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第61話

 目の前に広がるのは人の顔、顔、顔。

 自分を見る、恐れをはらんだ顔だった。

 

 あぁ、またこの夢か。

 

 ミーナはじくじくとした痛みを胸に感じながらも、頭の片隅では冷静に理解していた。

 もう何度見たかもわからない、思い出したくない光景。

 村人たちが、遠巻きに見ていた。


『どうすんだよ、これから……』


『これからって、何が……』


『決まってんだろ! こんな化け物と暮らしていけるのかってことだよ!』


『化け物って……ミーナちゃんは倒してくれたのよ、その化け物たちを……』

 

『ああ? 確かに赤狼せきろうは死んだよ! そいつが全部殺したよ!

 でも似たようなもんだろ!? 赤狼せきろう翼人族よくじんぞくも!!』


『っ…………それは……』


『俺は嫌だぜ!

 高い金かけて村に結界を維持してるんだぞ!?

 それなのに、その村に化け物がいてびくびく生活しなきゃいけないなんて冗談じゃねぇ!!』


『……そんなの仕方ないじゃない』


『仕方ないってなんだよ! なんで俺が我慢しなきゃいけないんだよ!!

 お前ら全員、そいつがいることに賛成なのかよ? だったら、お前らでそいつの面倒見るんだよな?

 そいつが何かしたら、お前らが全部責任取ってくれんだよな?

 責任取って、そいつを何とかしてくれんだよな?

 国滅ぼしたような連中と同じ化け物を、お前らなんとかできるんだよな!?』


『…………』


 村人たちはうつむき、やがてその視線がミーナに突き刺さる。

 とりわけ、ミーナの片翼に。


 あぁ、何度聞いたかわからない。

 どうして私は、倒してしまったのだろう。

 どうして私は、力を使ってしまったのだろう。

 わかっていた。

 わかっていたつもりだった、この姿を晒してはダメなのだと。

 でも、見てしまったのだ。

 偶然だった。結界を通ってきた赤狼せきろうたちを見てしまった。

 あのまま村に入ってきたら、人を襲ってしまったら。

 だから、私は……


『今だってなぁ、そいつがその気になったら、俺たちはあっという間に全員殺されちまうんだぞ!?

 お前ら怖くねぇのかよ!?』


『…………』


『結論は出たようだな』


 ミーナの前に、身なりのよい老人が立つ。


赤狼せきろうを討伐してくれたことは感謝している。

 しかし、翼人族よくじんぞくであるお前を、これ以上村に置いておくことはできん。

 この村には、親族があの国に移住していった者たちも少なからずいるのだ。

 あの蛮族共に家族を殺された者たちがな。

 わかるだろう、ミーナよ。

 今すぐに、ここを出て行ってくれ』


 ……はい。


 ミーナが頷くと、あちこちで安堵のため息が広がっていった。

 自分に関することで、これほどまでに多くの人に喜ばれたことは初めてだった。

 それがミーナにはおかしくて、笑い出したくて仕方がなかった。

 



 ◇ ◇ ◇




「……ぐっ」


 痛みを感じて目を覚ます。

 ミーナが腹部に手を当てると、べっとりとした血がついた。


(シャレになんないなぁ、これは)


 近くでは、頭部を一つ失ったケルベロスが苦悶の声を上げていた。

 あさっての方向を向いており、ミーナに気づいた様子はない。

 ミーナはよろけながらも歩いて、どうにか樹の後ろに身を隠した。


(……私、もっと強いと思ってた。

 化け物なのにやられちゃうなんて、割りに合わないよね)

 

 力が入らない。

 樹に背中を預けたまま、ずるずると腰が下がっていき、座り込んだ。

 未だケルベロスの声は聞こえてきており、その声は痛みを吐き出すものから憎悪をまき散らす色へと変化していた。


「どこだぁぁぁ!? どこへ消えた女ぁぁぁぁあああ!?」

 

 ケルベロスは二つの首で、でたらめに何度もブレスを撃ちこんだ。

 山が揺れ、形を変えていった。


(ブレスは運よく外れてるだけだし、ここからも移動した方がいいよね。

 でもどこへ? 満足に動くこともできないのに。

 のろのろ歩いてたら、すぐ見つかっちゃうよ。

 剣もどこかいっちゃったし、どうしようもないんじゃ?)


