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第55話

 リーリエル達が、たどり着いたのは広大な薄暗い空間だった。

 天井までは20メートルはあり、端は見えなかった。

 周囲は土に覆われているが、至る所に苔が生えている。

 苔からは光が漏れており、空間内をうっすらとした明るさで満たしていた。


「これ、光苔だよね」 


 ミーナがしゃがんで苔を触る。

 ガヴリーが並んだ。


「へー、珍しいね。

 こんなにいっぱい生えてるの、ボク初めて見たかも」


「ダンジョンの奥の方で自生してるイメージだけど、私もこんなに生えてるのは見たことないかな」


「それはそうでしょうね」


 セルビオが微笑む。


「光苔というのは、魔力を吸収して育つものなのです。

 空気中に漂う魔力が強ければ強いほど、光苔も育ちやすくなりますので」


 セルビオの解説に、ガヴリーとミーナはへーっと納得した。

 しかしすぐにミーナは気づいた。 


「……うん?

 てことはセルビオさん、ここには今魔力が溢れているってことですか?」


「そうですね。地上にこれだけの魔力が漏れ出る程、封印が弱まったということでしょう」

 

「封印? なんの?」


 ガヴリーが首をかしげる。

 セルビオは薄く微笑んでいる。

 ミーナは、この空間やセルビオの態度に、どこか違和感を覚えた。

 そしてリーリエルは、この空間に来た時からずっと何かを感じていた。


(なんだ、この感覚は。

 妙に落ち着かん……) 


 周囲をうかがう。背中には汗が浮かんでいた。

 セルビオは楽しそうに笑って、空中に指を動かした。


「無論、魔獣ケルベロスですよ」


 瞬間、地面が抉れてそれが姿を現した。


 魔獣ケルベロス。

 端的に言えばとてつもなく巨大な黒い犬である。

 三つの首を持っており、それぞれが独立した思考をしている。

 しかし共感能力も有しており感覚も共有しているため、一つの個体と言えた。


 ケルベロスの三つの首がリーリエル達を見下ろしている。

 その巨体は、体長十数メートル級であり、天井へ届きそうな大きさであった。


「汝らか、我を目覚めさせたのは」


 真ん中の首が、重々しく言葉を発する。

 その声は、聞く者に底冷えのするような禍々しさを感じさせた。


「はい」


 セルビオが一歩前へと出る。

 セルビオの声で、リーリエル達は我に返った。


(……この俺が、このような獣を前にして呆然としていただと!?)

 

 リーリエルは拳を握り歯を食いしばって、魔力を練り上げる。

 心臓が早鐘のごとく脈打っていた。


「そうか。礼を言う」


 かぱっと、左右の首が口を開けた。

 その口内は漆黒。巨大な闇であり、


「受け取れ」


 うっすらと光が差す。

 リーリエルとミーナは、ガブリーを掴んで同時に跳んだ。

 直後、山が揺れた。




 肩をゆすられている。

 そうリーリエルが理解したとき、必死に呼びかける声が聞こえてきた。


「リー君!! リー君ってばっ!!」 


 リーリエルはミーナに抱かれていた。

 繰り返し呼びかけ続けており、リーリエルが目を開けると、泣きそうな顔をしていたミーナが目を見開いた。


「リー君!? 大丈夫!?」


「……ところどころ痛むが、気にするほどではない。

 それよりどこだ、ここは? 外か?」


 ミーナから離れ、リーリエルは周囲を見渡す。

 木々や草に囲まれ、傍らにはガヴリーがぽけーっと突っ立って遠くの方を見ていた。現実逃避中である。


「うん。私たち、あの魔獣に吹き飛ばされたの。

 天井が崩れて滅茶苦茶になって、気づいたらここに、山に出てた」


「大した威力だな。あれはブレスか?」


「だと思うけど、ドラゴン種だってあれほどのブレスは吐けないと思う。

 ……とんでもないよ、あの魔獣」

 

「ああ」


 リーリエルは軽く頭を振って、意識をはっきりさせる。

 気を失っていたのは僅か数秒程度であったが、リーリエルのいた山の形は変化していた。

 魔獣ケルベロスのブレスにより山は爆裂し、その一部が砕かれていたのだ。


「加減を間違えたか。

 目覚めたばかりでは、調節が難しいな」


 禍々しい声がしてリーリエル達が振り返る。

 三つの首が、リーリエル達の姿を捉えていた。紅い瞳、金色の瞳孔が細くなる。


「すごいプレッシャー……」


 剣を抜いて構えるミーナに、リーリエルは短く言う。


「逃げるぞ」


 返事を待たずに、リーリエルは棒立ちするガヴリーの手を取り全力で走った。


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