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第44話

 リーリエルはベルグに髪をまとめられていた。


「微妙に頭が重いな」


「我慢してくれ。

 湯船に髪つけるのは、あんまりよろしくないんだよ」


「………」


 左右に軽く頭を振って、リーリエルは僅かに顔をゆがませる。

 鬱陶しそうにするリーリエルに、ベルグが苦笑した。


「壁に寄っかかった方がリラックスできるぞ」


「……ふん」


 言われた通りに、壁に寄り掛かる。

 リーリエル的にはまだ不満があったが、それでもしっくりきたのか表情から険がとれた。


「そんなに髪が鬱陶しいなら、切ればいいんじゃないか?」


「無駄だな」


「無駄?」


「切っても仕方がないということだ」


「……切りたくないってことか?」


「無駄だからな」


 ベルグは、リーリエルの言葉の意味を半ばわかっていなかったが、それでも意外に思った。


(リーの奴、普段男らしい感じだけど、髪は伸ばしていたいのか。

 意外とかわいらしいところもあるんだな)


 ベルグが微笑ましくと思っていると、リーリエルが忌々しそうにごちた。


「切ったところですぐに再生してしまった。

 俺は今、この姿に固定されているとでもいうのか?

 おまけに髪の再生ごときで勝手に魔力まで消費するなど。

 まったく馬鹿げている。一体どうなっているんだ、この身体は。

 本当に呪いじみているぞ……」


 くっ、とリーリエルは固く目をつぶった。


「どうしたんだ、リー? 熱いのか?

 だったらこっちの方がいいぞ、ここからぬるま湯出てるからな」


「熱くはない」


 ぶっきらぼうに言い放つが、リーリエルはベルグの差した方へと移動した。

 流れてくるぬるま湯が心地よかった。

 満足そうにしているリーリエルの顔を見て、ベルグは笑った。

 互いに弛緩していたところ、リーリエルがふと思い出した。


「ベルグ、ガヴリーが気になることを言っていた」


「ガヴリーちゃんが? 何を?」

 

「教会に、なぜ天使の絵があるのかと。

 そんなもの普通のことではないのか?」


 リーリエルにとって、天使というのは人が信仰する神の使いであった。

 地域によって信仰する神に違いはあれど、おおむね似通ったものであり、教会に神の使いとされる天使の絵があることは不思議でもなんでもなかった。


 しかし、天使という言葉にベルグはぴくりと反応した。


「何かあるのか」


「何かあるっていうか…………何かあった、だな」


 怪訝に思うリーリエルを見て、ベルグは「そういえば、リーは田舎の出だったか」と呟いて、説明を始めた。


「今から5、60年前くらいに人族と戦になってるんだよ。

 もちろん天使なんて伝説的な存在じゃなくて、実際にやりあったのは翼人族よくじんぞくだけどな」


「翼人族……」


「その名の通り、翼を持つ人間さ。灰色の翼だったかな?