 流れる血が目に入り、ミーナは気が遠くなってきた。

 気付くと、周囲は静かになっていた。

 一瞬ケルベロスがどこかへ行ってしまったのかと思ったが、すぐ近くに巨大な気配があった。


(……あ、そっか。血か)


 おびただしいまでの血が、ミーナの居場所をこれ以上ないほど明示していた。

 ケルベロスは何度もブレスを放ち、頭が冷えて多少の冷静さを取り戻していた。

 見れば、当然気づくことだった。


「何か、言い残すことはあるか?」


 鷹揚とした声だった。

 たった今まで荒れ狂ってブレスを乱発しまくっていた様を思い出し、ミーナはくすりと笑った。


「私、あなたのこと大っ嫌い」


「奇遇だな。我もお前が憎い」


「そ。気が合うね」


 ケルベロスは答えず、左の首の口を開けた。


(あぁ、さすがにもうダメだね。

 ……せっかく楽しかったのになぁ)


 ミーナは目を閉じる。

 不意に脳裏に浮かんできた。

 それは、デグレアからの依頼を終えて、ヘシュワラの街へと戻る途中に立ち寄った街でのことだった。


(……あのとき、みんなで食べたカニ料理、おいしかったなぁ。 

 リー君ったら食べ方わかんなくて殻ごと食べようとして、ガヴちゃんに馬鹿にされちゃって。

 でも二人ともなんだかんだ言い合いながら、リー君もちゃんと食べ方教えてもらって。

 イレーヌさんとベルグさんが殻剥きがすっごく早くて、結局二人であっという間に全部剝いちゃってたっけ。

 リー君ってば、よっぽど気に入ったのか黙々とパクパク食べてて、かわいかったな。

 頭撫でたら怒られちゃったけど)


 ケルベロスは、一撃で確実に仕留めるだけの力を溜めていた。


(イレーヌさんもベルグさんも大人で優しいから、つい甘えたくなるんだよね。

 私もあんな風になりたかったな。

 ガヴちゃんは、いつも明るくて元気で、一緒にいるとこっちまで楽しい気持ちでいっぱいになってくる。

 まだ知り合ったばかりだけど、私、ガヴちゃん好きだな。大好き)


 ケルベロスは、禍々しい殺気を思うままに発していた。

 すぐ間近に迫る死。

 しかしミーナに恐怖はなく、

 

(バルビナ先生、みんな、ごめんね。

 助けてくれたのに、大したことできなくて。

 ここが私の頑張りどころだったんだけど、届かなかったよ)


 あるのは、悔いだった。


(……あ~ぁ、せっかく会えたのにな)


 口を尖らせて、不平を浮かべる。


(いきなり空中から現れて。

 とっても可愛いのに、すごく自分勝手で好戦的で。女の子みたいなのに男の子で。

 でも魔法を使ったら本当に女の子にもなっちゃうし、モンスターは素手で倒すし、もうわけわかんない。

 それで…………私に翼があるって言ってた)


 翼人族よくじんぞくは、人間であれば誰もが避けていた。

 獣人やエルフや魔族も、程度こそ違うが同様であった。

 

(リー君だけは、私を知っても大丈夫かもしれない。変わらずにいてくれるかもしれない。

 私が何者であっても、私として見てくれるただ一人の…………だから私は……)


 無意識に、負傷した腹部を押さえていた手に力が入る。

 痛みを思い出して、ミーナは冷や汗を垂らして苦笑する。 


「……なんて、結局言えなかったんだけどね」  


 ミーナは、リーリエルがこの世界のことを知っていけば、いずれ考えが変わってしまうかもしれないという想像を捨てきれなかった。

 この世界の常識。

 翼人族を忌避し、それに連なる自分からも離れていくかもしれないと。

 黙っていれば、何も変わらないでいられると。


「でもこんなことになるなら、思い切って言っちゃえばよかったな……」


 その結果を知りたい。

 想像はできるが、ミーナは本人の口から聞きたいと思った。


 やがて、ケルベロスは十分な力を練り上げ、準備が整った。


「我に傷を負わせた好敵手よ。

 せめてもの情けだ。一瞬で終わらせてやる。

 安心して逝け」


 ケルベロスが、ブレスで樹ごとミーナを爆砕しようとして、


「くたばれ犬コロがあああああああああああ!!!」


 ブレスを放たんとしていた顔面に対し、気合と共に全力疾走から打ちつけれた拳によって、ケルベロスは吹き飛ばされた。

 声と打撃音に、ミーナは思わず立ち上がって樹から顔を出す。


「はーっはっはっはっ!! 隙だらけではないか!!

 力の持ち腐れだな、所詮は獣か!!!」


 そこには、打撃術ストレングスを付与した手を腰に当て、仁王立ちするリーリエルがいた。 

 

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