第42話
(リー君、遅いなぁ)
誰もいない宿屋の食堂の席で、ミーナは頬杖をついて待ちくたびれていた。
日が沈んでからかなり経過しており、深夜ともいえる時間となっている。
小一時間前までは、共に山でオーク狩りをしていたベルグやイレーヌといたが、すでに二人は自分達の宿へと戻っていた。
「………」
ふと、オークにやられてしまった可能性が浮かぶ。
(…………いやー、ないなぁ。
オークにやられるなんて、ないない。
別の何か超強力な魔物に遭遇しちゃってたら、わかんないけど)
どちらにせよ、今更である。
この暗闇で、山のどこにいるとも知れない者を探すことなどできはしない。
万一を心配して動くにしても、日が昇ってからだ。
「………」
それよりも、よほど可能性の高い考えが浮かぶ。
もう、リーリエルはこの宿には戻ってこないのでは?
(…………ありそ~~)
ミーナは、がくっとうなだれ、頬をテーブルにつけた。
(リー君、勝手に行っちゃったんだもんなぁ。
もう戻ってこなくてもおかしくないよねぇ。
まだ街にはいるのかなぁ? だったら、明日探して、それで……謝ったら、仲直りできるのかな)
そもそもミーナがリーリエルと顔を合わせて、素直に謝るかは怪しいものであるが。
(……リーくんと、ガヴちゃんかぁ。
なんだかんだ相性よさそうなんだよね。
リーくんって意外とチョロいし、ガヴちゃんもチョロいからなぁ。
二人合わせてチョロいんズだよ)
ミーナは笑みを浮かべてから、すぐに沈む。
そして、荒々しく扉を開く音がした。
ミーナが身体を起こして音の方を見ると、全力で突っ込んでくるガヴリーにタックルされた。
「ミーナぁ、助けてよぉ!!
リーったらひどいんだよぉ!!
この寒空の中にボクを放りだそうとしてるんだよ!! ありえないよね!!」
「ちょ、ちょっとガヴちゃん、落ち着いて……」
ミーナはギリギリのところで椅子から倒れずにいるが、かなりキツイ体勢になっていた。
「何がありえないだ。自業自得だろう。
宿代を何日も払わずにいれば、追い出されて当然ではないのか?」
「そ、それは……明日なら払えたしー!!」
「約束は今日までだったのだろう?
お前、それでよくゆっくりと飯を食ってから戻れたものだな」
「だ、だって今日はもうギルド終わっちゃってたし報酬受け取れないんだから、しょうがないじゃん!!
それにあのオジさんたちが奢ってくれるっていうしさ!!! 食べなきゃもったいないでしょ!!!」
「奴ら、生きていたとはな」
「そういえば、普通に元気そうだったね。
あんなにボロボロだったのに」
「大方死んだふりでもして、逃げる機会をうかがっていたのだろう」
「あのドタバタでどさくさ紛れに逃げたって言ってたね。
それはもう、実質ボクたちが助けたようなものだもんね。だったらお礼はもらわなきゃね!」
「しかし宿屋の娘と、支払いの期日についての交渉中にげっぷをするなぞ。
お前、度胸だけは一人前だな」
「なんだよー!!」
「……ガヴちゃん、げっぷはちょっと……」
「ミーナまでーーー!!!」
ガヴリーは、ばっとミーナから離れてテーブルに突っ伏してわんわんと泣く。
リーリエルは鼻を鳴らす。
「こいつはお前がどうにかしろ。
気に入らなければ外に転がしておけ」
そう言って、階段を上がっていく。
ミーナが慌てて止めた。
「リーくん待って!」
「なんだ?
俺はもう寝るぞ」
「だから待って!
リーくんがいた部屋、もう使えないから」
「……はぁ?」
ミーナはリーリエルに部屋が変わったことを説明する。
昼間、街に商隊が訪れて、宿は満室となっていたのだ。
「私もだけど、部屋移ってくれって言われちゃってさ。
3階の奥の部屋だって」
「すると、俺たちは一部屋に押し込められたというわけか」
「そ、そーみたい」
(……本当は、他の宿も紹介されたけど、リー君と話をするなら同じ部屋のがいいかなーって思って断っちゃったんだよね)
若干の後ろめたさで、ミーナは僅かに心拍が上がる。
その瞬間、ガヴリーはがばっと起き上がり、きらんっと目を輝かせてダッシュした。
軽快に階段を駆け上っていく。
「……あの馬鹿!」
意図を読み取り、リーリエルも走って3階の部屋へ向かう。
しかし、すでにガヴリーは先着していた。
「ふわぁ……たまんないねぇ……。
ふかふかのベッドですよぉ……」
扉の近くにあるベッドに、うつ伏せになっていた。
完全にリラックスしきっている。
「………」
リーリエルは舌打ちをして近づき、ガヴリーの服に手をかけた。
ミーナが追いついて、慌ててリーリエルをおさえる。
「ちょ、ちょっとリーくん!
今日はもういいでしょ! かわいそうだよ!!」
「何がだ?」
「だから、もう遅いんだしガヴちゃんも一緒でいいでしょ!
無理矢理追い出すなんてしなくても……」
「追い出すつもりなどない」
「え?」
ミーナが離れると、リーリエルはガヴリーを回転させてベッドの端に寄せる。
「ふわー」
ガヴリーから間の抜けた声がして、壁と相対するように横になった。
間もなく寝息が聞こえてくる。
「俺も疲労している。これ以上は面倒でしかない」
空いたスペースに、リーリエルは仰向けになって目を閉じた。
「おとなしくしているならば、もういい」
「も、もういいって……え?」
間もなく寝息が聞こえてきた。
二人分である。
「…………えーっと、え?」
ミーナは、リーリエルとガヴリーの顔を何度か見る。
二人とも、すでに完全に寝入っていた。
「………」
ミーナは二人をぼうっと眺めていたが、やがてゆっくりと動き出した。
ベッドの足元のシーツを手にして二人にかけると、部屋の奥にあるベッドに転がった。
シーツをかけて横になって目を閉じる。
不満げにつぶやいた。
「…………………………なんだよ、もぅ~」