 人口はあまり多くなかったみたいだし、その存在自体、隠されてきたみたいでな。

 人と翼人族の交流が始まったのも、戦いになる数年前のことらしい。

 戦いになった理由については、翼人族が人族を支配しようとしたからだの、人族から不当な扱いを受けてきたからだの、いろいろ言われてるな。

 本当のところはわからないが、戦があったのは間違いない。

 結果、翼人族は滅び、その姿が似ている天使も忌避されるようになったってわけだ。

 古い教会なら天使にまつわるものも残ってるんだろうが、大抵は打ち壊されたり破棄されているはずだ」


「人間は、翼人族と天使を同一視したのか」


「当初教会側は無関係を主張していたし、本当のところ違うだろうなと思っている人間も多かったと思うけどな。

 だが、実際に翼人族と戦った者やその親族なんかは、似ているだけで排除の対象としては十分だったんだろう。

 この戦いは市街戦が多かったみたいで、かなり悲惨だったらしいしな。

 戦が終わってからも翼人族に対する憎悪はとどまることを知らず、結果として教会側が折れて天使にまつわるものの大半を処分したんだ」


「なるほどな」


「まぁ、翼人族については言うまでもないけど、天使についてもタブーな面は強いなぁ」


 話し終えて、ベルグは大きく伸びをした。





 風呂からあがり外へ出ると、待ち構えるようにミーナが立っていた。


「ベルグさん、こんにちは~」


「おう、ミーナちゃん。こんちは」


 ミーナの頬はほのかに赤い。

 まだ銭湯から出て、それほど時間は経っていなかった。


「リーくん、ちゃんと髪乾かしてきたんだ。意外。かわいーー」


「うるさい。ベルグの奴がしつこかったのだ。

 無理矢理ドライヤーとやらで熱風をかけられたぞ」


「おー、ベルグさん、グッジョブ!」


「さすがに、この外見でバサバサってわけにもいかないだろ」


 嫌がるリーリエルをどうにか納得させて、ベルグは備え付けの櫛でリーリエルの髪を梳かしていた。

 普段構わないでいるせいか、身体を洗って軽く髪を整えただけでリーリエルは見違えてしまっていた。


「まったくリー君ってば、ちゃんとしてればこんなにかわいいのにね。

 もっと身だしなみに気を遣ってもいいのに」


「男がかわいくてどうする。

 だが、風呂自体は悪くなかった」


「そういえば、リー君もっと早く出てるかと思ったけど、結構長かったよね。

 気に入ったんだ?」


「悪くない」


「そっかー。じゃあまた来ようね」


「あぁ」


「……いやー、あんまり、頻繁に来るのは、オススメできないんだけどなぁ」


 ベルグが微妙な表情を浮かべる。


「え? お風呂に入って清潔にするのはいいことじゃないですか?」


「そうなんだが、まぁ、いろいろな」


「いろいろって…………はっ!?」


 ミーナが気づく。

 それは、ミーナが銭湯に入る前に気にしたことでもあった。


「それって、そういう……」


「そういう、感じだなぁ……」


「そっかー……」


 風呂場で、リーリエルに集まる視線をベルグは思い出す。

 一見して女のリーリエルが男湯に堂々といるのは、他の男性客にとっては完全に想定外で驚きと好奇の視線に晒されるのは無理のないことである。

 ミーナはその状況を想像し、ベルグと二人して唸るのだった。




 ◇ ◇ ◇




 3人は腹ごしらえのためギルドに寄ると、受付にいる少女から声をかけられた。


「ベルグさん、お疲れ様です!」


 それは紫がかった黒髪の少女だった。

 年は14歳。

 リーリエルやミーナよりも少し小さい背丈である。


「プレメアちゃんじゃないか。今日はコリンさんの手伝い? 偉いな」


「えへへ。ギルドの受付、楽しいですから。

 冒険者さんたちを手助けできるの、嬉しいです。

 あ、ミーナさんも、そちらの方も、お疲れ様です!」


 ミーナは軽く手を振って、リーリエルは無反応だった。

 プレメアは気を悪くした風もなく、笑顔を浮かべていると、ギルド内の空気が和らいでいった。

 周りにいる冒険者たちは、普段ではありえないほど緩っとしたものとなっていた。


「プレメアちゃん、ホント癒されるわ~」


「いつまでも受付にいて欲しい。

 辛い依頼も、あの子にお疲れ様ですって言われりゃ何てことないな」


「そもそも、スキンヘッドのおっさんが受付やってること自体おかしいんだよ。

 あぁ、早く正式に雇われてくれねぇかなぁ」


「なぁ、ところであの赤髪の娘、だれだ?」


「知らね」


「ベルグの野郎、また可愛い子引っかけてきやがったのか……」


「おい、マジでかわいいじゃねぇか!

 あの野郎、イレーヌだけでも許せねぇってのに、ミーナやガヴリーやリーリエル……とどまることを知らねぇな!」


「よし、殺そう」


(爽やかスマイル浮かべて殺人を決意するなよ……)


