第3話 四天王、出会う
目も開けられないほどに眩しい光に包まれながら、リーリエルは転移した。
勇者の暴走した魔法を避けるため、ギリギリで転移魔法を使うことはできたのだが、魔法の制御はまったくできなかった。
リーリエルはキリモミ状態で吹き飛ばされ、それが突然収まると一気に視界が開けた。空にいた。
(なに? 空だと!?)
「うおおおおおおおお!?」
自分が空中に投げ出されていたことを認識し、リーリエルは無様に手足をばたつかせながら自由落下した。
ほどなく、どすんっという身体を突き抜けるような衝撃。
とっさのことで上下がまるでわからず、満足に受け身を取ることもできずに臀部を地面に強打した。
痛みに悶絶する。
(ぉぉぉぉぉ……。
くっそ、くっそ! 尻がめちゃくちゃ痛いぞ。
モロに尻から落ちた。痔になるわ!)
リーリエルは、あまりの痛みに涙目になりながらも、なんとか立ち上がって周囲を確認する。
そこは人間の村だった。
あたりには破壊された建物がいくつもあり、今も何かが壊れるような音が上がっていた。
「危ない!!」
(ん?)
女の声がして、思わずリーリエルはそちらを向いた。
リーリエルにとって、見覚えのある女が走ってきていた。剣を手にして焦っている様子だ。
まだ距離はあるが、リーリエルは確信する。
(……はっ!! 奴め、やはり無事だったか!!
まぁ、あの程度のことで簡単に死ぬような女ではないか。
今度こそ決着をつけてやる!!)
リーリエルは悔しさと歓喜を混在させ、女に向かっていこうとしたが……、
ごおおおおああああああああああああああああ!!!
突如獣のような咆哮がして、巨大な影が生まれた。
顔を向けると目の前に棍棒が見える。
刹那、リーリエルの身体は空を舞っていた。
「ぉぉおおおおお!?」
衝撃が身体を突き抜けて意識が飛びそうになる。
リーリエルの眼下には、緑色の筋肉質の巨体の化け物、体長3メートル程度のトロルが棍棒を振り抜いたような体勢になっていた。
ここまで認識して、ようやくリーリエルは今がどういう状況なのかを理解した。
(……おい。まさかこの俺が、トロルごときに棍棒で殴り飛ばされたというのか?)
瞬時に頭の中を圧倒的な怒りが満たす。
格下のモンスターに殴り飛ばされるなど、リーリエルには信じられないようなことであった。
「舐めるなよ、雑魚が!!」
リーリエルは空中で体勢を整えて着地をし、意識を両手に集中させた。
「打撃術!!」
魔法に必要な魔力を練り上げ、リーリエルは自分の拳に付与魔法をかける。
(トロル程度、生身で十分。
だが、それでは気が収まらん!
全力で空の果てまで殴り飛ばしてやる!)
リーリエルを棍棒で殴打したトロルは、すでに別の獲物を探していた。
「貴様、ふざけるのも大概にしておけよ!!」
リーリエルがトロルへ接近すると、それに気づいたトロルが棍棒を振り下ろしてきた。
地面に押しつぶすかのような振り下ろしに対して、リーリエルは下から拳を突きだした。
棍棒と拳がぶつかり合う直前、リーリエルはさらに力を込めた。
トロルの巨体から繰り出される強烈な一撃を力で圧倒し、棍棒を彼方へと吹き飛ばす…………つもりだったのだが……。
「馬鹿な!?」
衝撃音が響いただけで、それ以上の変化はなかった。
(付与魔法までかけた俺の一撃が、トロルごときに相殺されたというのか!?)
リーリエルは半ばパニックになりかけるが、幸いというかトロルも自分の一撃が受けられるとは思っておらず驚いていた。
互いに不可思議に思いながら顔を合わせていると、横から乱入する者がいた。
「このっ!!」
トロルの側頭部に剣が深々と突き刺さり、崩れ落ちるように倒れる。
勢いのまま飛び込んできた少女は、倒れるトロルには目もくれず、栗色の長い髪を振り乱しながらリーリエルの両肩を掴んでゆすってきた。
「ちょっと君、大丈夫!?
さっきトロルに思いっきり棍棒で殴られてたけど!?」
「は? 平気に決まっているだろう。放せ」
「……え?」
リーリエルが軽く手を払うと、少女は目を見開いて固まった。
(こいつ、どういうつもりだ? まるで俺の心配でもしているようではないか?
一体何を考えている、勇者め)
リーリエルが眉をひそめると、少女はわたわたと手を振った。
「本当に、大丈夫なの!?
っていうか、なんか今トロルの攻撃を素手で受けてたようにも見えたんだけど!?」
「それがどうした?
だいたい、貴様こそなんだ? 何をたくらんでいる?」
「た、たくらむ!? 私、何もたくらんだりなんてしてないよ!?」
「ウソをつけ。先ほどまで戦っていた相手の心配をするなど、道理に合わんだろう」
「……戦って? え? なんのこと?」
「とぼけるな」
「とぼけてなんて、いなんだけど……」
要領を得ず、少女は首をかしげた。
同じくリーリエルにも疑問が生じていた。
(なんだ? 何かおかしい……。
敵対していたはずの俺に対して、今の勇者からは一切敵意が感じられんぞ。
勇者とは砦で何度か戦っていたが、これほどまでに隙のある表情は見たことがなかった……)
リーリエルは、目の前の少女の様子に強烈な違和感を覚えた。
少女の唯一の武器は、トロルの頭に刺さったままである。
(この女、隙だらけだ。警戒心がないどころか、武器も手放すなど……あの勇者がそんな愚を犯すなど、ありえるのか?
………………そもそもこいつ、妙にでかくなっていないか?
俺と同じくらいの背丈になっているような……?)
リーリエルは噴き出してきた疑問を解消しようとしたが、舌打ちして意識を集中させた。
「どうしたの?」
少女がリーリエルの視線を追うと、トロルが立ち上がろうとしていた。
(当然か。再生能力に優れたトロルが、人間の剣を頭に刺した程度で死ぬはずがない。
あれは聖剣などでなく、ただの剣のようだからな)
トロルが頭の剣を引き抜いて投げ捨てる。
その顔は怒りでゆがんでいた。
「詰めが甘いぞ、勇者。
普段の貴様ならトロルの頭を吹き飛ばしているか、原型もとどめぬほどめった刺しにしているのではないか?」
「ちょ、ちょっと!? 私、そんな無茶苦茶なことしないんだけど!?
というか、トロルと戦うのだって数えるほどしかないし………………勇者?」
「うるさい、騒ぐな。集中が切れる」
「自分から話しかけといて理不尽!? って、そんな場合じゃないでしょ!!
……君は逃げなさい。私が魔法でなんとかするから。
でも私、あんまり魔法って得意じゃないんだよね……」
ぐだぐだ言っている勇者を無視して、リーリエルは魔力を練り上げることに集中する。
全身を循環する魔力のせいか、想像以上に身体が熱を帯びる。
「打撃術!!」
瞬間、リーリエルは先ほどよりも大きな力がみなぎってくるのを感じた。
(当然だ。今度は本気で魔法を使ったのだからな!)
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
怒りの咆哮をあげたトロルが、棍棒を叩きつけてくる。
だがその前に、リーリエルは駆け出していた。
「弾け飛べ」
トロルの攻撃を躱して懐に入り、腹筋でおおわれた硬い腹を全力で殴りつける。
リーリエルの拳は深々とめり込み、トロルを空中へと吹き飛ばした。
ほどなく地面に叩きつけられたトロルは、断末魔をあげることもできず絶命したのだった。