第59話
準備を終え、リーリエルが街の出入り口を通り過ぎようとすると、そこには先客がいた。
「おっそーい! 何してたの、リーってば」
「……ガヴリー」
「え、何そのマント? だっさ。
似合わなすぎるんだけど」
リーリエルは、全身を覆うようにしている灰色の外套を羽織っていた。
リーリエルはイラついた様子で、ガヴリーに近づいていく。
「こんなところで何をしている。
街を出ろと言ったはずだぞ」
「ふーん。どうしてボクがリーの言うことなんか聞かなきゃいけないの?」
「忠告だ。死にたくなければな。
これから俺は、あそこへ戻る」
「ふ……ふーん。そう」
リーリエルの示した方向を見て、ガヴリーは額に冷や汗を浮かべる。
断続的に響いてくる爆裂音に、内心びびりまくっていた。
しかしガヴリーは必死に恐怖を押し殺し、ふふふふと余裕ありげに笑った。
「奇遇だねぇ。ボクもちょっとそこまで戻ろうと思ってたんだぁ」
「馬鹿か。お前のお守りをする余裕などないぞ」
「むっ! お守りってなんだよ!
ボクだってね、自分の身くらい自分でなんとかできるよ!」
「そうか、なら勝手にしろ」
「勝手にしますぅ~」
と、ガヴリーは目を×にして舌を出した。
「……お前は本当に言うことをきかないな」
リーリエルが小さな独り言を漏らして走り出す。
すぐにガヴリーが追いついて二人は走り出した。
しばらく無言で走り、ガヴリーが不安な気持ちを隠すように言った。
「……ね。ミーナ、まだ生きてるよね?」
「この轟音が続く限り、死んではいないだろうな。
まったくしぶとい奴だ」
くくくと、リーリエルは笑う。
「ミーナ、おとなしく一緒に逃げてくれるかな?
……なんて、あんな化け物倒せるわけないし、どうにかして説得するしかないんだけど」
「はぁ? お前はまだそんなことを言っているのか?
本当に馬鹿なのだな」
「な、なんだよぅ! 馬鹿って言うなよ!! リーの馬鹿!!」
ガヴリーが走りながらポカポカと叩いてくるが、リーリエルは気にした風もなかった。
「あいつも馬鹿だが、ただの馬鹿ではない。
むざむざ死ぬような真似はしないはずだ」
「じゃあ、ひょっとして勝算があるの?
AAAランクの魔獣を相手に!?」
「俺の想像が正しければな」
◇ ◇ ◇
助走をつけて跳躍したミーナが、魔獣ケルベロスの横を通り過ぎる。
すれ違いざま、ミーナはケルベロスの首に剣を走らせた。
(くっ……浅い!!)
人間相手であれば致命傷間違いなしの斬撃はしかし、身の丈20メートル近くのケルベロスにはかすり傷でしかなかった。
しかし、ケルベロスは驚き称賛した。
「存外やるな、人間の。我が身体をこうも易々と斬り裂くとは。
これはうかうかしてられんな」
ケルベロスの三つの首の内、両脇の首が口を開いた。
漆黒の口内が揺らぎ、ブレスを放つ。
轟音と共に、山が砕ける。
ブレスによる衝撃波に、木々と共にミーナは吹き飛ばされた。
「……このっ!!」
斜面を転がりながらも、剣を地面に突き刺して勢いを殺す。
続けて放たれるブレスを、ミーナは体勢を崩しながらも跳躍して躱し、ケルベロスと対峙した。
ブレスはミーナを掠めており、右腕部分の服は破れ血が滴っていた。
「まだまだやれそうだな、人間の」
「冗談……これ以上付き合ってたら、命がいくらあっても足りないよ」
「そうか残念だ」
「本当、残念ね」
ケルベロスがブレスを放つため口を開ける。
「安心しろ、苦しみは一瞬だ」
「ふふふ」
「……何がおかしい?」
「あなた大きいから、たぶん私でも一瞬では倒せないと思うな」
「倒す? 我をか?」
ケルベロスが小馬鹿にするように鼻で笑う。
が、次の瞬間、警戒心をあらわにした。
矮小と、取るに足らないと思っていた存在が、突然ありえないほどの威圧感を発していた。
「なん……だ? ……なんだその力は?
貴様、本当に人間か……? 何者だ!?」
ミーナの背からは、いつの間にか片翼が生えていた。
半透明の白い翼。
ばさっと、片翼を一度はためかせて、ミーナは強く剣を握りしめた。
「私は、ただの人間だよ」
◇ ◇ ◇
「あいつは人間ではない。天使だ」




