10 憑依合体
洞窟を出て、銃声が聞こえた方へ急ぐため森を駆け抜ける。
この辺りは3年も住んでいるので森のようなものだ。
オレが歩いたあとは、灰と化して白くなっているため、森の中を歩く目印の代わりにもなっている。
後ろから駆けてきた子ギツネがオレに追いつき慣れた様子で、肩に飛び乗った。
もちろん、ヒト型から子ギツネに変身したクズノハだ。
――私の特等席ですね。
クズノハは走っているオレの身体の揺れにも平然としてオレの肩の特等席に座っていた。
「子ギツネになってもしゃべれるんだな」
――しゃべれません。いわゆるテレパシー、思念会話ですね。
「前はできなかったの?」
――右足を治すために魔力の消費を抑えたかったものですから。早く治して、ヒトの姿でアッシュに会いたかったのです。
「ありがとう」
オレはクズノハを撫でてあげた。
「キュウウウウン」
クズノハは嬉しそうな鳴き声をあげ、尻尾を振り回している。
フフ、子ギツネの時も可愛いな。
たまには子ギツネ姿にもなってもらおう。
そんなことを考えていると、森を抜け、草原に出た。
森を抜けると、クズノハが行き先を指し示してくれた。
――右手です。硝煙の匂いがしています。
「わかった、振り落とされるなよ!」
「キュウウウン」
オレは森から右の方へ走った。
しばらく走っているとオレの目にも何が起こっているか見えてきた。
巨大な魔獣――氷狼フェンリルほどではないが――が悠々と座し、その周りに騎兵銃で武装しし、騎乗しているゴブリンライダーがうじゃうじゃひしめいている。
その回りにはマスケット銃を装備した歩兵のゴブリンもいた。
「んー、銃を使っているのはモンスターの方だったか」
――こちらに人間が3名向かってきておりますが、ゴブリンライダーに追われています。
「とりあえず、助けるか」
――あの服、魔導学園の生徒みたいですね。
「生徒たちのおびえた顔は授業って訳ではなさそうだな」
「「た、助けてくれえ!」」
必死に叫びながら走っている3人の生徒たちにすれ違い様に声をかけた。
「下がってろ」
生徒たちはオレに声をかけられ無言で頷くとその場にへたりこんだ。
オレはこっちへ迫り来るゴブリンライダーに突っ込んでいく。
一騎がオレに気づき、騎兵銃を向けてきた。
歩兵が使うマスケット銃より小柄で取り回しの効くものではあるが、ゴブリンが騎乗しながら使いこなすとなると相当の訓練が必要となるはずなんだけど……
――ゴブリンたちの上官がどなたかは知りませんが、驚きです。これほどの戦闘訓練を施す技量、感服しました。
クズノハは飛び上がって尻尾を振り回していた。
「感動している場合じゃないけどな。
クズノハ守ってやるから、特等席から動くなよ」
――はい。
クズノハはオレのほほをペロペロなめた。
「おい、今から戦闘だぞ」
「キュウン」
クズノハは守ってもらえてうれしいみたいで、体をすり寄せてくる。まったく、動くなって言ってるのに。
「ギャギャギャ!」
パアアァン
ゴブリンがこちらへまっすぐ向かいながら銃を撃ち、放たれた銃弾はまっすぐにオレの心臓へ狙って飛んできた。
「効かないよ」
オレは一歩も動かずに右手で心臓を狙った弾丸を手で受け止め、ゴブリンにオレの手のひらの灰を見せつけた。
「ヒギ?」
驚いていたゴブリンは銃で撃たれても平気な顔をしているオレにうろたえていたが、すぐに考えるのをやめ、オレの目の前に突撃してきた。
知能が足りないのか勇敢なのかはわからないが混乱すると突撃するゴブリンの習性による反応だろう。
オレは突撃してくるゴブリンに真正面から飛びかかってゴブリンの顔面を思い切り殴り飛ばしす。
「くらえ!」
「ヒグゥウウウウウ!」
顔面をつぶされたゴブリンは吹っ飛んで落馬し、そのまま動かなくなった。
「ギャギャギャ!」
もう一匹も仲間を殺されて怒ったのか、こちらに向かってきた。
パアアァン。
銃弾を斜め前に飛んでかわし、そのまま距離を詰めるとゴブリンライダーと目と鼻の距離だ。飛び上がってゴブリンの顔面を掴み、空中から思いっきりゴブリンの顔面を地面にたたきつけた。
「オラアアアアアア!」
グシャアアア
ゴブリンは頭をつぶされピクピクと手足を痙攣させていた。
オレは下がっていた生徒たちのもとに戻った。
生徒たちは、ひそひそ話を続けていた。
「――見たか、撃たれても死ななかったぞ」
「ああ、素手でゴブリンをやすやすと殺した。
魔導武器も使っていないようだ」
「おまけに服を一切着ていないぞ」
「「ってことは……」」
オレは互いに顔を見合わせている生徒たちに声をかけた。
「もう、大丈夫だぞ」
生徒たちは顔を見合わせて頷き、叫んだ。
「「は、裸の魔族だあああああ! 化け物だあ! うわああ、殺されるうう!」」
