第37話
ギルド内に、男の声だけが響いている。
その周囲には数十もの冒険者が待機していた。
「……よって、近年見られるオークの増加事案の原因は未だ判明していないが、指をくわえたまま王国民に被害が出るまで黙って見ているわけにもいかん。
これを討伐、駆除することがお前たちに課せられた任務だ」
20代中盤の男が、冒険者たちを前にして淀みなく依頼の説明をしていた。
冒険者といっても、大半は荒事にもまれた者たちであり、職業柄最低限の礼儀はわきまえてはいるが、それだけである。
威圧的な風貌と雰囲気を発する彼らを前にして、臆せず堂々と渡り合うにはある種の度胸と経験が必須であった。
金髪碧眼の優男風の者はしかし、まったく緊張することなく事務的ともいえる態度で話を続けている。
「単独でも、パーティを組んでも、どちらでも構わん。好きに戦え。
オークごときに王国の地を踏み荒らすことを許すな。見つけ次第根絶やしにしろ」
男の発する空気は、端的に言って鋭い。
腕に覚えのある者ほど男の実力が垣間見え、それゆえ男の言葉には実力主義を重んじる冒険者を従わせる力が宿っていた。
リーリエルは、話を終えて去っていく男を興味深く見る。
(あの男、強いな。底が見えん。
前の世界で、あのような男など見たことはなかったが……野に隠れたままでいたのか、それとも向こうの世界ではそもそも存在しなかった男なのか……)
扉の向こうに消えた男の幻を捉えて、リーリエルは好戦的に口元をゆがませた。
(どちらにせよ、いずれあの男も俺の前にひれ伏させねばならんな。
……だが、今の俺ではそれは敵わんかもしれん。まずは以前の俺並みの力を手に入れて……)
「ふわ~~~~あぁ~~~~。
ぃやっと話し終わった? もー、超退屈だった~」
ガヴリーが馬鹿でかいあくびをして伸びをする。
ミーナが心配するように聞いた。
「ガヴちゃん、寝不足?」
「ううん。昨日も似た話聞いてたから眠くなっちゃっただけー。
さっさと受付すませてオーク狩り行こ。
今日もぎゃんぎゃん狩らないとなんだから!!」
「ほう、やる気だな」
感心するように言ったリーリエルに、ガヴリーは両手を握って現金な笑みを浮かべた。
「そりゃもう! オーク狩るだけで依頼料まで出るんだからお得だもん!
いつも出てるようなしょぼい依頼料と比べて、今回は全然高め設定だしね! 今狩らないでいつ狩るのって感じ!!」
目をキラキラさせて勢いよく席を立つガヴリー。
その前に、一人の戦士風の大柄な男が仁王立ちしていた。
「?」
ガヴリーは疑問に思いながらも男を避けようとするが、大股で動いた男に進路をふさがれる。
「え? なに、おじさん?
通りたいんだけど」
「……お嬢ちゃん、あんた、このヤマは降りた方がいい」
「はい?」
「子どもが遠足気分で行っていいヤマじゃねぇんだよ、これは。
俺の勘が語ってやがる。危険な香りがすると、な」
男の真剣な表情に、ガヴリーは心底困惑した。
「…………え? ホント、なんなのこの人。危ない人かな?」
「えと……どっちかっていうと、危ないことから遠ざけたい人なんじゃないのかな?」
ガヴリーほどではないにしろ、ミーナも困りながも大男の前に立った。
「あの、私たちこう見えても、冒険者としてはちゃんと経験を積んでいるので心配してもらわなくても……」
「どけ。邪魔だ」
ミーナが穏便に済ませようとしたところを、リーリエルが一言で台無しにした。
「威勢のいい嬢ちゃんだな。
だが態度だけ立派でも、生死を分けた戦いには何も意味をなさないぜ。
デグレア殿の話は聞いていただろう? なぁに、あせって無駄死にすることはねぇ。あんたたちはまだ若いんだ。ゆっくり成長していけば……」
「図体の割りにペラペラと喋る。
邪魔だ。どけ」
「オーケー、わかった。嬢ちゃんとは、ゆっくり表で話した方がよさそうだな……」
男はリーリエルの胴回りはあろうかと見える腕を伸ばし、リーリエルの手を取ろうとしたところ、どごんっ!! という打撃音が鳴り響き、ゆっくりと床に沈んだ。
「雑魚が」
とんっと着地をして、リーリエルがつまらなそうに鼻を鳴らす。
軽く跳躍して、リーリエルは大男の側頭部に右のハイキックを叩きこんだのだ。
「ちょ、ちょっとリーくん!? なにやっちゃってるの!?」
「警告はした。時間の無駄だったがな。
会話ができる知能はなかったのだろう」
「そりゃこのおじさん、あんまり話聞いてくれなかったけど……でもこれは、さすがにちょっとやりすぎ感が……」
うつ伏せにぶっ倒れている大男を見て、ミーナは気の毒そうにしていた。
周囲の冒険者も、ざわざわと遠巻きに見ている。
リーリエルは意に介さず受付へ行こうとしたところ、軽装の鎧をまとった騎士風の女に呼び止められた。
「ちょっと貴女、冒険者同士で揉め事は起こさないで欲しいのですが?」
「はっ。言ってわからねば、身体に教え込むしかあるまい。
殺されなかっただけマシだろう」
「……元気のよろしい方ですね。
では私も、言うより行動で示した方がよいでしょうか」
女がずんずんと歩いてきて、無造作に間合いを詰めてきた。
リーリエルは先ほどと同じように、右のハイキックを女に放つが、
「ッ!! いい蹴りですっ」
女は両手で受け止めて、リーリエルの右足を掴んだ。
蹴りの衝撃に腕には若干の痺れが残るが、足を離すほどではなかった。
「さて、どうしますか? このまま貴女を投げ飛ばしてもきゅあっ!?」
リーリエルは右足を掴まれたまま、左足を勢いよく振り、女の側頭部を強襲した。
女の手からリーリエルの足が離れ、リーリエルは何事もなかったように着地する。
大男の隣に倒れた女を前にして、リーリエルは呟いた。
「雑魚が」
「雑魚が、じゃないでしょ、リーくん!!!」
一連の騒動を見守っていた冒険者等がしーんとする中、ミーナの声がギルド内にこだました。




