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第47話

 出発してから四日が経った。

 あれからまた別の盗賊の襲撃があったものの、初回と同じくリーリエル達や騎士によって危なげなく討伐されていた。

 捕縛した盗賊の生き残りは、立ち寄った街に引き渡され厳しい取り調べを受けることとなっていたが、賊はむしろ殺されなかったことこそ幸運だとばかりに、洗いざらい進んで自白する始末であった。


 そして、五日目のことである。

 馬車内で待機していたベルグが、人の気配を感じ取って身を起こした。


「お? また盗賊か?

 この馬車、わざと物騒な街道ルートを通ってるんだろうけどなぁ」


「ホントに多いんだね~」


 ベルグの言葉に、ミーナが軽い調子で答える。

 二人はこれまでのことを考えて、軽くあしらえる相手と思っていた。


「………」

 

 リーリエルも同様に考えていたが、不思議と頭の隅で警鐘が鳴っていた。


(こんな開けた場所で仕掛けてきた?)


 今までの賊は、多少は身を隠せる場所を選んでいた。

 待ち伏せをして、不意をつくのに都合がいいからだ。

 となれば、今度の賊はよほど自信があるのか、単なる底抜けの馬鹿なのか。


(……いや)


 リーリエルは即座に否定する。

 ぞわぞわとした感覚が背を這う。


(これは、当たりだ!)


 口角を上げ、リーリエルは馬車を飛び出した。

 果たしてそこには、10に満たない数の人影があった。遠巻きに、小高い場所から馬車を見下ろしていた。

 その者たちは、盗賊などとは比較にならない実力を感じさせた。

 リーリエルに続いて馬車から出てきたベルグやミーナ達も、相手が手練れであることに気づく。


「……こいつは面倒そうなのに出くわしちまったか。

 しかしなんだ、あの仮面は?」


 ベルグが油断なく双剣を手にする。

 体格はバラバラ、服装も各々異なっており統一性はない。

 が、全員が表情の乏しい白い仮面を付けていた。


「ボクが一発ブチかましちゃおっか?」


 ガヴリーが魔弓を構えるが、ベルグが止める。


「いや、向こうは敵意を示してないし、騎士さんたちの方も警戒だけで明確な動きはない。

 まだ様子見の段階だ」


「たまたま通りかかっただけには、見えないけどね」


「それでも、俺たちの方から仕掛ける理由が…………って、おい!」


 全員の動きがない中、リーリエルはただ一人、まっすぐに仮面の者たちへと突き進んでいった。


「貴様等の狙いはなんだ?」


 白い仮面のうちの一人が、数歩前へと出る。


「おひとりで来るなんて、使者のつもりなのかしら?

 では伝えていただける? 馬車を置いておとなしく去りなさいと」


 表情こそ仮面に隠れているが、若い女の声だった。

 凛とした通る声で、リーリエルを嘲笑っていた。

 リーリエルよりも小柄で、肩の上で揃った茶色の髪が風に揺れている。


「子どもに用はない」


「な!? だ、誰が子どもですか!!」


「では貴様が率いているのか?」


「え? そういうわけでは、ないですけど……」


 リーリエルは呆れてため息を吐いた。


「こ、このっ!!

 ……いいですわ!! 皆聞きなさい!! ワタクシ、この小娘に決めました!!!」


「何を言っているガキが」


「あなたこそ子供じゃありませんか! もう絶対に許しませんわ!!」


 興奮した仮面の女が腰を落とす。

 同時に発せられた威圧に、リーリエルは無意識に身構えた。

  

「おとなしく腹を見せて降参なさい!!」


 ドンッという踏み込みと共に突っ込んできた仮面の女が、リーリエルに拳を振るう。

 リーリエルが想定していたよりも数段速い動きで、あっという間に拳が顔面に迫っていた。


(!? こいつっ!!)


 反射的に首を無理矢理よじって拳から逃れる。

 大きく体勢が崩されて、リーリエルは横に転がって間合いを取った。


「躱された!?」


 仮面の女は、突進の勢いのまま大きく前進していた。

 振り返るころには、リーリエルも冷静に相手を見定めていた。


「……ただのガキではないようだな」


 リーリエルは、右頬から流れる血を指で拭う。

 仮面の女の拳が掠り、その鋭さでリーリエルの頬を切り裂いていた。


「いいだろう、このリーリエルが相手になってやる」


「だからガキではありませんわ!

 あなた本当に自分のこと棚に上げますわね!!」


「行くぞ」

 

 短く息を吐いて、リーリエルが地を蹴った。




「ちょっとちょっとリーの奴、なんかドンパチ始めちゃってるよ!?」


 ガヴリーがあわあわとした様子で指さす。

 横目でそれを確認しながら、イレーヌは魔力を練り上げた。

 周囲にいる仮面の者たちのうち、4人は今も馬車を遠巻きにして待機しているのだが……。


「ちぃッ!!」


 放たれた矢を、イレーヌを庇うようにベルグが双剣で斬り捨てる。

 3人の仮面の者たちは動き出していた。


(中距離からチクチクと鬱陶しいな)


 ベルグが間合いを詰めに行くと、いともたやすく距離を離されてしまう。


(くそ、速い!

 楽に距離を詰めさせてはくれそうにないな!)


