第38話
山の中をリーリエルはムスっとした表情で歩いていた。
と、前方に気配が生まれる。
ほどなく2体のオークが姿を現し、リーリエルは戦闘態勢に入ろうとするが、様子を見ることにした。
「爆裂矢!!」
魔弓を構えたガヴリーが、狙いたがわずオーク達を魔法の矢で打ち抜いた。
被弾したオークの頭部、あるいは胴体が爆砕し、魔石へと変化していく。
「おっしゃ! 今日はなんか絶好調な日かも!!」
ガヴリーが嬉々として魔石を拾う。
上機嫌のガヴリーに、リーリエルは感心して言った。
「速攻魔法とは、本当だったのだな」
速攻魔法は、その名の通りいきなり魔法を放つものである。
通常魔法を使うには、魔法発動に必要な集中――魔力を練り上げるための準備が必要で、その工程を経て呪文を唱え魔法を発動させるのだ。
「そーだよー。強い魔法は無理だけだけどね。
でも爆裂矢くらいなら、魔弓を介していればすぐ使えるんだ―。
連発だってできるんだからね!」
「ほう、大したものだ。
お前、回復だけが取り柄の小娘ではなかったのだな」
「えへへ~、それほどでもあるよ~……って、なんだよ! それ褒めてるの!?
なんか、けなされているような……」
「何をブツブツ言っている。
魔石を拾ったのならさっさと行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ~~!」
奥へと歩みを進めるリーリエルのあとを、ガヴリーが慌てて追いかける。
「リーってばもう、そんなに急かさなくてもいいのに。
ミーナはまだ追いついてこないよ、きっと」
「はぁ? なんで今やつの名が出てくる?」
「え? だってリー、ミーナと会いたくないからずんずん先に行ってるんじゃないの?」
「あんな奴、気になどしとらん」
「私はねー。ミーナの言うことは、もっともだと思うんだよねぇ。
いきなり手出した……いや、足か? ともかく、二人をぶっ倒しちゃったリーはどうかと思うんだよねー」
「なんだ、お前まで下らん説教でもする気か。
ならばもういい、これ以上ついて来るな」
リーリエルはあからさまに不機嫌そうに舌打ちして、ずんずんと歩いていく。
ガヴリーはまったく気にしないで、隣を歩いていた。
「……おい、お前は人の話を聞いてないのか?」
「まぁまぁ、そうスネないでよ。
ボクは、別にリーに説教したいわけじゃないんだから。
むしろ、よくやってくれたぜ! って思ってるところあるし」
「なに?」
「実はあのおっきいおじさんってさぁ、昨日もボクに話しかけてきたんだよ。
ボクがあの、金髪イケメンの話を聞いてなかったって言ってさー。
失礼しちゃうよねー、昨日はちゃんと聞いてたっての!
超つまんなかったから、途中ちょっと寝たけどさー!」
「ちゃんと?」
リーリエルの突っ込みをガブリーは完全に聞かなかったことにして、
「そんでさ、子どもは危ないからこの依頼はやめといた方がいいとか言うんだよ!
馬鹿にしてるよねー、オークごときに遅れをとるボクじゃないっての!
大体子どもってなんだよ! ボクはもう16だぞ!! とっくに成人してる立派なレディーだってば!!」
「子どもではないか」
「待って、リーにだけは言われたくない」
ガブリーがリーリエルの胸をビシっと指さして、
「ふふんっ」
と意味ありげに胸を張る。
リーリエルはドヤ顔するガブリーの手から、無言で魔弓をひったくった。
「あ、こら! 他人の弓を勝手に!」
「ふん、確かにこの武器からは強い魔力を感じるな。
阿呆なお前にはもったいないシロモノだ」
「ほーーーーーぅ」
ガブリーがこめかみに怒りマークを浮かべて挑戦的に言う。
「じゃあ、リー。それ使って速攻魔法やってみなよ。
できるものならね~~、できるものなら~~~」
「くくく、まさに今試そうと考えていたところだ」
リーリエルは呼吸を整え、僅か前に見たガブリーの速攻魔法の挙動を思い出す。
(爆裂矢は弦から射出されたのだから、弦を引く右手に魔力を込めればいいか?
込める魔力は通常に魔法を使用する際の大きさでやるか。
魔力を練り上げる工程は省略するわけだから、自身の魔力をそのまま放つ感じか)
狙いを若干離れた樹木に定め、リーリエルは呪文を唱えた。
「爆裂矢!」
「…………」
「…………」
リーリエルの声は空に吸い込まれ、そよそよと木の葉が擦れる音のみがしていた。
「ぷはーーーーーーー!!!
さいっこう!!!! 君、最高!!!
