第7話 四天王、魔石を知る
冒険者ギルドでの手続きを終えたリーリエルとミーナは、ギルド内に併設された食堂で食事をとった。
食べるだけ食べたら、ミーナはリーリエルを連れて早々に外へ出た。
「じゃあ、リーくん。さくさく行こっか!」
ミーナは上機嫌でリーリエルを促す。
リーリエルは満たされた食欲に満足しながら怪訝な表情を浮かべた。
「……げふっ…………なぜ俺まで行くのだ?
お前が受けた依頼だろう」
「そんな冷たいこと言わないでよー。一緒に行こうよー。楽しいよー?
今度の依頼は、アイリーン湖ってところの水を汲んでくるだけなんだよ。
お散歩みたいなものだってばー」
「誰がお前と散歩など……ええい、やめろ! 鬱陶しい!!」
リーリエルは、後ろから抱き着いてきたミーナを力任せに剥がす。
ミーナは抵抗することなく、すっと身を引いた。
(うん? 今回はやけにあっさりと離れたな?)
疑問に思って視線を向けると、ミーナはにへらぁっと笑った。
「リーくん。今さっき、ご飯、食べたよね?
あと、宿もそうだけどさぁ。一体だれがお金を払ったんだろうねぇ?」
「……なに?」
「私はぁ、別にィ、それでェ、具体的にどうこうして欲しいって言うつもりはないんだけどさぁ。
リーくんは魔王四天王様なんだよねぇ?
リーくん的にィ、四天王様的にぃ、私から施しを受けたような気になったりしちゃうんじゃないのかなぁ?」
「…………」
リーリエルが苦虫をかみつぶしたような顔をしても、ミーナはにこにことした笑顔を崩さずにいた。
「お前、いい性格をしているな」
「わぁ、褒めてくれてありがと! じゃあ、一緒に行こうね!」
「ちっ…………まぁいい。このあたりの地理についても知っておきたいとは思っていた。
さっさと行くぞ」
「そうこうなくっちゃ!」
リーリエルは、また抱きすくめられるのではないかと警戒したが、今度はミーナは隣で喜ぶだけだった。
リーリエルが安堵すると、目の前に黒い石を差し出された。
「なんだこれは?」
「トロルの魔石だよ。リーくんが倒したやつ」
「魔石?」
「え? …………あぁ、そっか。
魔石って言われてもリーくん、わかんない?」
「わからんな」
「へぇ。リーくんの世界には魔石もないんだぁ」
ミーナは、うーんっと考えながら説明する。
「……魔石っていうのはね、簡単に言えばモンスターの核なんだよ。
モンスターを倒すと魔石に変化するの。あれ? 魔石に戻ってるのかな?
ちょっとそのあたりのことは私も詳しくないからあやふやなんだけどね。
で、この魔石をギルドとかで買い取ってもらうのも、冒険者の大事な収入源なの。
魔石自体は道具に取り付けることで、いろんな用途に使えるんだ。
水を出したり、火をつけたりね。魔法みたいなものなのかな」
「そんなものがあるのか?」
「そうそう、便利なんだよ。
私の剣だって、魔石を埋め込んで強化してるんだから」
「ほう」
リーリエルが興味深そうにミーナの剣に視線を向ける。
「見る?」
リーリエルがうなずくと、ミーナは剣を腰から外してリーリエルに渡した。
「柄のところに、魔石が埋め込まれてるでしょ?
それ、ミノタウロスの魔石なんだぁ。結構高かったんだよぉ」
「……なるほど、確かに普通の剣ではないな、これは。
並みの魔剣より優れているのは間違いないだろう」
リーリエルが剣を手にした瞬間、力が溢れてくるのを感じた。
彼が知る限り、そのような付与の効果を与える武器というのは世界に数えるほどしかない希少なものである。
平静を装っているが、その価値に内心舌を巻いた。
しかし、ミーナはあっけらかんとして言う。
「剣自体は普通の鉄の剣だよ。
それは確かにちょっとお高い魔石なんだけど、私みたいに普通に頑張ってる冒険者なら買えちゃうくらいだから」
「これが、そんなにもありふれたものだというのか?」
「うん」
あっさりとうなずくミーナ。
リーリエルは剣を返し、思案する。
(……これが、ただの鉄の剣。
この魔石とやら、まるで付与魔法を施したかのように対象を強化できるというのか?
さすがに聖剣には及ばないが、かといって決して無視できるレベルのシロモノではない。
知らずに油断して戦っていたら、痛い目を見ていただろうな)
自分の手を見て、リーリエルは歯噛みした。
リーリエル自身、付与魔法で強化できるとはいえ、元の身体であったころを思えばとてつもなく頼りない手である。
「……それだけの強さの武器があまたあるのならば、俺も何かしら装備するべきかもしれんな」
「それいいね! リーくんなら魔法の杖とか似合いそう!」
「杖か……以前はあまり考えなかったが、この貧弱な身体であれば魔法を主体にすることも考えるべきか……」
「うんうん! 今度一緒に見に行こう!
じゃあ、この魔石はリーくんに渡しておくね。
何かの武器に使ってもいいし、ギルドとかに売るのでもいいし」
ミーナから魔石を受け取ると、リーリエルは妙な感覚がした。
魔石はただの小さな黒い石にしか見えないが、持っていると身体が熱くなってきたのだ。
我慢できないほどではないが、持っている手の部分だけでなく、身体全体が熱くなってきていた。
(なぜだ。この石、不思議に心惹かれる…………魔石、か)
そして次の瞬間、リーリエルが手にしていた魔石が淡く発光し、リーリエルの手の中に入っていった。
「は?」
リーリエルが思わず声を漏らす。
横で見ていたミーナも、まるでリーリエルの手の中へ吸収された魔石を見て言葉を失っていた。
「おい、どういうことだ、今のは?
手の中に入ってしまったぞ?」
「…………えぇっ!? ウソ!? なに今の!?」
「聞きたいのは俺の方だ」
「な、なんで!?
……リーくん平気!? 身体おかしくない!? 痛かったりしない!?」
「痛みはないな。
…………ないのだが……むぅ?」
リーリエルは右手を何度か握ったり開いたりしてみるが、違和感はない。
(気のせいかもしれんが、僅かながら魔力が増えているような?)
「ねぇねぇ! 本当に大丈夫なのリーくん!?」
「とりあえず問題はない」
「でもでも!? こんな、魔石が身体に吸収されちゃうなんて、私見たことも聞いたこともないよ!?」
「不調はないし、今更気にしても仕方がないだろう。
後におかしなことになったら、そのときにどうにかすればいい」
きっぱりと言い切り、リーリエルは歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよリーくん!」
「どうした? 湖へ水汲みに行くのではないのか?」
「……行くんだけど………………あぁ、もう、わかったよ!
もしもリー君に何かあったら、ちゃんとお姉さんが責任取るから安心してね!」
器用にウインクするミーナ。
それは、一般的な男であれば心が奪われるような可憐さであったが。
リーリエルは、しっかりとミーナを視界におさめてから、無意識に両腕を前に出す。
ミーナに対して絶対の警戒心と共に、ファイティングポーズを取った。
「その責任を取るという発言、嫌な予感しかしないな」
「リーくん、本気で警戒しないで!?」