恐怖におびえた顔をしながら、生徒たちは一目散に逃げて行った。
オレはしばらく呆然と立ち尽くした。
助けた相手に化け物呼ばわりされるのは、いつものことだけど傷つくよね。
仕方ないけどね。オレが握ると灰になっちゃうから魔導武器は使えないし、服も着れないから裸だし。
そう、ヒトから拒絶されるのも仕方ないことなんだ。
「キュウン」
クズノハがオレのほほをペロペロとなめてくれた。
「はは、ありがとう」
オレはクズノハの頭を撫でた。
クズノハはオレの顔を見つめて、ひょいっと地面に飛び降りる。
ポンっと音がして白煙が立ち込め、クズノハはヒト型となった。
「生徒たち、魔導武器を落としていったのですね」
クズノハが拾ってオレに見せた。
「火剣の魔導武器だ。
ゼレキオンが持ってたような立派なものじゃないけど、『火球』もでるし、魔石によってはいろんな技術が使えるんだ」
「詳しいんですね、アッシュ」
「そりゃあね、みんなの戦いをみてきたからね。
オレだって、魔導武器を使ってみたかったよ」
オレだって、こんな呪いを受けてなければ普通に魔導武器を振るって戦いたかった。
特に「火剣」はゼレキオンが好んで使っていた武器だ。
文字通り火力を備えたモンスターへの殲滅力抜群の武器。
「握ってみますか、アッシュ」
「ははは、クズノハだって知ってるだろオレが握ったら灰になるんだ」
オレは魔導武器に背を向けて帰ろうとした。
「まだ硝煙の匂いがしてきます。
ヒトの血の匂いもします、助けにいかないのですか」
クズノハはオレに優しく話しかけた。
「助けに行ったって、化け物扱いされるだけなんだ……」
「アッシュ、私の手を握ってくれますか」
立ち尽くすオレの手をクズノハが取った。
クズノハは左手で火剣を握り、握った手をさらにオレに握らせた。
「ほら、火剣の戦士です。
二人一緒であれば」
クズノハはオレを勇気づけてくれているのだろう。
……オレだって、このまま助けを求める声を無視する気はない。
「クズノハ、ありがとう。
魔導武器を握った気分を味わえたよ」
クズノハは握った手を放さない。
「もう、手をつないでなくていいんだよ。
オレ立ち直ったから。
早く助けに行かないと、まだだれか襲われているみたいだし」
クズノハは手を握ったまま、オレをじっと見つめている。
「アッシュに恩を返す方法がわかりました。
そして、これは私にしかできないことなのです」
二人をつなぐ手が光りだした。
「アッシュ、近くに来てください」
オレとクズノハは火剣を前に突き出し、両の手でグッと剣を握りしめ二人の手をくっつけた。
「まるで新郎新婦のウエディングケーキ入刀みたいな格好だな」
「フフ、二人の共同作業には間違いありませんね」
クズノハは葉っぱを自分の頭とオレに乗せ、呪文を唱えだした。
『化生もヒトも夢現、御魂分かれの半身探し、逢うたそなたと陰陽あわせ』
ポンっと大きな音がしてオレとクズノハを煙が包み込んだ。
【憑依合体! 魔導学園の生徒になあれ!】
オレとクズノハは白い光に包まれた。
――煙が消えると、クズノハはいなかった。
「クズノハ、どこに行った!」
オレはクズノハがいなくなったことに慌てていたが、不思議と気配はすぐ近くにあった。
――ここですよ、アッシュ。私はすぐ側に居ますよ。
オレの胸にいつの間にかくっついていた金の鈴がシャランと鳴った。
「え、っていうかオレいつの間にか服を着てる?
これ、魔導学園の制服じゃないか」
――お気に召しましたか? 白を基調とした魔導学園の制服です。縁の装飾などは私がデザインしましたし、生地がいいので手触りもいいですよ。
「うん、すべすべで気持ちいいけど……」
――だって、私が生地ですからね。気持ちのいいのも納得というものです。
「クズノハは服にも変身できたな。今着ている服がクズノハなのか?」
――はい。手袋も用意していますからアッシュが直接触れることなく、魔導武器も使えますよ。
オレがさっきから握っている魔導武器は灰になってなんかいなかった。
「はは、ははははははは!」
オレは大声で笑い、握った火剣を天に突き立てた。
これでようやくオレも魔導武器を使うことが出来るんだ。
――灰色の髪、灰色の瞳の勇者アッシュ。思うまま突き進んでください。私は、あなたと一緒にいますから。
金の鈴が自ら震えてしゃらりと鳴った。
「ありがとう、クズノハ。行くぞ」
――はい!
オレは巨大な魔獣目指して駆けだした。
お読みいただきありがとうございます。
これにて2章終了です。
ようやく、アッシュが魔導武器を手にしました。
アッシュとクズノハの物語、
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