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第36話

 木々がなぎ倒された一画で、リーリエルとイレーヌが対峙している。

 イレーヌはリラックスした表情で、リーリエルは苦しそうに歯を食いしばっていた。


「……んぐっ…………ぐぅぅぅ…………!!」


「先ほども説明しましたが、魔法には属性があり対抗する属性同士は相殺し合う性質があります。

 炎と水、風と地、光と闇。

 その他の魔法もありますが、話を簡略化するため省きますね」


「…………うぉぉぉ……ッ!!」


「魔法使い同士が戦闘になった場合、対抗属性の魔法は非常に効果が薄いと思ってください。

 たとえば、水魔法が得意な魔法使いに炎魔法を撃ち込んだとします。

 これは攻撃された魔法使いが常時展開する魔力防護により、炎魔法の威力がかなり減退されます。低位の魔法であればほとんど効果はなくなりますし、高等呪文であっても半分程度の威力になると思ってください。

 同属性の魔法の場合は、8割程度に減ですね。

 それにくわえ、対抗属性の魔法での相殺が可能なので、攻撃側は決定打に欠けることになります」


「…………ぅ……ぬ……ぬぅぅぅ…………」


 イレーヌは平然とした様子で話しながら、炎系統の中級魔法、紅炎嵐ファイア・ストームを放ち続けている。

 紅炎嵐ファイア・ストームによる炎に大して、リーリエルは教わったばかりの氷系統の中級魔法、蒼氷嵐アイス・ストームで相殺していた。

 

「魔法使い同士の実力差が明白ならば、たとえ対抗属性の魔法でも押し切ることは可能ですが、あえてそうするメリットはないと言えるでしょう。

 ですので、なるべく様々な属性の魔法を修得しておくのが魔法使いの強さの指標でもあります。

 特に、対人戦では手札の数が勝負を決めることが多々ありますから」


「…………ッ!」


「もちろん、得意属性の魔法の強さを可能な限り伸ばすのも大事ですけどね。

 魔物討伐では、対抗属性以外の魔法の威力が特に重要になります。

 魔物の耐久力は人間の比ではないですからね。

 とにかく高威力の魔法を叩きこむべし、です」


「……………………ッッッ!!!」


「退屈な話はこのあたりにして、そろそろ段階を上げていきましょうか。

 リーリエルさん。気を抜いていたら怪我をするので、ここからは特に集中してくださいね」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」







 大の字に転がるリーリエルの傍で、イレーヌは涼しい顔をして座っている。

 一時間ほどの修練で、リーリエルの体力は根こそぎ奪われていた。


「……イレーヌ」


「なんでしょう?」


「お前、見かけによらないのだな。

 魔法の修練で、俺がここまで追いつめられるとは思わなかったぞ」


「手っ取り早い方法と言われましたので。

 身の危険が迫れば嫌でも集中力は増しますから、身に付くスピードも段違いなんです」


「…………ここに来てから、一番危機を感じたな」


「またまた謙遜を。私の魔法を完全に相殺しきっていたじゃないですか」


(謙遜でもなんでもないんだが……)


 リーリエルは最低限の体力が回復し、身体を起こした。


「しかし、お前のおかげで俺がまともに水魔法を扱えるようになったのは事実だ。

 感謝するぞ」


「どういたしまして。

 私も、リーリエルさんがメキメキ強くなっていく様子を見るのは楽しかったですよ。

 水魔法に関して言えば、もう私と大した差もありませんし……本当にすごい才能だと思います。

 ちょっと嫉妬してしまいますね」


「お前は他の魔法も同等程度に扱えるのだろう。

 それは充分な才だ」


 リーリエルの言葉に、イレーヌはきょとんとして、


「…………ふふっ。そうですね」


 と頷いた。







 夕方。

 リーリエルとイレーヌは森から戻り、街はずれにあるカフェに来ていた。


「イレーヌ」


「なんでしょう?」


「俺は魔法の修練の礼はすると言ったが、こんなことでよかったのか?」


「こんなこと、ですか?」


「この店に付き合うことだ。金もお前が出すという」


「ええ。大事なことです」


「大事なことか?」


「はい」


 即答するイレーヌ。なんなら若干食い気味であった。

 リーリエルは怪訝に思いながらも、目の前に出されたパンケーキを食べる。

 ふわふわとろっとろで、甘い。思わず手が止まった。

 今まで甘味を口にしてこなかったリーリエルは、この世界の菓子にいたく感動したものだが、今回はその比ではなかった。


 イレーヌは、黙々と食べ続けるリーリエルの様子に満足し、自分も手をつけた。

 想像していたとおりの味に、思わず満面の笑みが浮かぶ。


「おいしいですねぇ」


「ん」


「ベルグは、甘いものが苦手なんです。

 連れてきても食べようとしないどころか、こっちが食べてるのを見るだけで胸やけでもしてそうな顔をするんですよ。

 ひどくありませんか? こんなにおいしいのに」


「ん」


「だから、たまに一人で来たりするんですけど。もちろん一人で食べても美味しいですよ?

 美味しいんですけど、でも一人で食べてても、ちょっと、なにか違うんです。

 周囲の楽しそうな話声が聞こえてくると、もやっとしますし」


「ん」


「だからと言って、誰と来てもいいわけでもなくて。

 冒険者の知り合いはゴツい男性がほとんどですし、場の雰囲気を完全に壊してしまいます。

 女性の冒険者の知り合いもいますけど、そもそもそれほど親しい間柄でもないですから」


「ん」


 リーリエルは生返事を繰り返す。パンケーキに集中しきっていた。

 イレーヌはそんなリーリエルをじっと見ていた。


「……………」


「なんだ?」


 視線に気づいたリーリエルが顔を上げる。

 イレーヌははにかむような笑みを浮かべていた。


「美味しそうに食べるなぁって思いまして」


「うまいからな」


「あと、一人より、二人だなって」

 

「そうだな。使える戦力は多いに越したことはない」


「……ふふっ」


 的を外したリーリエルの返答に、しかしイレーヌは楽しそうに笑った。

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