こんな自信満々なのにーーーーー、きゃはははははは!!!!」
「んぐぐぐっ……」
噴き出すガブリーを前にして、リーリエルは思わず魔弓を叩きつけようとした。
が、ギリギリで思いとどまる。
(そうだ、今の俺は火の系統ではない、水系統の魔法を得意としているのではないか!)
リーリエルは、爆笑するガブリーを視界に入れないようにして、ふー、ふー、ふっふーと大きく呼吸して冷静さを取り戻す。
「……おい、爆裂矢と対になる水系統魔法はあるか?」
「くぇははははは…………ぶ、爆裂矢と?
対ってほどじゃないけど、水系統だと水斬矢あたりじゃないかな?」
ガブリーは半泣きになるまで笑いながらも、リーリエルに水斬矢について説明する。
水斬矢は初級~中級の魔法であり、対象を高速で飛翔する水の矢で射抜くことを目的とした水系統の魔法である。
正しいイメージと適正があれば、比較的平易に使える魔法だ。
リーリエルはガブリーの説明を聞いて、鋭く息を吐いた。
「水斬矢!!」
しかしなにも起こらなかった。
「…………」
「…………」
「………………………ぷほっ」
そうして、ガブリーの笑いが完全におさまるまで数分の間を要したのだった。
◇ ◇ ◇
ガブリーが爆笑していた同時刻、ミーナたちはようやくギルドから移動を始めたところだった。
「もー、本当にリー君てばー!
私、待っててって言ったのに勝手に行っちゃうし!!
ホンッと自分勝手なんだからぁ!!
そう思わないですか、イレーヌさんも!
リー君ってば超子どもですよね!!」
「我が道を往く自由さは感じるわね」
「そう、わがままなの! めーっちゃくーっちゃわがままなのー!!」
我が意を得たりとばかりに、ミーナは拳を上下に振った。
「あーんなトラブル起こしちゃってさ!
今回はどうにか収まった感じだけど、いつも問題なく終わるとは限んないんだから!
っていうか、そもそも後始末みたいに謝ったのだって私だし!」
リーリエルが、立ちはだかった冒険者の男を蹴り倒し、さらには場の収拾に来た女騎士をも蹴り倒したとき。
騒ぎに集まってきた騎士に説明したのはミーナであり、場を収めるために頭を下げたのもミーナであった。
女騎士は同僚の騎士によって運ばれ、冒険者の男は間もなく意識を取り戻した。
男は、恐縮するミーナと舌打ちでもしそうなリーリエルに対して、「久々に、目の覚めるような蹴りをもらった」とニヒルな笑みを浮かべ、なぜか満足気に去っていったのだ。
「あんな調子でいたら、いつか絶対にとんでもないことになっちゃうんだから!
だから、私はリー君のためを思って注意したのにさぁぁぁ!
それなのにちょっと目を離した隙に勝手に行っちゃうってもぅぅぅぅ!!!」
ミーナの怒り様に、ベルグが苦笑した。
「ミーナちゃんは、まるであいつの姉貴みたいだな」
「え?」
「そうやって不満に思いながらも、面倒をみようとしてるのってさ。
姉って、そんな感じじゃねぇか?」
「さ、さぁ? 私、お姉ちゃんなんていないし……よく、わかんないかも」
「まぁ弟からは、口うるせーって思われがちなんだけどな」
「…………ふぅん、そうなんだ」
「それはベルグだからでしょ」
イレーヌがこつんっとベルグの頭を軽くたたいて、
「大丈夫よミーナちゃん。
リーリエルさんはね、説明すればちゃんとわかってくれる人だから。
帰ってきたら、よく話してみたらいいわ」
「……リー君って、そんなに物分かりいいかなぁ」
「言い方は、ちょっと工夫が必要かもしれないわね」
「ちょっとで済むかなぁ」
「じゃあ、結構」
イレーヌはくすっと笑い、ミーナの顔を見る。
「ん? なんです?」
「ミーナちゃん、最近楽しそうだなって思ってね」
「楽しそう、ですか?」
「ええ。前よりも生き生きしてるいように見える。
この前酒場で食事をしたときもそうだし、こんな風に怒ったりするところなんて、私初めて見たわ」
「あ、ごめんさい。気分悪かったですよね……」
「そんなことないわ。
むしろ今まで距離を感じていたから、身近に感じられて嬉しいくらいね、私は。
きっと、何か大きく心境が変化するような、よっぽどいい出会いがあったんじゃないかしら?」
ぱちんっとウインクするイレーヌに、ミーナは何か言おうとして、
「…………」
結局何も言えず、ぷぅっとため息のようなものを吐いた。




