第57話
リーリエルとガヴリーはヘシュワラの街に着いた。
常に数人いるはずの門番は、二人しかいなかった。
その二人もリーリエルやガヴリーに気づきもせず、山の様子をうかがっていた。
「衛兵どもは混乱しているようだな。
無理もないか。あれだけの魔獣が出たのだからな」
現在、魔獣ケルベロスがいる位置は、ヘシュワラの街から見える山の中腹あたりである。
ケルベロス自体はほとんど視認できないが、時折起こる爆発は街までわずかに響いていた。
「街に入れないってわかってても、あんなおっきいのがでてきたらビビるよね。
……これからどうしよう?」
「門番の様子からして、街の衛兵どもは最低限の事態は把握しているだろう。
あとは、今ある戦力であの魔獣を討つのか、よそへ応援要請をするのかといったところだろうが……」
(現実的に考えて、この街の衛兵どもがケルベロスを討つことなど不可能だろう。
戦力となる数も質も圧倒的に足りていない)
「なら、ボク達はギルドに報告、でいいのかな」
「それが無難だろうな」
二人はギルドに向かって走る。
街中は取り立てて大きな変化はない。
時折山より響く爆砕の音と振動に、首を傾げる者がいる程度だ。
しかし、外を警らする衛兵の数は明らかに少なく、目に見えて浮足立った様子だった。
リーリエルはギルドに着くと、まっすぐに受付に向かう。
コリンが声をかける前に、リーリエルはどんっと机を叩いた。
「山に出現した魔獣について何か知っているか!?
アレを討てる有効な手段はあるか!? 弱点は!?」
「ま、待て待てリーリエル、落ち着け!!」
身を乗り出すリーリエルに、コリンはどうどうと手を前に出す。
リーリエルが顔をしかめながらも戻ると、コリンはほっとため息を吐いた。
「まったく……山のあの騒動はお前たちが原因か?」
コリンも山で何がしかあったことには気づいていたが、細かいことは把握していなかった。
ガヴリーが気まずそうに下を向く。
「ボクたちっていうか、なんか、そうなっちゃったっていうか……」
セルビオが魔獣ケルベロスの封印を解いたことが直接の原因であるが、なぜセルビオがそんなことをしたのか、ガヴリーもリーリエルもわかっていなかった。
封印を解いた当のセルビオは、その直後にあっさりとケルベロスに殺されていたのだから。
「それにしても、やはり魔獣の仕業だったか。
リーリエル、ガヴリー、敵わないと思って退却したんだろうが、ああいったものを放置するのはあまり感心できんぞ?」
「コリン、そんな悠長なことを言っていていいのか?
街の衛兵どもは随分と慌ただしい様子だったぞ」
「そりゃ衛兵連中は、街の安全を守るのが職務だからな。
当然、街近辺の平穏を維持することも含まれる。
街からわかる距離で、あんなのに居座られたらたまらんだろう」
「ギルドとしては何もしないのか?」
「討伐依頼が課されるまでは、特にはな。
さすがにあんな魔獣を無料で討伐しようなんて酔狂な奴はいないだろ?
そもそも、この街にあんなのを倒せる冒険者がいるのかって問題もあるんだがな。ここまで音がしたり、振動が届いたりなんて相当なもんだ。
リーリエル、お前はアレから退却してきたんだろうが、態勢を立て直してからならやれそうか?」
「不可能だ。俺が殺される方が早い。
ベルグやイレーヌは、ここにはいないのか?」
「うん? あいつらなら、デグレア殿と共に盗賊の討伐に行っているぞ。
この前の護衛依頼の際に捕らえた盗賊から、いくつか根城を吐かせていたらしい」
「……そうか」
魔の悪いことだな、とリーリエルは歯噛みした。
「ガヴリーはどうだ? あの魔獣、倒せそうか?」
「……無理だよ、あんなの」
「だろうなぁ。
そんなわけで、たとえ討伐依頼が来たとしても、誰も受けない塩漬け案件になる可能性が高い。
それよりも国軍が動く方が早いだろう。
なぁに、どうせ街には魔物の侵入を阻む結界が張られているんだ。
多少外に出るのに制限はかかるだろうが、国軍が討伐するまでの辛抱だ。そう何日もかかることは……」
「ミーナは残った」
「…………残った? ミーナが?」
「そうだ」
リーリエルが答えると、コリンは口を閉ざした。
「あいつだけが、あの場に残り、魔獣と戦うことを選んだ。
依頼をしてきたハーフエルフは、あの魔獣の封印を解いた直後、殺されている。
アレが倒せないならば、ミーナは残る意味などないはずだ。
この街の結界とやらが正しく機能しているのであれば」
「結界は機能している」
コリンは僅かに目を逸らして言った。
「リーリエル。魔獣は、どういったものだ?
何か特徴や、その、例えば……」
「ケルベロスだ。
地獄の門番と称される、魔獣ケルベロス。
漆黒の巨体に3つの首を持つ、人語を解する魔獣だ」
リーリエルの言葉に、コリンの右眉がぴくりと動く。
「……そうか、ケルベロスか。AAAランク級の魔獣じゃないか。
よく知っていたな、リーリエルは」
「昔に少し聞きかじった程度だ。
特徴的な外見でもある。何よりあの力だ。すぐ気づいた」
「そうか」
コリンは短く答え、立ち上がった。
「何にせよ、今の時点でギルドにできることはない。
リーリエル、ガヴリー。お前たちは、今日はもう宿に戻った方がいい」
リーリエルとガヴリーは納得がいっていないようだったが、かといって何をできるわけでもない。
くすぶった気持ちのまま、リーリエル達はギルドを出ていった。
コリンは二人の背を見送ると、奥にいた娘に声をかけた。
「…………プレメア、ちょっと受付変わってくれ」
「うん、わかった。
お父さん、何かあったの?」
「少しな。しばらく戻れんと思うから頼んだぞ」
コリンは早足で奥へ行き、扉を開けて部屋に入る。
机に設置された魔導器具を稼働させた。
「ヘシュワラから首都フォンディーヌ。
ヘシュワラから首都フォンディーヌ。
先ほどの案件だ、応援部隊は至急向かわせてくれ。
対象は魔獣ケルベロスと推定、冒険者が視認している。
AAAランクの魔獣が相手だ。多少の時間は稼げるだろうが、長くは持たん。できるだけ急がせろ」
コリンは二、三言会話を交わし通信を切ると、机を叩いてクソったれと吐き捨てた。
そのまま罵詈雑言をわめきたいところだったが、すぐさま通信を再開する。
極力冷静さを失わないよう努めるが、汗は噴き出し、喉は乾ききっていた。




