「ボクはセシル。アッシュ、よろしくね」
「よろしく、セシル」
セシルと名乗ったロングコートの少年も笑顔を向けてくれたので、オレも笑顔で返した。
「なあ、逃げないのか?」
「ダメだよ、シャーロットを回復しないと」
木杖使いの少年セシルが、きっぱりと言った。
良く見れば、セシルの杖から細い枝が伸びていてシャーロットの足に絡まっていた。
枝は微弱な光を発していて、なるほどこれが『木杖』の能力で、今回復している最中なのか。
「歩けないほどの傷じゃあないと思うけどな」
「あのねえ、人のフトモモをそんなに近くで見ないでよ」
オレはしゃがんでシャーロットのフトモモの傷を見ていたら怒られた。
――女の子のフトモモを見つめるときは、断りを入れるものですよ。
クズノハが思念会話でオレに教えてくれた。
なるほど。ヒトと触れ合ったことが少ないからコミュニケーションが難しいな。
「フトモモを見せろ」
「アッシュ、あなたねえ、言い方ってものがあるでしょ。
まあ、いいわ。
ゴブリンの銃弾が掠めたのよ」
出血はあるけど、止血して歩くことくらいできそうだが……
オレはフトモモをぐわしとつかんだ。
うん、体温も失われていない。
「血は出てるけど歩けないことはないから、アッシュも来てくれたことだし逃げるわよ。
でも、アッシュ。
私、フトモモ触っていいなんていったかしら」
「見ていいなら触っていいだろ」
「アッシュ、心配してくれたんだろうけど女の子の足に気安く触れないでね」
呆れた顔をしてシャーロットは立ち上がろうとしたが、セシルが声を出してそれを制した。
「ダメだよ。シャーロットは血を流したらダメなんだ、すぐに治療しなきゃ」
オレよりも幼い印象を受けるセシルだが、その瞳には強い意志が宿っているようだ。
「セシル……ごめんね、私のために」
シャーロットは下を向いた。
「血を流したら、どうなるんだ。
そりゃ、みんな流しすぎたら死んじゃうけど」
「それは……」
セシルとは、答えに詰まり宙を見てしばらく考えた後、話し出した。
セシルは根は正直な人間なんだろう、目が泳いでいる。
「シャーロットは血が流れたら止まらない病気なんだ。
だから、すぐ治さなきゃならない」
セシルはオレの目をまっすぐ見てそう言った。
オレがシャーロットを見やると、シャーロットは目線を外した。
きっと、ウソだ。
でも、セシルのシャーロットを守るっていう意志は本物なんだろう。
二人には何か秘密があるのだろう。
問い詰めるようなことはやめよう、オレだって秘密があるから。
「わかった。逃げないならやることは一つだな」
「戦う気なの?」
シャーロットは驚いている。
「だって、たぶんアイツら逃がしちゃくれないだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
シャーロットは氷壁越しの魔獣を見ていた。
「なあ、セシル。なんでアイツ等攻撃してこないんだ」
「途中までは、攻撃してきたんだけどね。
シャーロットが銃撃を受けてからは、攻撃してこなくなったんだ」
「何で?」
「さあ?」
セシルは両手を広げた。すぐに木杖を握ったけど。
「攻撃をやめた後は、鉄製の大鍋を運んできて、その中に油を注いで熱々に熱していたなあ」
セシルは淡々と話し続ける。
「その後は小麦粉を鉄製の大皿に出して、卵をいっぱい割って、パンをちぎっていたよね」
「なあ、それって……」
「言わないでええ!」
シャーロットが叫んだ。
「想像しない様にしてるんだから。
あああ、なんでゴブリンがそんなに賢いのよ。
食べられるだけならまだしも、カラッと揚げられてカツレツにされるのは嫌よ!」
シャーロットは頭を抱えていた。