 ベルグは漏れ聞こえてくる冒険者たちの言葉に顔を引きつらせていると、受付にコリンが戻ってきた。青筋を浮かべている。


「おめぇら……昼間っから飲んだくれてねぇで、ちったぁ真面目に働いたらどうなんだぁああん!?」


 コリンの重圧に、冒険者たちは気圧され静かになった。


「ったく、仕様のねぇ連中だぜ」


「お父さん、そんな風に怒っちゃダメだよ。

 みんな頑張ってるんだから、たまには休まないと」 


 プレメアの言葉に、ギルド内が再び弛緩する。


「プレメア……お前、将来ダメ男引っかけてきそうだよな」


「そんなことないもん。

 ね、ベルグさん」


「あ? あぁ。手伝いとは言っても、仕事はちゃんとしてるし、しっかりしてるじゃないか。

 プレメアちゃんなら大丈夫でしょ、コリンさん」


「…………あぁ、まぁ、なぁ。

 ほら、ここはもういいから、お前はあっちの資料をまとめといてくれ」


 コリンに背中を押されて、「もう、わかったよ」と言ってプレメアは奥へと向かう。

 その際、一度振り返って手を振っていた。 

 コリンは小さくため息をついて、ようやくコリンはミーナに気づいた。


「おお、ミーナ。昨日はご苦労だったな。結構な数のオークを討伐していたみたいじゃないか。

 依頼主のデグレア殿も、気にかけてたぞ」


「ベルグさんやイレーヌさんと一緒だったから。

 一人の時よりも、ずっと安全に立ち回れるね」


「いつも単独ソロで動いていたお前も、ようやくまともにパーティ組むようになったんだなぁ。

 感慨深いぜ。

 …………そういえば、その娘は誰だ? 新しい仲間か?

 また随分可愛らしい娘を連れてきたな」


 コリンが興味深そうに視線を向けると、リーリエルは無愛想に告げた。


「お前は何を言っている。俺だ」


「え? ……え? その声…………まさか、リーリエルか?」

 

「それ以外の誰に見える。その年で耄碌したか?」


「…………お前が変わりすぎなんだよ。

 どういう心境の変化だ。

 まぁ、似合ってはいるが」


「変化などしていない。

 ベルグにやられただけだ」


 コリンが感心するように、ベルグに顔を向けた。


「魔法か?」


「大した手間はかけてない、というか本当に大したことしてない。

 髪を梳いただけなんだが……」


「それでこんなに魅力爆上がりになるんだから、リー君のポテンシャルは半端ないね!」


 ミーナが興奮気味に鼻息を荒くする。


「明日から毎日私が櫛通してあげるね、リー君!」


「お前は触るなよ」


「なんで!?」


 ガーンとショックを受けるミーナを、リーリエルは不快そうに見ていた。

 コリンは空気を変えるように、リーリエルに話す。


「そ、そういえばリーリエル。昨日は大変だったみたいだな。

 ジョナサンからも話は聞いてるぞ」


「ジョナサン? 誰だそれは」


「お前さんが蹴り倒した冒険者だよ。

 なんでも、多勢のオークに襲撃されて捕まって、逃げ出す隙をお前さん達に作ってもらったんだって?」


「へぇ。リー、いいとこあるじゃないか」


「………」


「ベルグさん、それ、リー君は絶対意図してないよ。

 完全に偶然の結果だと思うな」


「そうか?

 いや、そうだな」


 ミーナとベルグの言う通り、リーリエルはジョナサンの存在自体を気に留めておらず、勝手に結果が転がっただけだった。

 このことに関して、リーリエルは毛ほども興味がなかったのでスルーした。


 リーリエルはオークの討伐報酬とオークの魔石を換金し、オーガについても話す。


「オークを率いていたオーガ、か。

 近年、オークの数が増加傾向にはあったが、そのオーガも何か関係しているのかもしれんなぁ。

 ともあれ、この話を依頼主に伝えればオーガの報酬についても用意されるだろう。

 報酬は、山分けでいいのか?」


「いや、ガヴリーに渡せ。

 アレを倒したのは、あいつだからな」


「そう、か」


 コリンは顎に手を当てて思案する。

 思考を整理するように呟いた。

 

「リーリエル、それとガヴリーも……いや、他にも、パーティ全体に声をかけた方がいいか……」


「パーティ?」


「ミーナと、ベルグやイレーヌだな」


「俺たちはパーティなぞ組んでおらんぞ」


「なに? ……いや、パーティでなくとも構わない。

 お前が信頼する冒険者であればな」


「一体なんの話だ?」


「単純なことさ」


 コリンは声を潜めて告げた。


「依頼だ。理由わけありの護衛依頼だ」



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