 仮面の者たちの動きは尋常ではなかった。

 ベルグは決してスピードがないわけではない。

 むしろ同等のBランクの冒険者の中では速い方だったが、それでも仮面の者たちの速さについていくことはできなかった。


 ベルグは深追いせず、その場にとどまる。

 仮面の者たちは距離を取ったまま散発的に弓を射るが、これをベルグは剣で斬り裂いた。


(積極的には攻めてこない……。

 本気さが感じられないし、陽動か? やりづらい相手だな)


炎包幕ファイア・スプレッド!!」


 イレーヌが炎魔法を放つ。

 仮面の者たちがいる一帯を、炎が覆うように焼いていく。

 しかし大きく跳躍し、仮面の者たちは難を逃れた。


「これは、当てるの難しそうね」


 イレーヌの横で、ガヴリーが魔弓を構える。 


爆裂矢ブレイク・アロー

 爆裂矢ブレイク・アロー

 う~~、ちょこまかとぉぉ!!」


「……少しは手伝ってほしいところだが」


 ベルグが周囲をうかがう。

 騎士たちは馬車の周辺に待機していて、仮面の者たちへ向かっていく気配はなかった。

 馬車を護衛するという意味では、それは至極真っ当な動きである。

 ミーナも周囲に気を配りながら、警戒を強くする。

 異様な速さの敵に対して、前衛をベルグだけに任せることはできなかった。


(大丈夫かな、リー君。

 強いよ、この人たち……)




 リーリエルは、繰り返し突っ込んでくる仮面の女の拳をギリギリでかわす。

 拳による風圧がリーリエルの頬を叩くように過ぎていった。


「このっ!! ちょこまかと!!」


 女は勢いのまま、駆け抜けていった。

 悔しそうに拳を握りしめる。


「さっきから逃げてばかり!

 あなた、まともに戦う気はないのですか!!」


「あるぞ」


「ならば正々堂々と打ち合いなさい!!」


 大きく踏み出し、女がリーリエルに肉薄してくる。

 女が右手を大きく振りかぶりながらも、左手が動いたのをリーリエルは見逃さなかった。

 リーリエルは半身になりながら、女の左拳からの突きを捌いた。


「このおおおおお!!!」


 女は、ことごとく攻撃を躱されて、イライラが頂点に達した。

 今度こそはと、大振りになった右拳がリーリエルの顔面をねらう。


「そうだな。もういいだろう」


 リーリエルがつぶやき、打撃術ストレングスのかかった右手を振るった。

 リーリエルと女の拳がぶつかり合い、岩同士が激突したような音が響く。


「ぐっ!?」


「ふん」

 

 両者は共に衝撃で吹き飛ばされて、女は大きく動揺し、リーリエルは鼻を鳴らした。


「ワタクシの攻撃が…………いいえ、今のは偶然に過ぎないわ!!

 これならどうです!?」


 女は接近して、連撃で両拳を素早く振るう。

 リーリエルの目は、それをすべて追うことはできず、両手をクロスさせて防御を固めた。

 直撃こそないものの、女はリーリエルを打ち続ける。


「ふふふ、はっはははははははは!!!

 どうですどうです!! 亀のように縮こまってかわいらしいこと!!!

 一体いつまでそうやって耐えられ……」


「お前、悪くはなかった」


 突如リーリエルが防御を解き、最短で女の顔面を打ち抜いた。


「ぎゃッ!?」


 女は後退し、打たれた右目付近を押さえる。

 リーリエルも女の拳を左頬に受けていた。口内が切れている。

 ぷっ、と血を吐き出し、リーリエルは口を拭った。


「貴様は速い。目が慣れなかったら、危うかったかもしれん」


「何を!! 相打ちの一撃を入れた程度で、もう勝った気ですか!!!」


「その通りだ。せいぜい抵抗しろ」


 リーリエルが初めて明確に攻勢に転じる。

 左右の動きを入れたフェイントに、女は反応が遅れる。

 苦し紛れに女は拳を振るうが、リーリエルは身体を横にして躱した。

 躱した勢いのまま、女の左腹部目掛けてリーリエルの右フックが迫る。


「そんなの見え見えで……がぅッ!?」


 女は左ひじを折りたたみ、リーリエルの右フックをしっかりとガードした。

 しかし、リーリエルはガードごと女を吹き飛ばした。

 身体が浮き空中へ飛ばされた女を、リーリエルが追撃する。

 大きく右手を後ろにやり、弓のように身体を引き絞る。

 

「俺の拳は、重いぞ」 


 爆発したような音と共に、女の身体は弾き飛ばされる。

 身体を地面に打ちながら転がり、やがて女はうつ伏せになって止まった。


「……く……ワタクシが……こんな簡単に…………」


 女は地に手をついてかろうじて立ち上がるが、フラフラとよろけてしまう。

 膝が震えて、今にも崩れ落ちそうだった。


「この……このっ……」


 膝を拳で打ちつけ、無理矢理に震えを止めようとする。

 女の目はまだ諦めていない。歯を食いしばって、リーリエルを睨みつける。

 リーリエルは、女に一歩ずつ近づいていき、


「そこまでにしてもらいましょう」


 声と同時に渇いた音がして、リーリエルの身体は右方へと吹き飛ばされた。

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