第56話
「ちょ、リー!? ちょっと待って!?」
手を引っ張られながら走るガヴリーが、抗議の声を上げる。
リーリエルが手を放すと、ガヴリーはバランスを崩しかけるが、どうにか体勢を整えて山道を駆け下りる。
「急げ。死にたくなければ、少しでも速く走れ」
「わかってるけど……ねぇ、あの人ってどうなったの? ハーフエルフの……」
「さてな。魔獣のブレスが放たれた直後から、俺の記憶は飛んでいる。
だが状況的に生きている可能性はほぼないだろう」
「……まぁ、あんなだもんね」
隣を走るミーナが、目を伏せる。
「私も必死だったからはっきりとはわからないけど。
位置的にセルビオさんには、魔獣のブレスが直撃してたと思う」
「では即死以外ありえんな」
「即死……」
「ガヴリー、速度を落とすな!」
後方を確認すると、魔獣ケルベロスは悠然と山道を下っていた。
障害物となるであろう木々を関係ないとばかりにバキバキとなぎ倒し、まっすぐに降りてくる。
超重量級の魔獣が追ってくる中、リーリエル達は全力で走っていた。
「幸い、あの魔獣の速さはそれほどではないようだ。
このまま撒くぞ」
「街まで行けば、何とかなるもんね!
結界が張ってあるんだから、あのでかいのだって入ってこれないし!」
ガヴリーが額に珠の汗を浮かべ、ニヤリと笑った。
リーリエル達が出発した街――ヘシュワラの街までは、ここからそれほど遠い距離ではなかった。
このままのペースで走れば30分もかからないだろう。
「街まで……」
呟いて考え込み、ミーナは足を止めた。
数歩勢いのまま走ってから、リーリエルとガヴリーが足を止めて振り返る。
「何してるのミーナ!?
あのでかいの、いくら速くないからって、こんなところにいたらすぐ追いつかれちゃうよ!?」
「……うん、そうだね」
「だったら早く行こうよ!?
街まで行けば、魔物を阻む結界があるんだし、ひとまず助かるでしょ!?」
「…………」
「ちょっとミーナぁ!?」
ガヴリーがミーナの手を取るが、ミーナは動こうとしなかった。
リーリエルが問う。
「残るのか? お前は、ここに」
「……そうだね」
ミーナがくしゃっと笑うと、リーリエルは舌打ちして即断した。
「行くぞ、ガヴリー」
「え? でも、ミーナは……」
「そいつは残ると言ったのだ。
なんだ、お前も残ってアレに挑みたいのか?」
「うぇ!? そ、そんなの無理!!」
ガヴリーは魔獣ケルベロスを見て、ぶんぶんと首を振る。
ミーナは頬をかいて困ったように言った。
「私も、別に挑もうとか思ってるわけじゃないんだけど……」
「そうか」
リーリエルは背を向けて走り出す。
その背は、見る間に小さくなっていった。
「え、あ、う……」
ガヴリーは、リーリエルとミーナを見比べる。
数秒間迷い、
「ボ、ボクも行くよ!」
リーリエルを追って走り出した。
離れていく二人の背に向けて、ミーナは小さく手を振る。
やがて、ミーナに影が差した。
地の底を這いずるような重低音が響く。
「恐ろしさに足がすくんだか?
それとも、蛮勇をもって我に挑むか?」
「…………」
「答える気力も失ったか」
ケルベロスは左右の首の口を開いた。
後方の爆裂音を聞いて、ガヴリーは走りながら首を向けた。
山の中で、一部緑がなくなっている部分がある。
ガヴリーの顔色は青くなった。
「あれは、倒せん」
リーリエルが呟くように言った。
「地獄の門番とはよく言ったものだ。
あれだけのプレッシャー、宿した魔力、とてつもない破壊力のブレス。
なるほど、魔王が手を焼いたというのも頷ける」
「な、なんの話?
リーはあのでっかいの、知ってるの?」
「聞きかじった程度だ。
アレに対する有効な手立ては知らん、役に立たない知識だけだ。
……ガヴリー、この国の名はなんというのだ?」
「え? デルムガルド王国だけど、それが何?」
ガヴリーの言葉に、リーリエルは自嘲した。
(迂闊だな、俺は。
……だが)
リーリエルは、顔を上げ歯を食いしばった。




